第77話 わかってないでしょ?

「まあ、戯れ言だな」

 呟いて、身体を起こし、竜の『操作』に集中する。

 と、先程降りていったはずのパニーが顔を出した。

「お?」

 パニーは気分が悪くなったというような顔をしていた。

「えっと……?」

 下でなにがあったのか容易に想像できず、聞くのも怖い気がした。

「なんかね」と、パニーのほうから言う。「訊いたとたん、キリタがきもくてさ」

「はあ」

「あ、きもいのはいつものことなんだけど、新たなステージを切り拓いちゃった感じ? うれしそうにすり寄ってきて、『とうとう僕の愛を受け入れてくれる気になったのか!』って抱き付いてきたから、転がして内臓に下段突きをかましたんだけど」

「ほう……」

 想像すると哀れみが止まらない。

 しかし次のひと言で、それどころではなくなる。

「でね、『キリタとのこどもなんてぜったいいらない! わたしはアシュラドとつくりたいの!』って言ったら」

「うぉぉぉおおおおいっ!」

「みんなすごく驚いててさ。キリタなんて見たことない色の涙を流して……きもちわるいしこわいし……ちょっと、アシュラド?」

 みなまで聞かず、背を向けたアシュラドのマントをパニーが掴む。

「聞いてよ。どこいくの?」

「聞かねえよ! 逃げるんだよ!」

「なんで? どこに? ここ、空の上だよ?」

「それでも逃げねばならんときがあるんだ。今がそのときだ」

「意味わかんない!」

 どすん、どすん、という鈍い音が響いた。

 戦慄しながらアシュラドが錆び付いた機械のような動作で首を回すと、怨霊が屋根から顔を覗かせていた。

「……言い残すことはあるか?」

 それは怒りによって覚醒したキリタだった。

 銀髪が逆立ち、頬はミイラのように痩け、目は爛々と血走り、頬には血涙が流れている。

 先程の音は、二本の重剣が屋根に突き刺さった音だ。

 どうやら壁へ交互に刺して昇ってきたらしい。

「待て。キリタタルタ。俺は無関係だ」

「うぬが無関係で子ができるわけなかろう!」

「キャラ崩壊してんぞ!?」

 キリタは全身フル装備で屋根に立つ。

「は、話を聞け」

「聞いたら死ぬと約束するか?」

「するか馬鹿!」

「ならば死ね!」

「いずれにせよ!?」

 キリタが膝を折って跳ぶ姿勢になる。

「ちっ、仕方ねえ!」

 アシュラドが『操作』でキリタの動きを封じる。

「うがぁああああああああああああああああああああああああああっ!」

 しかしキリタは気合いでそれを解く。アシュラドが驚愕する。

「えええええっ!?」

ったぁ!」

 重剣の先が触れる寸前、アシュラドが横に跳んでかわす。

 しかしそこは空中だ。そのまま屋根から落ちていく。

「くっ」

 急所を守りつつ着地する。あばらが痛んで一瞬息が止まる。

「潰れて薄くなれぇええええっ!」

 空からキリタが落ちてきた。振り下ろされる重剣から、地面を転がってなんとか逃れる。

「お前、俺が気絶したら竜ごと墜落するって解ってんのか!?」

「パニーが僕の隣にいない未来なんて、来なくていい!」

 会話が成立しているのかいないのかも解らない。

 さらに舞いながら一撃を加えてこようとするキリタが、横から衝撃を受けて転がる。

 屋根から飛び降りてきたパニーに顔面を蹴られたのだ。

「こらキリタ! きらいになるよ!」

「やだぁあああああっ!」

 血涙に普通の涙を混じらせ、キリタが重剣を放り出し、手をじたばたさせて泣き叫ぶ。

 が、すぐに止まる。

「あれ? てことは僕、今は嫌われてないのか?」

 上体を起こし、ガッツポーズを取る。顔つきが平時に戻っていた。

「よしゃ! これ、ワンチャンあるねっ!」

「なんてきもさ……」パニーが青ざめる。

「なんなんだこれ」

 アシュラドが呆れながらも、安堵の息をつく。

「あーっ、か、壁が!」

 いつの間にか出てきたマロナが、昇るためにキリタが空けた無数の穴を見て頭を抱えている。一緒に出てきたサイが「よっ、無事か坊主?」とアシュラドに軽く手を振る。

「お前な、止めろよ……」

「止められるわけないだろ」サイは眉をハの字にしてドヤ顔で腕を組む。「たとえ身体を止めたところで、恋する気持ちは止められない」

「上手いこと言ったみたいな顔すんな」

 パニーはきっとまた「きもい」って顔をしているだろう、と思って見る……と、あろうことか腕を組んで頷いていた。

「うんうん、そうなんだよ」

「はぁ……?」

 呆れた顔を向けると、それに気付いたパニーが軽く怒ったような目を向けてきた。

「アシュラドってほんとばかだね」

「ああ?」

「こどものつくりかたはたしかに知らないけど、わかってないでしょ?」

「なにがだよ?」

 サイも、マロナも、キリタも見ている。

 しかしそんなことは一切気にせず、いやだからこそか、パニーは堂々と言った。

「わたしがアシュラドを好きだってこと」

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