私の兄

明里 好奇

私には兄がいる。

私には兄がいる。

身長は私より低い。ざまあみろ。でも兄弟思いのいい兄だと思う。

学校の勉強はあんまり。でも体を動かすのは得意。畑仕事の方が好きだってのは知ってる。隠してるみたいだけど。ゲームばっかりして一緒に遊んでくれない。つまんない。

人が見ていないところで努力して、見つかると逃げる。そんなわけないじゃーん。俺、好きなようにしてただけだよ。

ごつごつして分厚くて、でも小さい掌は器用に動く。それから、大切なものを守ろうとしてくれる掌。

ショートケーキのイチゴはくれない。


口は悪くて、足が出る。こら、妹を泣かすんじゃない。


「兄ちゃん、泣かすなって後困んのこっちだってば」

「……すまん。俺が悪かった」

「そんな顔するんやったら、泣かすなて」


ちょっと、いやかなり不器用なのは、そばで見ていてもはらはらする。


「お前どこ行くん」

「え、ちょっと走りに」

「はあー? 言うとけや先に!」

「なんでえ」

「そんなん、俺も行くからに決まっとるやろ! 待っとれ!」


誰より寂しがりなのを知っている。


「なんやねんそれ、誰にやられた」

「もー、ええねんて! 兄貴先走んなって!」

「ああ?」

「ちゃんと、けじめつけてきたから。出てこんで」

「……そうけ」


誰より、大事にしてくれたのを知っている。


「兄ちゃん、毛ェかたいねんなあ」

「お前のは猫っ毛やな」

「うわっ冷たっ! もう、水飛ばすなって! 髪の毛くらい静かに拭いてやー」

「ははは! すまんすまん、こうか?」

「せやから、こらー!」

「ひひひひ」


ちょっと、お茶目でからかってくる。


「お前、おかん置いてどういうつもりじゃ!」

「兄貴、待てって、おとんにもきっとなんかあるんやって……!」

「なんかってなんやねん。嫁と子ども残して、行方眩ましてええなんかってなんやねん!」

「にいちゃん!」

「……なんでお前が泣きそうなっとんねんな」


あの時、にいちゃんが怒ってくれてよかった。


「なんて顔してんねんお前は」

「どうしたんや、いうてみい?」




兄ちゃんの顔、思い出せへん。











私に兄がいたというのは、本当だ。私が生まれる前に死産した。だから、会ったこともない。だから、彼の顔も思い出せなくて当然だ。会ったこともないんだから。


ただ、何となく彼は、彼の意志は私が引き継いだんじゃないかと思っている。私がゲーム好きなのも、バイクに乗ろうと思ったのも、好きなものが性別を超えていってしまうのも。

私の中に彼が住んでいるからではないかと、割と本気で思っている。


ああ、兄ちゃんが、おかんに似た強めの顔立ちをしてたらいいなあ。身長低いのも気にしてて、甘いもんも好きで、煙草が妙に似合ってて、腹立つくらいかっこよくて、そんで。



そんで、一緒に生きてくれたらよかったんに。

なんでおらんねん。




なーんて。どこからどこまでが、嘘でしょう。

どこが真実で、どこが嘘だと思う?


人間の脳は、非常に都合よくできている。ねえ、君が真実だと思ったもの、現実だと思ったもの。

一体どこまでが、『正しい』と思う?

恐ろしい? そうかもしれない。

良い、エイプリルフールを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の兄 明里 好奇 @kouki1328akesato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ