リンドバーグは何者なのか?

小早敷 彰良

リンドバーグは何者なのか?

いつものファミレス、いつものドリンクバー、いつものメンバー。

違うのは中央に置かれた少女の写真だけ。

「こいつが次のターゲットか」

黒いトレンチコートの男は言った。男はホットコーヒーを、ソーサーをしっかりと持って啜っている。コーヒーにはミルクと砂糖がたっぷりと入っていた。

「悪人には見えないが」

「しかしこの依頼料、相当の恨みを持った金額ですよこれは」

紳士然とした白スーツの青年が、男の声に応えた。

彼はアイスティーをグラスに注いではいたが、全く口をつけていなかった。それは彼の殺し屋としての信念に基づく行動だった。

「でもぉ、ゆーて、見た目で判断するのはやべぇってか。あんたらもよー知ってっしね?」

メロンソーダとペプシを混ぜたグラスに、噛んだストローをさし、ピアスを大量につけた若者は言った。

ズゴゴ、と音を立てて啜れば、青年が顔をしかめる。

「君、いい加減その知能が低い言動を改めろと」

「めっちゃいわれてっけどよ、こうすれば相手油断すっし」

この女も同じじゃね、と彼は言った。

写真の中で、少女の笑顔が輝いていた。

「彼女が今回の標的、リンドバーグです」

白スーツの言葉を受けて、黒コートが言う。

「ポーズを決める太ももが艶かしい。この太さ、絶妙だ」

「おっさんくさすぎっしょ。きっしょいわ」

黒コートが思わず漏らした感想に、ピアスの若者がうげーっと答える。

「ええ、私も同感です」

「おっさんに? おめぇだから微妙にモテねぇのな」

「違います、貴方に同感したのです。女性に対する視線がいやらしいと。それに、モテないとは失敬な。モテモテですよ」

どーだか、とピアスは下品に炭酸を啜った。

写真の少女は、とにかく美しかった。

色素の薄い髪にはちみつ色の目は、彼女の美しい笑顔と相まって、人目を惹くものだった。

手に持つタブレットに、小説投稿サイトを表示して指差しているところを見ると、本が好きなのだろうか。好奇心の強さが見てとれる。

服はどこで買うのか、色彩鮮やかなスカート。ともすれば制服にも見える形だが、虹色の意匠なんて、どの学校が採用するのか。

「都内の公立、私立学校全て調べましたが、制服ではないようです」

「あたりめっだろ。上履きだからってこんな服ないって。もっと制服は堅苦しいもんだ」

「そう。それにデニールの薄い黒タイツなんて」

「その辺にしとけよ、おっさん」

ピアスは写真をひらひらとふった。

「しっかし写真しかねぇ、名前しかわからねなんてターゲット初めてじゃね?」

黒コートが揺れる写真から目を離さずに言った。

「依頼人はなんと頼んできた? 依頼人の容姿とターゲットとの関係性は」

「インターネットごし、メールで短文。依頼文はそれこそこれで全部、写真と名前だけでした」

「それでなんで引き受ける」

「いや、引き受けた訳ではないのですが、いつもの口座に依頼料が既に振り込まれていまして」

ずうん、と場の空気が重くなる。

「悪質な依頼人だ」

黒コートの言葉にピアスがうんうん、と頷く。

白スーツは言う。

「悪質な上に、それっきり連絡が途絶えまして」

「最悪ぅ」

ピアスが言う。

「依頼、バックれっか?」

「依頼人がどんな人物かわからない以上、それも危険だ。大物だと、依頼を無碍にすればこちらの身に危険が及ぶ」

三人は頭を抱えた。

「この子をこの広大な世界で探し出せと? 不可能だ」

「第一、俺ら名の知れた政治家とか専門の殺し屋じゃん。こんなかわいーこ相手なんてぇ萎えしかないわ」

「とはいえですね」

三人の中央に置かれた写真では、変わらない笑顔を見せる少女。

「殺し屋に狙われるなんて、余程のことをしたのか」

「超性悪で、何人もを自殺に追い込んだとか?」

「恋敵の四肢を落として瓶に入れて酒を作ったとか?」

「強大な超能力者」

「軍の特殊実験体」

「空間転移者」

殺し屋たちの少女への憶測は尽きなかった。


そんな、妄想駆り立てる写真を、通りがかりの少年が見かけて言った。


「あれ、リンドバーグじゃん」

やたらと荷物が多い彼の言葉に、殺し屋たちは即座に反応した。

黒コートはコートの下の銃を握り締めた。安全装置は指先一つで外してある。小口径だが、目の前の少年の頭を吹き飛ばすには十分だ。

白スーツは懐の紙片を握り締める。何の変哲も無い紙が石をも断つ斬れ味を誇るのかは、殺し屋界の七不思議の一つだ。

ピアスはただ、ストローを口から離した。

「この少女を知っているのかね?」

黒コートが慎重に尋ねた。

少年はきょとんとする。

「知ってるも何も。彼女の写真を持っているのに、ボクの写真はないの?」

殺し屋たちは顔を見合わせた。

「あいにくとお前も、この少女も、二人とも知らないね」

「ならなんで、この写真持ってるの?」

当然の疑問に、殺し屋たちは言葉に詰まる。

あれだ、と、思いついたのはピアスだった。

「俺ぇ、この写真知り合いに渡されて、マジばちばちに一目惚れきたんだけど、名前しかわからなくて困ってんのよ。知り合いなら、色々教えてくんね?」

少年はピアスの言葉に納得したように頷いた。

「なるほどね。バーグに一目惚れか。やめといた方が良いよ」

まぁ、殺し屋に依頼がかかるような人物だものな。よほど不運か、性格がアレか、だ。

3人とも胸の内で呟いた。

「僕ら二人はこの男の恋を応援しててね。FacebookやTwitterで、名前検索してもよくわからなくて、困ってたんだ」

「本は読んでみなきゃわからないのと同じように、恋は会ってみなきゃわからない。そうだろ?」

黒コートの言葉に思うところがあったのか、少年は深く頷いた。

「それもそうだね」

「会わせてくれっの?」

ピアスが勢いよく言った言葉に、少年は答えた。


「この写真、画像検索かけてみた?」


パシャリ、と殺し屋3人はスマートフォンで写真を撮影した。

続いて画像検索すると、あっという間に彼女の情報が画面上に表示される。

「リンドバーグ、AI?」

「作者のアメとムチが下手」

「最近〆切ぶっちした作家の1人が、ネット掲示板で暴れてんな。何でも、自分が〆切を守れなかったのは、彼女がやる気を削ぐことばかり言うからだと」

「呑みながら書いてる文じゃねこれ。言葉遣いめちゃくちゃだし、自分の本名だしちゃってるし」

「ひどい八つ当たりだ。この作者、〆切破り常習犯じゃねぇか」

「あ、この時間帯です。依頼メールがあったの」

三人は再び沈黙した。

しかし空気は、ターゲットが定まったことによって、晴れ晴れとしていた。

「そこの君、カタリくん?」

黒スーツの問いかけに、少年は答える。

「うん、そう。よく一緒に番組出演してるんだ」

「同時期デビューはそうなりがちですよね」

「白ちゃんはアイドルオタクだからよー知ってんねぇ」

「うるさいですよ」

「この二人は気にしないでくれ、何するか決まって、興奮しているんだ」

はぁ、と少年は言った。

黒コートが彼に紙幣を握らせる。

「ありがとう、助かった。これでパフェでもハンバーグでも好きなもの食え。」

少年は目を白黒させた。

「こんなに良いの?」

「ああ、情報料さ」

黒スーツはそう言うと、コーヒーを一気に飲み干した。

「ごちそうさん。じゃあ行くぞ」

白スーツが問う。

「いちおう、どこに行くか聞いても?」

「聞く意味ないっしょ。どれだけ一緒にやってきたと思ってんのよ」

「念の為ですよ、殺し屋のターゲット、作家でいう〆切はよく確認しないと」

ハットを被った黒コートは、当然だ、と言わんばかりだ。

「こんな可愛いお手伝いAIに危害を加えようとした、不肖の作家が今回のターゲットだ」

「〆切はちゃんと守らなきゃね」

皆、笑顔で頷いた。

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リンドバーグは何者なのか? 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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