短編29-2話  数あるカクヨムな留学生たちと自己紹介

「僕の名前はカタリィ・ノヴェル! カタリって呼んでくれていいよ! この学校へ留学しに来たのは、ここの学校に通う生徒はいい人ばかりだからって聞いたから! 実は僕は小説を作ってて、おもしろいお話を作るには日々の生活が結構大事なんだ。みんなと楽しい毎日を送りながら小説を作りたいと思ってるから、僕にどんどん声かけてよ! あと『今こそこいつに小説を渡すとき!』って思ったら小説渡すから、その時はぜひ読んでほしいかな! というわけでよろしく!」

 体育館で始業式が行われてる中、壇上だんじょうで赤茶色い髪に水色の目をした男子が元気に自己紹介をした。小柄……というか細い感じだけど、でも声ははきはきとしていた。体育座りをしていた全校生徒から拍手が。

 壇上にはもう一人、今度は女子がいて、前に出てきた。

「はじめまして! わたくしの名前はリンドバーグと申します。どうぞお気軽にバーグさんとお呼びくださいっ。カタリとは友達で、わたくしも小説を読むのは大好きです! わたくしがこの学校へ留学しに来たのは、いろいろな人と触れ合うことで、将来より多くの人から頼られ愛されるような人になりたいと思ったからです。わたくしはみなさんのお手伝いをしたいと思っているので、御用がありましたらなんなりとお申し付けください! みなさんのことを全力で応援させていただきます! よろしくお願いしますっ」

 女子の方も自己紹介が終わるとまた全校生徒から拍手が。薄い灰色のショートヘアにオレンジ色の目をしてる。


 俺、雪島ゆきしま 成明なりあきは二年一組だ。カタリは俺と同じ二年一組に、リンドバーグは二組二組で一年間過ごすことになった。

 留学生がやってくるなんて俺人生で初めてだなー。言葉は問題なく通じてるようだけど。っていうか俺小説なんて詳しくないなぁ。マンガなら読むけど。


 始業式が終わってクラスへ戻るまでの廊下でも二人は質問攻めに遭っていた。

 俺はただ普通に生徒たちの流れる波に合わせながら教室へと向かっ

(はっ! 今俺の斜め前歩いてるのは……!)

 あの髪の長さ。あの髪のつやつやさ。あの手を前に軽く組んで歩く姿。あの髪のつやつやさ! 間違いない、百瀬ももせ 日緒美ひおみじゃないか! あの髪のつやつやさっ!

 百瀬は一年のとき同じクラスになって、なんというかまぁ……ひ、ひとめぼれ的な? いやいやただ単に憧れの眼差しを向けているだけかもしれないがっ! とにかくすごく一緒にいたい気分になってしまう女子なのだ。

 おとなしいタイプなのでむやみやたらに声をかけるのもあれかと思い、それなりの回数でそれなりのそれなりさで声をかけている。今のところ良好な関係のようだ。

 今年はクラスが違うようなのでなんともさみしい。だからこそっ、こういう廊下を集団で歩いているこの機会を逃す手はない!

「や、やぁ百瀬」

「雪島くん、おはよう」

「おはよう」

 うん。百瀬の声は今日も美しい。

「留学生が来たな」

「うん。仲良くなれるかな」

「百瀬は何組だ?」

「私は二組。リンドバーグさんと同じみたい。緊張するなぁ」

「俺は一組なんだ。カタリと同じだ」

「そうなんだ。お互い頑張ろうね」

「そうだな」

 頑張る、か……百瀬のいない一年、頑張らないといけないな。

「今年は……クラス離れちゃったね」

「ああ」

 それでも百瀬への憧れの気持ちは変わらない。というか始業式早々にこんなにもしゃべれているのは幸先よすぎる一年とも考えられる。

「……それじゃあ」

「じゃあな」

 一組が最も手前なため、俺と百瀬とのおしゃべりはあまり展開されることなく教室に入った。


 自分の席に着いて先生がやってくると、改めてカタリの自己紹介が少し行われた。

 トリっていう鳥も一緒にやってきたとかなんとか。学校の時間は外で遊んでるとのこと。ふむ、よくわからん。至高しこう一遍いっぺんとかいうのも探しているらしい。ふむ、まったくわからん。

 小説大好きっぷりな点だけが特殊だが、元気な男子って感じだな。仲良くなるのに問題なさそうだが、おとなしい百瀬はリンドバーグと仲良くなれるんだろうか。なれるよなうんうん百瀬優しいしうんうん。


 今日は始業式ということもあって、席替え・委員会決め・カタリのためにみんな自己紹介、くらいの午前中だけで終了だ。今日は部活もないから後は帰るだけ。

 案の定カタリの周りには人だかりが。あれでは俺は会話もままならないので、今日はおとなしく帰ることにしよう。

 俺はカバンを持って席を立ち、教室を抜け

「きゃっ」

「ああすまんっ」

 おっとリンドバーグじゃないか。わざわざこっちのクラスに来たのか?

「いえ突然すいません。カタリに用事があってっ」

「どうぞ」

「ありがとうござい……あらー、カタリ急がしそうですねぇ」

 十人を軽く超える人だかりがカタリの周りに集まっているからなぁ。

 リンドバーグは教室に一歩入った。

「わたくしの名前はリンドバーグと申します! あなたはっ?」

「俺は雪島成明。バーグって呼べば……いいのか?」

「はい、ぜひそれでお願いします、成明様!」

「な、なりあきさまって、それは呼ばれたことないなぁ」

「そうなのですか? どうしても不都合がありましたら他の呼び方でも大丈夫ですけど、わたくしはいつもみなさんをこう呼ばせていただいているのですよ」

「そうか。いつもそうなら、俺にも別にそれで構わない。けどあんまりかしこまらなくて大丈夫だからな」

「ありがとうございます!」

 バーグはとっても笑顔だった。

「成明様は、今悩まれていることはなにかございますか?」

「悩んでいること、か……うーん、ないこともない、かな」

「そうですか! お困りのことがありましたら、ぜひわたくしにお手伝いさせてください! どんなことでもお力になりますよ!」

「留学早々初日にいきなり頼み事とか、いいのか?」

「ございましたら、ぜひ!」

 めっちゃ笑顔のバーグがずずいっと顔を近づけてきた。お、俺男なんですけど……。

(……百瀬で想像したらやばいことになりそうなので我慢我慢)

 悩み事、頼み事……そう、俺の今の悩みといえば、もちろん百瀬とクラスが離れて接点がなくなってしまったことだ。しまったさっきのおしゃべりで委員会合わせておけばよかった……雪島成明一生の不覚。

(ん? 待てよ。ここで百瀬の話題を出せば、百瀬もバーグと仲良くなれるきっかけになるかもしれないぞ! 間接的に百瀬の手伝いができるとか、こんなすばらしい状況なかなかないぞ!)

 ということで俺は早速っ。

「そうだっ。実はバーグ、俺はバーグと同じ二組にいる百瀬日緒美と遊び……いやおしゃべりしたいんだ」

「まぁ。でしたらおしゃべりすればいいだけだと思いますよ?」

「そ、それはそうだが……百瀬はおとなしい系だから、あんまりがっついてしゃべりかけすぎるのはどうかと思ってな」

「成明様と少しおしゃべりさせていただきましたけど、特に問題のあるようには見えないので、やっぱりしゃべりかけるだけでいいと思いますよ? 日緒美様という方のことをまだよくわかりませんけど」

「そうなんだよそうなんだよ、バーグはまだ百瀬のことをわかっていないっ。明日にでも百瀬としゃべってみるといい。かなりおとなしいから、なんていうか、こっちも慎重にというか、相手のペースに合わせてしゃべらないといけないからな、うんうん」

「気にしすぎだと思いますけど……わかりました、では明日早速日緒美様とおしゃべりしてみてから、また成明様にお声をかけさせていただきますねっ」

「あ、ああ」

 なんという笑顔だ……いいいかんいかん、百瀬で想像したらまずいまずいっ。

「ではわたくしはカタリに声をかけてきますね」

「ああ。じゃあな」

「はい、また明日っ」

 ほんとに笑顔まみれのリンドバーグだった。


 次の日、学校へ登校すると、やっぱり今日もカタリとバーグは人気者だった。どちらも学校のみんなに馴染めているようでよかったよかった。


 今日も学校は半日だ。明日から普通の一日の流れになる。今日は集合写真の撮影や身体測定とかが中心だ。


 俺らのクラスにはカタリがいるんだが、写真撮影では出席番号順だったのになぜかカタリがドセンターだった。本来の出席番号はいちばん最後なはずなのに。

 校舎をバックに写真撮影をした。


 写真撮影から帰る途中、カタリと近くを歩いていたので、なんとなく声をかけてみた。

「やあカタリ」

「やあ! 君とはまだしゃべったことなかったね!」

「ああ。俺は雪島成明。よろしく」

「よろしくな!」

 こんな感じのことを昨日から続けて二十人三十人としているかと思うと大変だろうなぁ。

「雪島成明ってー……ああーっ、バーグさんが昨日帰るときに言ってた! バーグさんのクラスにしゃべりたい人がいるってやつだったっけ?」

「そんなでかい声で言わなくても……」

 周りはがやがやしているので、幸いこちらに注目されることはなかった。

「バーグさんからはちょっとしか聞いてないんだ。よかったら僕にも話してよ!」

 という言葉をもらったので、バーグに続いてカタリにもしゃべることにした。


「ふーん。しゃべりかけるだけでいいんじゃないの?」

「やっぱそうだよなぁ」

 カタリも同じようなことを言ってきた。

「しゃべればわかるさ!」

「はぁ」

 めっちゃ親指立てられてんスけど。

「じゃあさ、今日の放課後一緒に二組に行こうよ!」

「な、なぜっ?」

「僕はバーグさんに会いつつ二組のみんなにあいさつ。成明は日緒美に会いにいけばいいっ」

「女子に会いに隣のクラスへ行くっていうのもなぁ……」

「気にしすぎだって! な! 決まりでいいよな!」

「わ、わかった」

「よしっ!」

 カタリはにかーっと歯を見せて笑った。


 放課後、宣言通りカタリがやってきた。バーグや百瀬が先に帰るとあれなので、カバンを持って急いで二組へ向かった。


 なんかよその教室に入るっていうのも新鮮だなぁ。そういえば友達に会いによその教室へ行くとか全然してこなかったな。

 なんて思いつつ二組の教室を見回すと、まぁバーグは一瞬で目につくとして、百瀬は~……いた。百瀬の席は後ろから二番目の窓側だった。

(てうわちょちょっ)

 俺はカタリに引っ張られる形で百瀬の席までやってきた。

「雪島くん?」

「や、やぁ百瀬」

「成明が日緒美としゃべりたいんだってさ!」

「ほ、本人目の前にそれ言うかっ?」

 てかさっきから百瀬のことを日緒美日緒美と……! そんなハードル高いことをいとも簡単にクリアしてしまっていいものなのかっ!?

(てか百瀬ちょっと笑ってるし!)

「私におしゃべりしたいことって、なに?」

 ああ……百瀬が笑いながら語りかけてきている。

「い、いや、特別しゃべりたいことがあってってわけじゃ」

「えっ?」

「あ、成明様、こちらにいらしたのですね!」

 ここでバーグがこっちにやってきた!

「日緒美様と一緒に一組へ行こうと思っていたところなんです。ねっ、日緒美様っ」

 おーっと百瀬はちょっと視線を下げて、これはもじもじだー!

「百瀬こそ、俺になんか用事あったとか?」

「用事っていうか……だって、バーグさんからも、雪島くんが私としゃべりたがってるって聞いてたから……」

 これじゃまるで俺は百瀬としゃべりたくてしょうがないやつみたいに見えるじゃねぇか! ……間違ってないけどさ!!

「直接言ってくれたら、私も……雪島くんと、おしゃべりする……よ?」

「そ、そうだよな! 百瀬なら俺としゃべってくれるよな! うんうん!」

 百瀬がそう言ってくれたんなら、俺はもっと百瀬としゃべっていいんだよな!? よなっ!?

「ほらな? しゃべればわかるさ!」

「そ、そうだなっ」

 第三者から見たらこんなもんなのかな。確かに気にしすぎてたのかもしれない。

「それじゃあカタリ、わたくしは今日寄るところがあるから。日緒美様も成明様も、また明日っ」

「ばいばい」

「じゃあな」

「僕も帰るよー。バーグさん途中までついてっていい? じゃねー! でさートリがさー」

「ばいばい」

「じゃあな……って……」

 カタリとバーグが(他の生徒に囲まれながら)教室を出ていくってことはさー……俺は百瀬の方を見ると、百瀬はまばたきしながら俺を見てくれていた。

(えーとー、えーっとー……)

「……も、百瀬っ」

「なに?」

「しゃ、しゃべっていいんだよな?」

「えっ? もちろんだよっ」

 あれ、また百瀬を笑かせられた。

「じゃあさ。そのー……一緒にー……帰る?」

 お、また視線がちょっと下がった。

「……うんっ」

(百瀬と一緒に帰る日が来るとは……!)


 一緒に二組の教室を出て、廊下を横に並んで歩いている。

 まさかこの俺が女子と一緒に帰る日が来るなんてなぁ……いや小学校のときは集団であったけどさぁ。女子と二人ってのは、この廊下の時点でちょっと……まぁそのなんだ、周りを気にしてしまうというかなんというか。


 げた箱を抜け、一緒に校門を抜けた。

 その間俺は緊張しっぱなし。百瀬の表情は……普通かな?


 百瀬の家は俺の家よりもっと上ったところにあるらしい。でも思ったほど遠いわけでもないようだ。

「雪島くん、いろんな人に私とおしゃべりしたいっていうことを言いふらしているの?」

「いいいやいやいや、カタリとバーグだけだしっ。てかそもそも普段友達としゃべっててもそんな話ならないし。あいつらが困ってることあったら手伝うって言うからさ……それで」

「困るほど私とおしゃべりするのを悩んでいたの?」

「だぁああ! も、もうなんていうか……なんていうか! さ! わかるかこれっ!」

 ここで百瀬は笑っている。

「うん、今日バーグさんとおしゃべりしたけど、急に手伝いたいって言われてもすぐに浮かばないよね」

「そうだろそうだろ! だからさ、身近なことを言ってみたら……さ?」

 百瀬はちょっとうなずいている。

「でも……そこで私とのおしゃべりを挙げてくれて……ちょっと、うれしかったかも」

「え!?」

 手を前で軽く組んでカバンを持っている百瀬。

「しゃべるきっかけを作ってくれたカタリくんとバーグさんに、感謝かなっ」

 あの二人がさっと声をかけてくれたから、昨日の今日でこうして一緒に並んで帰ることができてるもんなぁ。あいつらまだ留学二日っていうのに。

「……ふふっ。成明様っ」

「お、おいっ、百瀬までそんな呼び方っ」

(冗談でも百瀬が下の名前で呼んできた……!)

「いきなり日緒美様って呼ばれて、私もびっくりしちゃった」

「だよなぁ。俺でさえもいきなり日緒美様って呼んだらびびるに決まってるよな。ははっ」

 ……ぬ。渾身こんしんの一撃を放ったつもりなのに、特に反応がないぞ!

「びっくりはしちゃうかもしれないけど……でも、同じくらい……その……」

 また視線が下がっている! これは間違いなくおどおどのサインだ!

「ね、ねぇ成明くん」

「ん? んんっ?!」

 い、今なんつった!?

「この後……ひま?」

「え……ああ、ああ。今こうして帰ってるくらいだし……」

「……遊ぶ?」

「遊ぶ?!」

 俺。三文字でここまで感動したの初めて。

「成明くんのおうち、見たいな」

「見たいな?!」

 四文字でここまでびっくらこいたのも初めてかも。

「通り道みたいだし……お家そろそろ?」

「ああ、それは、まぁ……あの青い家」

 初一緒に帰っていきなりこれ!?

「あそこなんだ」

 だんだん俺ん家が近づいてくる。だんだん俺の心拍数が高くなっ……いやもともと高いか。

「……寄ってく?」

「いいの? じゃあ、うん」

(ふおぉ……まじかぁ……)

「……きゅ、急に名前で呼んじゃ、だめだったかな?」

「そんなことない! もうぜひずっとそれで呼んでくれて構わない!」

「そこまで言われちゃうと、逆にてれちゃうよっ」

「あ、ああすまん」

 百瀬は笑っていた。

「な、なーんか、クラス離れてがっかりしてた俺がばかみたいだ」

「くすっ。私もそうかも」

 言ってすぐに俺何言ってんだって思ったけど、百瀬も同じように思ってくれてたのがわかってとてもうれしかった。

「これからも一緒に帰ってくれる……とか!?」

 ここぞとばかりに俺は百瀬に勢いよく聞いてみた。

「……じゃあ、うん。一緒に帰りたいときは、声をかけてね」

「あ、ああ!」

 なんか……なんか一気に距離が縮まった気がする!

「着いたね」

「ああ。それじゃあ……どうぞ」

「おじゃまします」

 俺はドアノブに手をかけた。鍵が開いてたってことは、母さんがいるってことだ。

「ただいま」

「おかえりー」

 エプロン装備の母さんがすぐに現れた。

「早く帰るのは今日までよね……んまっ!」

 いくらなんでも『んまっ!』はないだろうよ。

「こんにちは」

「こんにちはこんにちは! まぁ~この子だれかしら」

「百瀬日緒美様。あ、ちゃん」

 ついバーグが浮かんで様扱いになってしまった。

「はじめまして。百瀬日緒美です。家のお話になったら、寄っていいって言ってくれたので……」

「全然大丈夫よ! ささあがってあがって! あら、でもお昼ごはんはどうするのかしら」

「父も母も仕事なので、家で一人で食べるつもりですけど……」

「あらーじゃあよかったら一緒に食べてかない? 成明もその方が楽しいでしょ!」

「あ、ああ、まぁ……ってさ」

 改めて百瀬の方に向いてみた。

「じゃあ、えっと……で、でもいいんですか?」

「いいのいいの! 子供は遠慮しないしない! お母さん料理の続きするから、成明は……日緒美ちゃん? にお茶出してあげて。ああせっかくならオレンジジュースがいいかしら!」

「わかった。じゃあ、百瀬、よかったら」

「あ、ありがとうございます。おじゃまします」

 ということで俺は百瀬と一緒に靴を脱いだ。

「百瀬、靴何cm?」

「23.5だよ?」

「ちっせ! 俺26.5だ」

「成明くんはやっぱり男の子だよね。へぇ~っ」

 俺の靴見てるぞ。あの百瀬が。


 リビングに案内して、イスに座ってもらいテーブルにオレンジジュース召喚。

「ありがとう」

「カバンは横置いててくれていいぞ」

「あ、うん」

 だってずっとひざの上で持ってるからさ。てかさっきからじゅーじゅーいい匂いがしている。焼き飯かな。

 俺は百瀬の左隣の席に座り、オレンジジュースを飲む。俺のコップはお星様の柄で、百瀬のはお月様の柄だ。手前から適当に取っただけだけど。

(帰る間は結構話題が浮かんだけど、こうして家で百瀬の隣にいると、なぜか話題が出てこないぞ……)

 とりあえず飲みながら百瀬をちら見。百瀬もオレンジジュースを飲んでいる。

 あ、百瀬もこっち向いた。コップを持ってる指も細いなぁ。

(そしてにこっとする百瀬)

 なんか、もう、どうでもいいや……。

「成明くんと一緒にいると、楽しいね」

「それはなにより!」

 急に百瀬からそんなセリフが!

「成明くんは、カタリくんと仲良くなれそう?」

「ああ、カタリはすぐにクラスで馴染んでるし、俺もしゃべったらすぐに……あれだったしな」

 百瀬がちょっと笑った。

「百瀬はバーグと仲良くなれそうか?」

「たぶん大丈夫だと思うけど……バーグさん、思ったことをそのまま言うみたいで、ちょっと最初の想像と違ったかもっ」

「へぇ。カタリは最初に想像したまんまって感じだけどなぁ。トリってやつにもそのうち会えるんだろうか」

「なんだか愉快な人たちだよね。一年間しかないから、仲良くなれるといいなぁ」

 そうだよなぁ、一年間『しか』だよな。来年にはもういないってことだし。


「お待ちどうさま! 今日は焼き飯と中華スープとサラダでございまーすっ」

 母さんがひょいひょいっとごはんを持ってきてくれた。

「ささ食べて食べて!」

「ありがとうございます、いただきます」

 レンゲも準備されて。

「手を合わせましょうっ」

 俺はいつもの給食のときのトーンで。

「いただきますっ」

「いただきます」

 百瀬も俺のテンションに合わせてくれた。

 おーっと百瀬はいきなり焼き飯へ。

 ……同級生女子が俺ん家で焼き飯食べてる。

「わ、おいしい! 中華料理屋さんで食べてるみたい!」

「ほんと? ありがと!」

「母さん栄養士なんだよ」

「そうだったの!?」

 母さんは「ふふーん」と言いながら、自分の分も持ってきて、いただきますをして食べ始めた。

「正直、うちで作る分は適当だけどねっ」

 でもよく考えたら、うちでまずい物って出たことないんだよなぁ。マンガとかにある砂糖と塩を間違えるなんてことないし。


「お母さん日緒美ちゃんのこと聞きたいわ! 成明とはいつ知り合ったのかしらっ」

「えっと……去年、中学に入ってから……?」

 俺の方を向きながら聞かれた。

「そうかな」

「部活の子かしらっ」

「いいえ、私は陸上部なんです」

「まぁー女の子で陸上部だなんてかっこいいわねぇ!」

 そう。俺が思ってる百瀬日緒美ちゃんのここがすごいぞポイントのうちのひとつがこの陸上部っていうところだ。ちなみに俺は吹奏楽部。

「成明くんみたいに楽器演奏できる方がすごいと思います。友達でピアノ習ってる子はたくさんいるのに、私楽器何もできなくってっ」

「あんらー。成明、あんたほめられてるわよ!」

「あ、ああ」

 男なのに走っても勝てないんだろうなぁ……。


 三人そろってごちそうさまでしたをした。我が家のごはんは百瀬にとても好評だった。母さんは機嫌をよくしたのか、またいつでも食べに来てねと言った。百瀬ははいと返事していた。

 ……百瀬、また俺ん家来てくれるのか……。


「この後はどうするのかしら。成明と遊ぶのかしら?」

「あ、えっと……」

 そこで俺を見てくる百瀬。

「そのつもり」

「そうなのね! どうぞゆっくりしてってね。あ、じゃあお留守番お願いできるかしら? お母さん買い物してくるから」

「ああ、わかった……」

 …………え? え、それってつまり……


「じゃあいってくるわね!」

「いってらっしゃい」

 俺と百瀬が玄関でお母さんを見送るという謎の構図だったが、ドアは閉められて、家の中は静かになった。

 今、この家は、俺の右横で立ってる百瀬と……

「ごちそうになっちゃったね」

「母さんはああ言ってたけど……百瀬、また俺ん家……来る?」

「成明くんが迷惑じゃなかったら……いいかな?」

「迷惑なんて全然!」

 百瀬が笑ってる……俺ん家で百瀬が笑ってる……。


「わ、楽譜だ! かっこいい~。見ていい?」

「ああ」

 で。今この状況。

 ここはだれの部屋なんだろう。まさか俺の部屋なんて。だってここにあの百瀬がいるんだぜ? まさか俺の部屋だなんてそんなそんな。

「いいなー。楽器演奏できる人って、やっぱりかっこいいよ」

「男子より早く100m駆け抜ける女子の方がかっこいいと思うけどなぁ」

「えー、楽器に比べたら走ってるだけだから地味だよ?」

 俺の……俺の楽譜持ってる百瀬が、俺と部活トークしてる……。俺もうあの楽譜入ったファイル持てないかも。

「いっぱい書き込んでるねー」

「なんかそういう風習というかなんというか……」

 先生や仲間たちから言われたことを楽譜に直接書き込んでいる。俺からとったら毎日のことだけど、百瀬からとったら珍しいんだろうな。俺だって百瀬の陸上日記帳みたいなのがあったとしてそれを読めたらとても感動するだろう。

「なんだか今日だけで、成明くんのいろんなことを知ることができて、楽しいなっ」

 百瀬は楽しそうに楽譜のファイルをめくっている。

「俺もー。俺もー……こんなにたくさん百瀬としゃべることができて、楽しい、ぞ」


 俺たちはカーペットに座っ、おっとと座布団っと。

 ベッドにもたれかかってるから、向かい合わせのつもりで配置したのにまた横に並んで座った形になってしまっている。

 今俺たちが二人とも黙ると、家の中はすごく静かに感じる。外の車の音とかがよく聞こえる。でも俺の意識はずっと百瀬に向けられっぱなしなわけで。

「な、なぁ百瀬」

「ん?」

 ……この振り返る瞬間の百瀬がたまらなく……ま、まぁ好ゲフゴホン。

「なに?」

「い、いや、呼んだだけ」

 思わずそう答えてしまったが、百瀬は笑っていた。

「なにそれーっ。あ、マンガだ。好きなの?」

「友達に比べたら読んでない方だけど、好きな方には入るかな」

「そうなんだ。ふーん」

 手とひざをつく百瀬を後ろから眺める……なんかいろいろだめだ。ドアでも見とこ。

「読んでいい?」

「ああ」

「よしっ」

 今結構力強い拳が作られたよな!?

「百瀬ってマンガ好きなのか?」

「あんまり読まないかなぁ」

「読まないんかよっ」

 さっき結構力強い拳が作られてましたよね?!

「ふふっ。嫌いじゃないから、友達の家で読むことはあるよ。あ、吹奏楽のマンガもあるんだね」

「それ去年アニメになったからな。夏祭りでも演奏したなー」

「ほらー、やっぱり陸上より吹奏楽部の方がかっこいいってっ」

「じゃあ今度陸上のマンガ一緒に読……あ、えーとなんだその、お、教えてくれ」

 俺はいきなり何を言い出したんだっ。

「最近はね、『さぁ、みんなでまるごとランナーズ・ハイ!』っていうのが友達の間ですっごく流行ってるよっ。私も遊びに行ったらそれ読んでる」

「へぇ。今度読んだら語ろう……か」

「うんっ。私もまだ読み始めてそんなに経ってないから、一緒に読んでこうよ」

「ああ」

 なんと共通の趣味まで……ほんとあの二人のおかげで今日は最高の一日だな……。


 それからというもの、二人横に並んで読書会が始まった。百瀬は吹奏楽マンガを一巻から。俺は同じやつのおもしろかった回がある五巻を読み直すことに。

 百瀬が体勢を変える度にどうしても反応してしまうし、内容もあんまり入ってこない。でもこうして横でマンガ読める幸せだけはとても感じている。

「百瀬、楽しいか?」

「うん、おもしろいよ」

 マンガのことかっ。

「実際の吹奏楽部って、ほんとにこんな感じ?」

「こんなすぐうまくならないけどな」

「そうだよねっ」


 俺は五巻を読み終えてしまった。結構長い時間一緒に横に並んでたなぁ。百瀬はどの辺り読んでんのかな。ちらっ。

「一緒に読む?」

「え、うわっ」

 百瀬が座布団寄せてきたー! ち、近い近いっ。かといってせっかく寄ってきてくれたのにこっちから離れるなんてことできるわけがなくっ。

(か、肩っ)

 肩っ。かかか肩っ。

(いやこの状況で内容頭に入るわけがない。展開知ってるけど)

 とりあえず俺は心拍数だけ大変な状態のまま百瀬と肩くっつけてマンガを一緒に読むことになっている。けど。ああやっぱ無理だろこれっ。

(あ)

 ベッド側に放り投げていた左腕だったが。百瀬が寄ってきたことで、なんか、肩組んでるみたいに形に。指先が百瀬の左肩に当たっちゃったし。

 そうやって左手がかすってしまったら、こう、もう、気持ちが爆発したというかなんというか。

(うおぉ!)

 とうとう俺は左手を百瀬の左肩に乗せてしまった。

(ぬあああ!!)

 すると百瀬はさらに俺にくっついてきた! ひざもふとももも当たってる!! ああもうだめだ。天に召されるときがきたようだな。いやいや俺はまだ百瀬と一緒にマンガを読みたいんだ!

 でもそのくっついてきたことがきっかけなのか、俺は手を百瀬の肩から外して、またベッドに放り投げていた。ふぅ。

(しかしくっついてることには変わりなかった!!)

 

 しばらく緊張が続いていたが、百瀬は一巻を読み終えたようだ。

「おもしろかったね。今度来たとき、二巻読んでいいよね?」

「あ、ああ」

 ちょっと声のトーンおかしかったかも。百瀬は笑顔だけど。

 百瀬は一巻をベッドに置いて離……れることなくくっついたままだ!

(こっちに顔向けるなよ……いや顔見たいけどでも向けるなよ……向けちゃだめだからな…………)

 向けてきたーーー!!

(ち、近い、近すぎる……)

 なんかいい匂いする。香水?

「百瀬、香水使ってる?」

「きゅ、急になに? ううん、使ってないよ」

「そうか」

 でもこの匂いはどう考えても百瀬からだよな。普段の俺の部屋にこんな匂いの発生源は存在しないはずだ。

「も、百瀬。他の友達と遊ぶときも、その……こんなに近いのか?」

「ううん。ひとつのマンガを一緒に読むってこと、ないもん」

「そうか……」

 今はもう読み終えているんだが。だが。だがっ。

 百瀬は足を伸ばした。学生ズボンな俺と違って、スカートな百瀬。

 ここで急に百瀬が笑った。

「どうした?」

「ううん。楽しいなあって」

「え、今のどこにウケ要素あった!?」

「ふふっ、なんでだろうね」

 手はそろえてふともものところに置かれてある。

「さ、さあてお片付けお片付け……」

 俺は左腕を、伸ばし、て、一巻、う、届、もうちょい、だあーこれ以上接近するわけには! でも腕、もうちょい、ちょいっ。

(近い、近すぎる、ものすごく近すぎる……)

 おし取れた! 半端なく近すぎる!!

(ここでなんで俺は動けないんだ!)

 普通ここまで近づいてしまったら、反射的に遠ざかるはずなのに……どうしてか今は、この距離を離すことができず。

 思わず俺は百瀬の顔を見てしまった。百瀬も俺に反応してか、俺の方を見た。この距離はやばい。

(そして百瀬も黙ったままなのがこれまたこれ!)

 百瀬は俺を見てくれている。俺の方がちょっと高い位置に顔があるので、百瀬は上目遣いな格好だ。

(かわいい)

 俺こんなにどきどきしてんのに……百瀬はへっちゃらなのか? 表情いつものと同じに見えるけど!?

「成明くん?」

「はい」

 とか思ってたら声をかけてきた! やっぱり声があってもそっちはそっちでどきどきだ。

「近い……よ?」

「す、すまん」

 おーっし! その言葉のおかげで体離しつつ本片付けに移行できたー! うわーどきどきがやばすぎ……。

 片付けて、さりげなー……く座布団もずらして座る。普段の学校生活からしたらまだ近い距離だけど。


(……セリフがない!)

 どきどきが収まってないせいか、いいセリフが浮かばず、そのまま沈黙の時間が続いてしまった。百瀬は手をスカートの上で組んでいるくらい。


(……本当にセリフがない!)

 俺ん家に来てくれるってことで俺がテンパってたせいでちょっと頭から離れていたが、いまさらながら百瀬はおとなしい女子であることを思い出したっ。俺からアクションないとじーっとしてるのはよく想像できたはずなのに。

(ということは、やはり俺から声をかけねばっ)

「百瀬っ」

「ん?」

 百瀬が改めてこっちを向いてくれた。

「も、百瀬っ」

「なに、かなっ」

 しまった、声をかけたはいいが、言葉が、言葉が……。

(帰り道普通な会話ができてたのに、なんでだ!)

 話題話題……

「バーグっていいやつだよな!」

 なんとかひねり出してこれかー! すでに何度か話してる内容じゃないかっ。

「うん。みんなのお手伝いしたいなんて、いい子だよね」

「だよな!」

 …………次! 次だ次!

「カタリもいいやつだよな!」

「私はクラス違うからまだよくわからないけど、元気でいい感じだよね」

「だよな!」

 ………………だめだぁー!

 さっきより距離を取ったといってもやっぱりこの近さではどきどきっぷりに変わりはなくっ。

「……まだ時間あるね。やっぱり二巻、ちょっと読もうかな?」

「どうぞ」

 そしてこの百瀬の体勢である。天井見とこ。

 百瀬は二巻を持ってきたところで、俺の視線も元に戻す。

「また……一緒に読んでくれる?」

「は、はい」

 百瀬からそう言われちゃ断ることなんてできない。がっ。つまりそれって……


(こうなんですよねぇ……)

 せっかく俺がなけなしの力を振り絞って座布団を少し離したというのに、いともたやすく接近されてしまった。やはり俺の腕はベッドへ。でないと百瀬に当たっちゃうし。

 てか気のせいだろうか、さっきよりもさらにくっついてる気がするんだが……さすがに一巻を取るために腕を伸ばしてたときほどはくっついてないけど。


 二巻の二話分が終わったところで、百瀬はマンガを閉じた。

「今度こそ、続きは今度にするっ。読むの疲れちゃった」

「そうか」

 改めて……百瀬はまたここに来てくれるんだよなぁ……。

「じゃあ直そう」

 おっ。ここで首を横に振ったぞ。

「直すのは……後でいい」

 マンガはまたさっきの一巻みたいにベッドに置かれた。今度は腕伸ばしても届きそうにない。百瀬との距離は近いまま。また百瀬は脚伸ばしモードになった。

「成明くん」

「はい」

「成明くんも……さっきのマンガで登場した友達くんみたいに……恋……興味、ある……?」

(こ、恋だと!?)

「ど、どうだろ。たぶんしたことない……かも」

 百瀬へのこれは……やっぱ憧れであって恋じゃないのか、それとも憧れも恋に含まれるのか……。

「好きな女の子って、いたことないの?」

「ん~……たぶん……」

 百瀬へのこれは……好き……好き? だとしても本人には言えぬっ。

「そっかぁ」

 ずっと本棚の方を見ながらしゃべってる百瀬。

「そう言う百瀬は?」

「私はー……私は~……」

 百瀬の返答を待つ。すると、百瀬はゆっくりとうなずいた。

(いるのか! いや興味があるのか!? どっちにしても大ニュース!)

「い、今好きなやつ、いるとか?」

 さらっと聞いてしまったけど、これかなりなこと聞いてしまってるよな……!

 百瀬の返答を待つ。

「ど、どうなのかな……気になっているような、でも気にならないわけじゃないし……どきっとすることもあるし……」

 百瀬はおとなしい系とはいえそこまでおどおどするタイプではないはず。でもこの返答はキレがないっ。

「つまり、好きかもしれない、と……」

 肩をすくめて、ゆっくりうなずいた。超かわいい。やっぱり百瀬のこと好きだわこれ。

(ん? 待てよ。好きなやつがいるんだとしたら、じゃあ俺こんなくっついてたらだめなんじゃ……)

 しかしどっちかっていうと百瀬から一緒に読もうとくっつかれてきたようなものだしなぁ……でも近いよと警告も受けて……ううーん。

「は、はずかしいなっ。こんな話を男の子とするの」

「俺なんて生まれて初めてかもしれない」

「あぁぅ」

 何今の鳴き声!? ああやっぱ百瀬のこと好きだわこれ。


 それからまたしばらく沈黙。

 沈黙ってことは、もっと俺からしゃべらないと。

 でもこの距離このどきどきでうまくしゃべれるわけもなく。すると訪れる沈黙。ああ、俺もっとしっかりしなきゃ。

「あ、そうだっ。マンガ読みたかったら借りてってもいいぞ?」

 だが百瀬は首を横に振る。

「このマンガは成明くんと一緒にいる時間に読みたいな」

「そういうもの……なのか?」

 百瀬はうなずいた。

(話題~……おっかしいな、友達としゃべってるときはこんなに話題が出なくて困るなんてことないのにさー……)

「さっきのオレンジジュース飲むか!?」

 百瀬は首を横に振る。

「別のマンガ読むとか!?」

 また首を振る。

「楽譜読むとか?」

 ……おい今一瞬悩んだか? 首振ったけど。

「じゃあ……ドミノでカンテットでもする?」

 百瀬は笑いながら首振ってやがる。

「このままがいい。成明くんとおしゃべりしたい」

「じゃあ……話題どうぞ」

 ここで百瀬にパスしてみることに。

「うーん……」

 そういえば百瀬に話題をうながすってことはしたことないなぁ。玄関の靴みたいに百瀬からしゃべり出すことはあるものの、改まって話題を出すっていうのは、いつも俺から出してばっかりな気がする。

「成明くん」

「へい」

 へいになっちゃった。

「女の子から告白されたら……お付き合い、しちゃう?」

(お付き合いぃぃ!?)

「ど、どうだろうな……そんなことされたことないし……よく知らない相手からだったら断るかも」

「知ってる子で仲良かったら……お付き合いしちゃう?」

「うーん…………仲いいんなら……付き合うかも」

「……そうなんだぁっ」

 ひざが内側に曲げられるほどもじもじしているのか!?

「な、なんか百瀬、そんな話題ばっかりだな」

「ごめん、嫌だった?」

「いやいやいや! 慣れてないってだけで、百瀬がしゃべりたいこと言いたいこと言ってくれるのがなによりだっ。気にしないで続けてほしい」

 危ない危ない、言葉を選ばないとな。

「わ、私。その。ほ、ほんとはね。ほんとは。ほんとはー……男の子としゃべるの、そんなに、その……得意じゃない、っていうか……」

 ああかわいい。

「すまん百瀬。もう百瀬のかわいさ限界。本当にすまん」

「えっ? あ、あっ、成明、くん……」

 ふっと糸が切れてしまったかのように、俺は突然百瀬を抱きしめてしまった。

「な、成明くん、あの、あのっ、あのぅ……」

 俺の腕の中でわたわたしてる百瀬。でもちょこっと俺の背中にも腕を回してきてくれた。とっても優しく背中に触れる百瀬の手。

「うぅっ……」

 顔を見なくてもわかる百瀬のかわいさ。はいかわいい。

「すまん」

「あぁぅ、成明くんってばぁ……」

 もっと抱きしめる力を強めてしまった。すんごいやわらかい。

「……ま、まじすまん」

 またふとした感じで我に返った俺は、百瀬から離れた。なぜか正座になってしまった。

 百瀬は……胸の前で手を組んで、すっごく視線が下。

「……もぅ……」

 かわいい。

「好きだ。百瀬」

 ……いくらふと言ってしまったとはいえ、これを言ってしまったのか俺……。

 だあー。百瀬は両ほっぺに手を当ててしまった。

「……ありがとう、うれしい」

 はぁ……もうさ、どきどきって一体どこまで跳ね上がれられんの? とっくに限界迎えてんのにさらにどきどきするとかさ、もう無理でしょこれ。

「私のこと、そんなに好きでいてくれているのなら……もうちょっと近づいても、いい……よ」

「ち、近づくって、もう充分近づいた……し?」

「もっと。もっともっと、近づいていいから……」

「あれ以上近づくと、俺の胸が限界突破すぎて……」

「そんなの私も限界突破ですっ」

 と、ここでいきなり百瀬が俺の胸に飛び込んできた! そしてさっきとは全然違う思いっきり強い力で抱きついてきた! つい反動で俺も抱きしめ返してしまったっ。

「も、百瀬っ」

 声をかけても特に反応はなかった。ただひたすらに抱きついてくる力は強かった。さすが陸上部?

「……気づいたら、成明くんとしゃべってるとどきどきしちゃってて……それがわかったら、もっと意識しちゃって……せっかくその気持ちがわかってきたところでクラスが分かれちゃったから、本当に残念だなあって思ってたの。それなのに、こんなきっかけで一気に近づけちゃったら……そんなの……私だって限界突破しちゃいますっ」

 ものすごく俺の全身に稲妻がほとばしった。

「も、百瀬は、さ。こ、告白されたら、だれかと付き合うのか?」

 これは重要な確認である。

「……えへ。さっきまでは悩んでたけど、今は付き合わないかも」

「な、なぜっ」

「……気になってた人が、好きな人に……なっちゃったから」

 百瀬が俺の胸から顔を離したと思っ……

(え……これっ……)

 左ほっぺに……百瀬……

(えと……えと……)

 さっきのセリフとさっきの行動が俺の頭の中でぐっちゃぐちゃになってて、今俺はまともな思考ができていない。

「成明くん……」

 抱きつきながらも正面に顔を持ってきた百瀬。

「……って呼んでるから、成明くんも、私のこと……下の名前で呼んでくれても、いいよっ」

「うぇっと……」

 いいよと言いながら、つまりそれ呼べって言ってるも同然なんじゃ。

「……日緒美様」

「もぅ。バーグさんじゃないんだからっ」

「は、はずかしいってっ。女子を下の名前で呼んだこととかないしっ」

「バーグさんはバーグって言ってるー」

「ぁああれは下とか上とかないパターンじゃね!?」

「私は成明くんが初めてですーっ」

「そうだったのか!」

「だから、ほら……さんはいっ」

 俺は意を決して。

「……日緒美」

 うわーはずかしいー!

「……はいっ」

 めっちゃ笑顔ー!

「日緒美。付き合ってください」

 もうかわいすぎてこれしかセリフ浮かばなかった。

「も、もうお付き合い……しちゃうの?」

「すまん、それしか頭にセリフ浮かんでこなかったんだ……」

 百ゲホゴホ日緒美はちょっとはにかんでいる。

「……好きな人からの告白だもんね。うん」

 うん。うんうん。うん。うん!?

「よろしくお願いします、成明っ」

 腕が解かれたと思ったら、すぐに俺の首に腕が巻かれて、目を閉じた日緒美が見えた次の瞬間には、もう唇が触れ合っていた。

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短編29話  数あるカクヨムな留学生たち 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho

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