神殺しのロンギヌスーカタリ・アクトー

七四六明

伝えなければならない物語

 ミーリ・ウートガルドは街灯の下にいた。

 学園の学友達と遊ぶために出て来たのだが、まだ一時間以上もある。

 退屈しのぎに人間観察としゃれこもうと思っていたのだが、それもそろそろ飽きてきた。

 パートナーがいれば暇も潰せるだろうが、生憎と今日は彼女とは別行動である。彼女にも自由時間があればと思って暇を与えたのだが、ちょっとだけ後悔だ。

 だが別段、人間観察がつまらないわけではない。

 人の動きを見て癖を見抜き、そこから生じる隙を見て突くのは戦いの定石。

 いわばその訓練のため、老若男女問わず視線を巡らせ、通りかかる人のほとんどをその視界に捉えていたミーリだったが、ここ三〇分で気になる存在が何度も通っていた。

 ベレー帽の下に癖のある橙色の髪を揺らし、小さな体でトテトテと走り回る一人の青年。

 鞄からはみ出ているのはおそらく地図なのだろうが、世界地図なのか見る様子は一向になく、何度も何度も同じ道をグルグル回っている気がするくらいの頻度で見かけている。

 対神学園の生徒でも何人かいる個性あふれる格好のため、人ごみの中でもすぐさま見つけることができるのだが、同時に少年の困り顔すらも見えていた。

 そんな彼が目の前で鞄から本を落として行ってしまいそうになるものだから、ミーリとしてはもう放っておけなくなってしまったわけで。

「君、落としたよ」

「え?! あ、ありがとうございます! すみません!」

 落ちた本をはたく彼は、どこか少女のようにも見えなくはないが、しかし声音からして男だろうことはわかる。

 女性の姿をした男性の声で喋る神と対峙したこともあるミーリからしてみれば、そう難しい問題ではない。

「君、さっきからここグルグル回ってるけど、どこか行こうとしてるの?」

「そうなんです!」

 ぐいぃ、っと顔を近付けてくる彼。

 身長差があるのでそこまで近くはないが、しかし目に溜めた涙はよくぞ聞いてくれましたとミーリに助けを求めている。

「この本を届けないといけないところがあるんですけど、もう場所が全然わからなくて!」

「その鞄の地図は?」

「僕は地図は読めないんです!」

「何故誇らしげ……っていうか地図を差している意味は?」

「ありませんね、正直」

「ないんだね」

 ミーリの冷ややかな視線に気付いたらしい。

 少年は涙目で助けを求めてくる。

「お兄さん地元の人ですか?! どうか、どうか道案内してください!」

「別にいいけど……俺にもわかるかなぁ」

 と不安だったのだが特別難しい場所でもなく、むしろ学園にも近くてすぐにわかった。

「じゃあ行こっか。あぁ、俺はミーリ・ウートガルド」

「僕はカタリィ・ノヴェル! 詠み人さ!」

 カタリィは道すがら語る。詠み人の指名を。

 左目に仕込まれている詠目よめという魔眼で人の心を読み、その人の求めている物語を見て小説にして届けるのが、彼の仕事なのだそうだ。

 突然そんな指名を与えられて困惑しているとのことだが、彼は少し楽しそうである。

「ミーリお兄さんは、なんだか少し安心感があるなぁ。お名前聞いたからかな」

「だろうね。俺の名前には、神様から与えられた魅了チャームがあるから」

「なるほど、それで世界を救っているわけだね!」

「この能力だけでどうにかしてるわけじゃあないけど……まぁ、間違ってもないし、いっか」

「……言わないんですね」

「何を?」

「なら俺の心も読んでみてよ、とかなんとか」

「あぁ……」

 確かに自分が求めている物語だなんて、興味がない話題ではないが、しかしミーリとしてはそこまで気になるものでもなかった。

「俺は今、俺の見たい物語を描いてるつもりだからね。わざわざ見る必要もないのさ。このあとはハッピーエンドになるんだからねぇ」

「なるほどねぇ……でもお兄さん、求める物語がいくつかあるなぁ。まるで、お兄さんの中に別の何かがいるみたいな感じ?」

「カタっちゃん。それ以上は読まない方がいいと思うよ? 精神崩壊するかもわからないから」

「体の中に何飼ってるの?! って、カタっちゃん?!」

 その後ミーリは案内を終え、カタリィも本を渡し終えた。

 配達先は赤ちゃんを抱いていた若い母親で、タイトルを見てハッとなって「これは、なんの本ですか?」と問う。

 カタリィはすると待ってましたと言わんばかりに、

「読めばわかるさ!」

 と言い切った。

 その後の母親の反応はわからないが、しかしカタリィは帰り道で「とっても素敵な物語だよ」と嬉しそうに語った。

「ありがとう、ミーリお兄さん。今度、お兄さんにも物語を書いてあげるよ」

「ハハ、いいって言ったのに。俺の求めてる物語って、そんな面白いの?」

「うぅん……どうだろうね。僕が伝えるのはお兄さんのじゃなくて、お兄さんの中にいる神様がお兄さんに伝えたい物語だから――ま、読めばわかるさ!」

 こうして、不思議な少年との短い物語は終わった。

 後日届いた物語の内容を、ミーリはまだ知らない――

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