物語詠むひと

勇今砂英

カタリと先代詠み人

詠目ヨメ ——それは人間の中に眠っている固有の『物語』を読み取る力を持つという。

ある日、一羽の鳥によって一人の少年の左目にその力は授けられた。


舞い散る花びらの数ほど

降りしきる雪の数ほど

きらめく星の数ほど

今までに生きた数多の人の数だけある物語。

その中にただ一つだけ、『至高の一篇』と呼ばれる物語があるという。

少年は今日もその不確かな何かを求め旅を続ける。



「あら、カタリ。お久しぶりですね。」銀髪の少女は朗らかに語りかける。

「バーグさんお久しぶり。」カタリと呼ばれた少年もにこりと微笑んだ。

 ここは世界中を旅する『み人』と呼ばれる者達の拠り所『カクヨム』運営本部。独自AI搭載のアンドロイド、リンドバーグ、通称バーグがカタリと呼ばれた少年、カタリィ・ノヴェルの担当エージェントだ。

「今日は何の用です?わざわざこんなところまでのこのこやってきて。」

「のこのこって。いやぁ、ちょっと今日は詠目の調子を見てもらおうかと思って。」

「詠目の?どうかされたんですか?」

「うん。こないだカナダの男の子の物語を詠みに行った時なんだけど、物語を詠み込もうとしたら、途中でフリーズしちゃって未完になっちゃったんだ。」

「あら、そんな症例聞いたことありません。どうしちゃったのかしら。」

「一度メンテナンスしてもらおうと思って。」

「わかりました。ではメンテナンスルームにご案内します。」


 リンドバーグの案内でカタリはカクヨム本部内のラボへと案内された。

「おじゃまします。シトナさん。」バーグが自動扉を開けて挨拶をした。カタリはシトナと呼ばれたその名に覚えがあった。

「げっシトナ!?」

 カタリの視線の先には長身痩躯の黒髪の男が立っていた。黒いシャツとズボンに白衣を纏っている。

「お前、か。何しに来た?」シトナが怪訝そうな顔をした。

「あれれ?お二人はお知り合いでしたか?」バーグが不思議そうに尋ねる。

「ああ、この人、紙崎かんざきとなはね。僕の先代の詠み人だったんだ。今は詠み人を休業してると聞いてたけどこんなところにいたんだね。とにかくドSな奴でね・・・。

 それにしても、じゃないよ!カタリ!何回言えば気が済むんだよ。」

「どっちでも同じようなもんだろ。で、何しに来た。二度も聞かせるな。くぞ。」

焚くぞ、というのは彼の口癖だ。意味はよく分からないがとにかく短気な彼をそのまま表すような口癖だとカタリは思っていた。

「実は、最近詠目の調子がおかしいんだ。」カタリはシトナに状況を説明した。

「ほう。それは俺も初耳だな。どれ、見せてみろ。」椅子に座らせたカタリに対面してシトナは彼の左目にペンライトを当てた。

「うむ・・・これと言っておかしいところは見当たらないが。ところで、トリの野郎はどこだ?」

「ああ、トリならこの中に」カタリが肩掛け鞄のカバーを開いた。しかし中にいる丸っこい鳥は外に顔をださない。

「おい、トリ。おいってば。顔だしてよ。」カタリの呼びかけにも応えない。

「どうしたんです?トリさん。」バーグが不思議そうな顔をして訪ねた。

「ああ。トリはね。昔シトナに酷い目に遭ってるから。」

「酷い目だと?俺はこいつがあんまり鈍臭かったからやきトリにするぞ!て脅しただけだ。」

「あーそれで怖がっちゃってるんですねぇ。ヤキトリはちょっと酷いですね(笑)」

「ふん。・・・いいから、あのときは済まなかったな。だから、ちょっと顔を出してくれ。」シトナは面倒臭そうに謝罪するとカタリの鞄からトリがひょっこりと顔を出した。

「トリの中にはお前の詠み込んだ物語のログが残っているはずだ。読ませてくれ。」そう言うとシトナはトリをひょいと拾い上げ、席の隣の大きな機械の中に置くと、キーボードで何やらコマンドを入力した。ディスプレイには大量のログ情報が表示されている。

「うーむ。特に異常は見当たらないが、念のためだ、新しい詠目に取り替えておこう。タカリ、寝ろ。」

「ええ。嫌だなぁ。乱暴にしないでよ。」

「わかってるさ。俺の腕を見くびるなよ。」

「私、目の換装なんて見るの初めてです。」バーグは興味津々だった。

「お前は帰れ。もう用はない。」シトナが冷たくあしらう。

「ええっ、いいじゃないですか。減るもんじゃないですし。」

「お前は女子のスカートを覗く男子中学生か。まあいい。邪魔だけはするなよ。焚くぞ。」


 そう言うとシトナは新しい詠目を用意し、手術台の上に寝かせたカタリの前で息を整えた。

「ふぅ。」カタリの左目の上に掌をかざすと青く光った詠目が徐々に彼の目から浮かび上がる。完全に空中に浮かび上がった詠目を拾い上げると、今度は新しい詠目を開いた左目の上で同じように空中に浮かべてから彼の左目に沈めた。

「これで終わりだ。帰っていいぞ。」

「すごいです!超能力みたいです!」バーグがいやに喜んでぴょこぴょこ飛び跳ねている。

「帰っていいぞって。久しぶりに会ったのに。普通もうちょっと何かあるでしょ。最近の調子とかさ。」カタリは不躾な扱いに不満そうだった。

「あ?そうだな。何かあったら連絡を寄越せ。トリに直通の回線を入力しておく。」

「相変わらずだね。シトナは。」カタリは呆れてため息をついた。

「トリ、しっかりこいつを見張っておけよ。こいつは何かとすぐサボるからな。」

「さぼ、それは昔の話だよ!ログを見たでしょ!僕だって一生懸命仕事してるんだ!」

「怒るなよ。用は終わったんだ、さっさと帰れ。焚くぞ?」

シトナはカタリ達に背中を向け、右手で払いのけるようなジェスチャーをして見せた。

「まったく。ぶっきらぼうですね。シトナさんは。でもあれでも家に帰ると一緒に住んでる私の先輩アン・モローさんにはベタ惚れのデレデレなんですよ。」バーグが手の甲を口に添えてカタリの耳元で囁いた。

「ああっ!?聞こえてるぞ、ポンコツ!焚くぞ!!」シトナの怒号が飛ぶ。

「おお怖い怖い、カタリ、行きましょ。」そう言ってバーグはカタリを外に連れ出した。


それから数日後。

「カナダのチャーリー、ちゃんと物語が最後まで詠み揚げられて良かったね。トリ。」

 トリも嬉しそうに羽根をパタパタさせてカタリの周りを走り回った。それからしばらくしてトリの口から次の伝令書がレシートの様に出力された。

「えーと、どれどれ。宛先は中東の男の子かぁ。砂漠は暑そうだね。」

 呑気に構えるカタリ。しかし彼にはこれがよもやこれから起こる大きな災いのはじまりであろうとは気づく由も無かった。



人の数だけある物語。

それは例えば喜びの物語。

それは例えば哀しみの物語。

さすれば、それは怒りの、憎しみの物語。


砂漠の国、その男は幼少の頃より内戦で両親を亡くし、ゲリラに育てられ、10歳で初めて人を殺めた。その男の中には憎悪が煮えていた。焼いても焼き付くせぬほどの怒りが彼のただ一つの原動力であった。

「革命の将・ジャイード」それが彼の呼び名だった。



砂漠の中のオアシスに立つ先進都市に少年はやって来た。

「思ってたよりずっと都会でびっくりしちゃったね。」カタリが口を開くと、

「そうですね。私もこの国に来たのは初めてです。あの高いビル、後で登ってみましょう!」とバーグが提案した。

「いやいや、バーグさん。僕ら遊びに来たわけじゃないんだからね。」

「わかってますよ。」バーグは頬を膨らませた。

「ていうか、なんでついて来たの?」

「今回は特別です。シトナさんから詠目の調子を聞いてこいと言付ことづかってまして。連絡されてないんですね。」

「ああ。ごめん。それでか。連絡するの忘れてたよ。うん。詠目の調子は問題ないよ。ね、トリ。」トリは鞄から顔を出してピピッと鳴いた。

「それにカタリ、いつも道に迷ってなかなか目的地に着かないそうじゃないですか。」

「地図が悪いんだよ。あんなざっくりした世界地図あってもよくわかんないんだもん。」

「人の物語は詠めても地図は読めないようでは一人前の詠み人とは言えませんよ。」

「あーもうわかってるって。今回はバーグさん地図見てくれて本当に助かったよ。」

「あ、あそこのカフェのテラスに座ってる子、あの子が今回の宛て先です。」

 バーグの指差した先、パラソルの下のテーブルの席に小さな男の子が座っていた。

「やあ、初めまして。僕カタリィ・ノヴェル。君にカナダの子の物語を届けに来たよ。」

「初めまして。ぼくはアミル。」その少年はとても純朴そうな、おとなしい子どもだった。

「よろしく。アミルの話、聞かせて。」

 カタリは物語を詠む場合でもそれを届ける場合でも、いつも相手と普通に話す時間を設けている。物語を詠む場合は、そのほうが良いストーリーが出来上がるように思っていたせいでもあるが、それよりもその方がお互い心の距離が縮まるし、できるなら相手と仲良くなりたいという気持ちが彼の中にあったからだ。

「ふぅん。それじゃあ君は友達のスィヤームと仲直りしたいけどどう切り出していいか分からなかったんだね。それじゃあ、これ、読んでみて。たぶん今の君に一番役に立つと思うな。」そう言うと鞄からチャーリーから詠み込んだストーリーを取り出し、アミルに渡した。

「これ、くれるの?ありがとう。でも本なんて難しそうだな。」

「カクヨムの本はそれを求める人のところへ最もふさわしい形で届くわ。騙されたと思って読んでみてくださいな。」バーグがにっこり微笑みかけると、アミル少年は一礼だけしてカフェから走って去っていった。。


「さて、僕はこれで帰ろうかな。」そう言ってカタリが背伸びをしたところ、背後から何者かが近づいて来た。

「もし、君はもしかして『詠み人』か?」

「あなた、どなた?」

「これは失礼。私の名はジャイード。ぜひ私の物語を紡いでもらいたい。」

「なぜ詠み人の事をご存知なのです?」バーグが警戒した。

「いえね。私の知人が詠み人に物語を紡いでもらったと私に自慢をしていたものでね。それなら私も一篇編んで欲しいなと思いまして。」男は笑顔であったが、まるで野生の獣の様な眼光をたたえていた。

「ああ。そうなのですね。しかし、物語を詠むのは『カクヨム』の方であらかじめピックアップした人を対象としておりますので。」バーグが断ろうとすると

「いいじゃない。やってあげようよ。」カタリが提案した。

「規約外ですよ。カタリ。」

「でも目の前で詠んで欲しいって言ってくれてる人をほっとけないよ。それにどんな人が『至高の一篇』の持ち主か分からないでしょ?」

「それはそうですけれども。」

「いいよ。おじさん。こっちに来て。」機嫌の良かったカタリは彼をテラスの席に招いた。

「それじゃあおじさんの話を聞かせて。」カタリはジャイードに尋ねた。

「私は、私の人生は戦いの人生だった。私は英雄となるのだ。そして将来この国を統べる者となるのだ。ぜひその話を自分で詠んでみたい。」

 その後もジャイードはこの国の退廃、はびこる格差、そこからくる治安の悪さなどについてとくとくと語った。

「難しいけれど、立派な事をしようとしてるんだね。」カタリは立ち上がると

「詠み始めるよ。目を閉じて。」と指示した。

「カタリ。やはりやめた方がいいわ。」バーグが忠告したが

「ここでやめたらこの人が可哀想だよ。」そういって詠み込みの詠唱を始めた。


「舞い散る花、降りしきる雪、煌めく星。人に眠りし数多の物語よ・・・」

 カタリの左目が青い光を放ち始めた。

「我に詠ませ給え!」

 青い光の筋がカタリの左目からジャイードの額に伸びる。すると、その額から少しずつ文字が引き出されてカタリの詠目へと吸い込まれ始めた。

 文字の量は徐々に増え、水流の様に詠目へと流れ込む。カタリは物語の感情を読み取る。そこにあったのは地獄の釜の底で沸騰する赤い鉄の様な激しい『憎悪』の感情だった。

「あああああっ!」

 カタリの目が急激に青い光から赤い光に変わる。それはまるで目が発火したかの様であった。

「熱い!目が燃えるみたいだ!ああああっ」

 左目を必死に覆ってのたうちまわるカタリ。しかし物語はブラックホールに飲み込まれる銀河の様な勢いで彼の左目に渦を巻いて吸い込まれていく。

「カタリ!どうしたの!カタリ、しっかりしてください!」必死にカタリの体をバーグが揺さぶるが激流となった文字の流入は止まらない。

「誰か、誰か助けて!」左手で目を覆ったまま右手を天に伸ばすカタリ。するとその時だった。

「カタリ!」真っ黒な服の長身痩躯の男が駆け寄ってきた。

「おい、お前、この物語の色は・・・『憎悪』!まだこいつには早すぎる。」「そこの、ポンコツ!鳥の羽をむしって物語の主の額を覆え!はやく!」

「ええっ。羽をですかぁ!?」一寸とまどったバーグだったが、

「トリさん、ごめんなさい!」そう言うとトリの羽を強引に毟りとった。

「ピィィッ!」

 男の言うままにその羽をジャイードの額へとあてがうと、文字の流出が堰き止められた。


「カタリ・・・今、楽にしてやるぞ。」そう言うとシトナは自分の左目に指をねじ込んだ。

「ッ!」すると不思議なことに指が彼の詠目に食い込み、レンズ状の物体が引き抜かれた。

そしてそのレンズをカタリの左目にあてがうと、レンズはすぅっと彼の詠目に吸い込まれていった。


「・・・これでひとまず安心だろう。」

中空を回っていたカタリの詠目に吸い込まれそびれた文字の渦はほどなくして霧散した。


 目を覚ましたジャイードは不愉快そうにシトナに抱きかかえられたカタリの方を見る。

「私の物語は紡げなんだか・・・。」

 シトナはジャイードを睨みつけた。

「おい、貴様。」

「革命の将だ。」

「失せろ。二度とこいつに近づくな。貴様の物語はいつか俺が焚いてやる。」

「私の物語はまだこれからもっと面白い英雄譚となる。また会う時を楽しみにしているよ。」

 そう残すとジャイードはその場を去っていった。


「ありがとう。シトナ。助かったよ。」気が付いたカタリがシトナに礼を言う。

「無茶をしやがって。大人の詠み人でもあのレベルの憎悪には気が狂わせれてしまいかねないぞ。さっきお前の目に入れたのはレンズフィルターだ。俺の詠目は元々『憎悪』の成分を多く含んだ物語を引き寄せる性質があった。だから『眼鏡師』がまだ子供だった俺用にそれを作ってくれたんだ。これで憎悪の成分の侵入を防いでくれるはずだ。」

「シトナさんはどうするんですか。ご自分のフィルターが無くなってしまって。」バーグが尋ねる。

「俺はそもそも今は詠み人休業の身だし、そろそろ憎悪の物語にも慣れなければならん。全ての物語のどれに『至高の一篇』があるかはわからんのでな。」

「普通に考えて人を憎むような話の中には至高の一篇は無いのでは?」

「わからんさ。憎悪が深ければ深いほどその後の変化がドラマチックになるはずだからな。」

「なるほど。全体が憎悪だけで綴られている訳じゃない物語があるはずですものね。」

「つまらん話なら焚けば良い話。まあいざとなったらコレもある。」そう言うとシトナは左目だけに取り付けられる丸い片目のサングラスを装着した。

「なんだったらこっちをお前にやっても良かったな。」シトナはカタリに向かって微笑んだ。

「え、いや、コンタクトでよかったよ。なんかダサいもん」

「これがダサいだと?それが恩人に向かって言う台詞か?」

「ふふっ」とバーグが微笑む。


トリが罰が悪そうに壁の影から顔をひょっこり覗かせる。

シトナと目が合うと光速でその身を引っ込める。

「トリ、おいで」カタリが優しく呼びかける。

「おい、お前がこんな目に遭ったのは、元を正せばお前を詠み人に選んだあいつのせいでもあるんだぞ。」

「いいんだ。僕にはこの目でそれでももっと素敵な経験を与えてもらったからね。」

その言葉を聞いたトリが滝の様に涙を流しながらカタリの胸に飛び込んだ。

「ははは。泣かないでよ。これからもよろしくね。」カタリはトリを抱きかかえたまま10円ハゲのある頭を優しく撫でた。

「おい、次に何かあったら、その時は本当にやきトリにするぞ、分かったな!」シトナが睨みを効かせた。

「もう、脅かしちゃだめだよ。・・・てあれ、今「カタリ」って呼んでくれたね。」

「ああ?聞き間違いじゃないか?」

「僕、まだまだ未熟だったよ。勝手な事してみんなに迷惑かけてしまった。ごめん。」

「無事ならいいんですよ。」なぜか真顔になってしまうバーグ。

「ところで、どうしてシトナはこんなところにいたの?」

「ああ?・・・たまたま、カクヨム中東支部に出張があった・・・だけだ。」だんだん声が小さくなるシトナ。

「んなことよりもう用は済んだから俺はもう行くぞ。」

「アン・モロー先輩がおうちで待ってますものね。」

「あぁ!?焚くぞポンコツ!」

「ふふふっ」


 こうして少年の災難の一日は終わりを告げた。

 すべての物語が美しいものとは限らない。それでも物語を人は紡ぎ続ける。

 それは人が一人では生きられぬ者であるからだ。語る相手あっての『物語』。

 少年は今日もその不確かな何かを求め旅を続ける。

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物語詠むひと 勇今砂英 @Imperi

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