AnDev;marionettes

幸貴詩

第壱章 ドコカノ日常

「……なきゃ、こ……なきゃ、ころ……きゃ……」

 

 念仏のように唱え続ける。


『殺さなきゃ』


 言葉になっているかはわからない。それでも唱え続ける。そうしないと、眼前のモノを殺すことは出来ないと判断したからだ。

 ソイツは一歩、また一歩と歩み寄ってくる。途中、ボクの仲間の死体を踏みつぶしながら。

 ジリジリ、ジリジリ……

 距離が縮むにつれ、ボクの鼓動は速くなる。頭が真っ白になる。念仏は、止めたくても止められないほど染みついてしまっていた。

 銃撃を避け、斬撃を受け止め、爆撃を弾き返し、死体とはいえ、人間の体を事も無げに踏み潰す。

 埒外、想定外、予想外。

 いくら言葉を重ねようと、足りなかった。表現なんて出来やしない。言えるのはせいぜい『悪魔』といったところか。だとしたら、ボクはさしずめ『エクソシスト』だ。

「……ふぅ」

 変なことを考えていたら、なんだか力が抜けてきた。

 もういい、もう、いいや。

 いい加減、仕事をしよう。

 持っていたコンバットナイフを構え直す。

 突撃の準備は出来た。

 隙を窺い――


「――ッ‼」


 一気に踏み込む!

 素早く懐に入り込み、首筋を狙った刺突を繰り出す。

 当たる! 

 予想外の感触を感じていた、その時だった。

 突如として、腹が熱くなった。

 体が軽くなった。

 でも、急激に食道を這い上がる感覚に襲われた。

 我慢しきれずにそれを吐き出す。

 赤かった。

 本能でそれが何かはわかった。

 そんなことよりも、ボクは敵の、悪魔の姿に目を奪われていた。

 男というよりも少年のような風貌。顔立ちからして欧米人。白みがかった金髪と肌には、血がベットリ。

 何よりも、その瞳だ。エメラルドのような碧眼には、悲しみの色がある。まるで死に行く魂を慈しむかのような、そう、正に、

「天使……?」

 ああ、そうだったのか。

 ボクはなんて酷い誤解をしていたんだろう。

「な、まえ……」

 自分なりに謝罪したくて、名前を知りたかった。

「――」 

 返答が来た。来ると思ってなかったのに。

 その名前は、どこか聞き覚えのある酒の名前だったような気がした。

 ごめんよ、ボクの天使……

 散々念仏を唱えてきたボクの口はもはや使い物にならなかった。

 はは、母さんにいい土産話を話してやれるな。

 母さん。いま、そっちに行くよ。

 ボクの日常が、誰かの幸せにつながると、そう信じて……


 こうして第三次世界大戦は終結し、世界は平和になった。

 謎の生物兵器『天使』によって。

 後に世界は、兵器を捨てた。


      *


 カタカタカタカタカタカタカタカタ…… 

 やたらとキーボードの音がうるさいこの一室は、日本自衛隊所有の《司令塔》、その最上階だ。

 カタカタカタカタカタカタカタカタ…… 

 ……暇だ。さっきからどこも何の動きもない。

 このまま風呂に入って、夕食を食べて、そして寝るだけのいつもの日常が流れていくのだろうか。

「……暇だ」

 つい口に出してしまったが、それを咎めるような者はどこにもいない。まあ、先日私に口答えした愚か者を適当な理由をつけて殺してやったから、それで皆私を恐れているんだろう。

 そもそも私は、この《司令塔》の統括である司令官だ。端から口答えされるような立場ではない。

 しかし、なんでもいいからアクションが起きてほしい。この際、『足吊った!』くらいのどうでもいいことでいい。それで笑い転げてやる。

 そんなことをつらつら考えていると、それは唐突に起こった。

「エンジェリオネット部隊と、残存悪魔との戦闘行動の激化を確認」

 ようやく来たか!

 特に誰かに見られるでもないのに、私は身だしなみを整える。

「状況は」

「エンジェリオネット部隊、後退中の模様。これまでのルートをマップに表示」

 ホロウィンドウに映されていたマップに、ミミズのような線が引かれる。一目見ただけで押されていることがわかる。

「いよいよヤバいか……まあ、どうにでもなるんだが」

「オペレーター61シックスワンから、司令官へ」

「なんだ」

「疑問:彼らエンジェリオネット部隊が戦う理由」

「……何故そんなことに疑問を呈す?」

「回答:彼らについての過去のログを見返した結果、疑わしい部分が散見されたため」

「過去のログだと?」

 エンジェリオネット部隊に過去は存在しない。データのほとんどは消去している。

 だが、オペレーター61なら出来ないこともないのかもしれない。確か彼女には新機能が存在したはずだ。それを使えば、あるいは……

「2020年のトーキョーオリンピックをきっかけに、世界的な戦争が勃発。歴史上では第三次世界大戦と記されている」

 こいつ、まさか本当に過去のログを?

「その五年後には、我が国の勝利で終戦。後に使用された兵器はすべて廃棄された」

「……それがどうした」

「疑問:処分された兵器の行方。また、兵器の名称」

「処分されたのは核兵器などの非人道的兵器、それ以外は解体処理された」

「否定:それ以外に生物兵器を使った可能性あり。その答えは、彼らエンジェリオネット部隊にある」

 どうやら本当に過去のことを知っているらしい。もったいぶった言い方をするのはかっこつけなのか、私への意趣返しなのかはわからないが。

「……そうか、わかった。ならばその話はあとで聞こう。仕事が落ち着き次第、私の執務室へ来い」

「拒否:今ここで話が――」

「――戦場付近に高エネルギー反応を検知。推測:悪魔による広範囲攻撃」

 そう発言したのは、オペレーター20トゥゼロ。61の兄にあたる。彼にも例の新機能が備わっている。

「オペレーター61、作業に戻りたまえ。オペレーター20、着弾予想地点は」

「マップにマーク」

 表示された場所はエンジェリオネット部隊の正面。足止めを狙っているのか?

「着弾までの時間は」

「10秒前。9,8,7,6,5,4,3,2,1――」

「喚くがいいさ、我が天使」


   *


 グォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオン‼‼

 人のいない、絶海の孤島に。

 地震とともに轟音が鳴り響く。

 私はそれらに耐えるため、爆心地に足を向け、地面に伏す。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 色々な感情が心の中で混じり合って、その整理をつけるために、私は叫んだと思う。本当は意味なんて自分でもわからないけど。

 しばらくして、地震も轟音も鳴り止んだ。

 それと同時に隊長のキリシマの声が飛んできた。

「みんな、生きてるか⁉」

 さっき叫んだ所為か、声を出せずにいると、

「――はい!」

 と、威勢のいい声が響いてきた。この声はシロタケ君だろう。

「おう!」

 これはイサミさんだ。

「私も、なんとか……!」

 ああ、レントさんも生きてる。よかった……

「私も、ここにいます! あと……」

 隣を見回す。きっともう一人の仲間も、そこに……

「……え? いない?」

 どこを探しても、私の仲間は、ニカイちゃんはいなかった。

 続く言葉を察したのか、キリシマ隊長はすぐに行動に移す。

「くそっ……ニカイ、ニカイ! どこだ‼ 返事をくれ‼」

 隊長の行動に皆、それぞれ続く。

 全員同じ気持ちだっただろう。

『一人も欠けてほしくない』

 その気持ちは届いたのか、

「……ぃ……-い、おーい。ここでーす、ここ、ここぉ」

 爆発の衝撃で飛んできた岩の後ろに、ニカイちゃんはいた。

 勢いはそのままに、こちらに向かってきている。

「ふいー、死ぬかと思った」

 あはは、と笑い飛ばすニカイちゃん。

 それを見てると、なんだか力が抜けてくる。

「人騒がせな奴だな」

 そうイサミさんが呟いていた。私もそう思う。

 でも、そうじゃない人が一人、肩を震わせている。

「……おい、てめぇ、ニカイドウ。言うことそれだけか?」

「え? ああ、ごめん」

「いや、そうじゃねえだろ。もっとあるだろ、いろいろよお!」

「いろいろって言われたって。アイムソーリー?」

「だからちげえだろ! すいませんでしたの一言も言えねえのかてめえは‼」

「あーもーうるさいなあ。わかったわかった、ワタシが悪かったよ、ごめんなさい。でも――」

「――でもじゃねえ‼」

「ちょっ、ちょっと! 二人ともここで喧嘩しないでよ⁉」

 そう諫めるも、二人には止まる気配がない。いつもこうして喧嘩ばかりな二人だが、ここまで熱くなるのは珍しいことだった。

 いよいよ見かねて、無理矢理にでも引き離そうとした、その時、

「お前ら! いつまでそんなことしてるつもりだ! 殺すぞ‼」

 隊長からの怒号が突き抜け、シロタケ君とニカイちゃんが固まる。ついでに私も固まる。

「全員揃っているようだな。では、作戦を再開する!」

「「「「「イエスマム!」」」」」

 私たちの行っている作戦。それは『撤退』。

 命からがら、必死の思いで逃げ回っているという状況だ。

 即座に隊列を組み直す。前衛にシロタケ君、ニカイちゃん、私。後衛にはレントさんとイサミさん。そしてその中間にキリシマ隊長が配置される。

 全員同じ速度で駆ける。生き残るために。次なる反撃に備えるために。

 果たして、その思いは裏切られた。

 何かが超高速で奔り、瞬く間に私たちを追い越した。それはそのまま地面に激突し、やっとの思いで止まった。

 銃弾ではない。もっと単純で、だからこそ恐ろしいものだった。

 正体は、ただの石ころ。そこら中にある、爪くらいの大きさの、普通の石。

 どうやってここまで飛ばしたのか、どうやってそんな速さで飛ばしたのか。それを理解すると同時に、声が聞こえた。

「――全員生き残ったか。しぶといやつらだな」

 全員、振り返る。やはりそこには、私たちの敵がいた。

 私たち〈天使てんし〉の敵、〈悪魔あくま〉。

 その姿はあまりにも醜く、そして彼らの行動は悪逆非道。私たちが殺すべき存在。

「クソ悪魔野郎が……!」

 シロタケ君が悪態を吐く。でも、その悪態はシロタケ君だけじゃない。ここにいるみんなの総意だった。

 しかし、その思いは悪魔には通じなかった。

「なにをー!」

「クソじゃないもん!」

「いや、争点そこじゃねえだろ。つか、戦闘に集中しろ」

「ひえぇ、天使がいっぱい、殺される……」

「大丈夫よ。みんなを護るのが私の役目だもの」

「お前らも黙れ!」

 リーダーと思しき悪魔の叱咤で、この場にいる全員が黙った。

 沈黙を破ったのは、悪魔。

「総員、戦闘配備」

 リーダーの一声で、全ての悪魔がその手のひらをこちらに向ける。これでも立派な戦闘準備だ。

 私たち天使と悪魔の戦いに、銃や刀剣の類は使用されない。使う必要性がないからだ。

 私たちが使うのはもっぱら超能力。

 全員、念動力を主に使うが、それは全員に共通して存在している能力であり、それぞれ固有能力も持っている。私の固有能力は『発火』だ。まあ、周囲の環境が木ばかりだから、思うように使えないけど。

「総攻撃が来るぞ!」

 もう一度、先ほどのような大爆発が来るのだろう。イサミさんはそう判断して、声をあげる。

「こちらも迎え撃つ! その後、迎撃しつつ後退! なんとしても生き残れ!」

「「「「イエスマム!」」」」

 こちらも全員手を掲げる。互いに銃口は向けられた。

 キィィィィィィィィイイイイイイイイン――

 音と同時に、手のひらが熱くなってくる。

 熱く、熱く、火傷するほど熱くなって、そして――


「ってええええええええええええええええええええええええええええええええ‼」


 ――一気に解き放つ!

 双方の大火力がぶつかり合い、やがて対消滅する。

 その一瞬を狙って、私は炎で壁をつくる。これで少しでも足止めになれば……

「……そう来ると思ったよ」

 もうみんな走り出している。私も追いつくために駆けだした刹那、

「ぐあっ⁉」

 突如右足に鋭い痛みが走る。

「イチコ⁉」

 名前を呼ばれたころには、もう遅かった。

「悪いが一緒に来てもらう」

 いつの間にかいた一人の悪魔の肩に担がれ、為す術もなく連れ去られてしまった。

「イチコ! イチコ‼」

 必死に名前を呼ぶ声が聞こえる。

 そうだ。私はここで倒れるわけには、いかなんだ!

「くっ、この、離せ!」

「うおっ、ちょ、暴れるな!」

 どこまでも抵抗を続ける。止めてやるもんか!

「ああもう、大人しく、しろ!」

 貫かれそうな勢いで、鳩尾みぞおちに拳が入る。 

「かはっ⁉」

 ここ、で、倒れる、わけ、に、は……

「もういい、もういいから、今は寝てろ」

「……わた、し、は……――」

 この声が誰のものだったのかはわからない。

 けれど、なんだかやさしいものに包まれたような感覚がして、次第に私の意識は遠のいていった。

  

 この時。

 そう、この時だ。

 この時から、私の日常は、その姿を変えたんだ。

 天使から、悪魔へと。

 

 




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