思い語り掲示板
@kurikintons
親子って似るもの(ペンネーム:西乃矢ユキ 24歳)
私が中学生の頃、両親は離婚し私はお母さんに引き取られてから女手一つで育てられてきた。
離婚の原因はお父さんの浮気なんだとか。
離婚してから私の生活環境は大きく変わった。
お父さんが居ないのは当たり前だけど、それ以上に私に影響を与えたものがあった。
漫画だ。
ある日のこと、中学校から帰ってくるとリビングのテーブルに一冊の少女漫画雑誌が置かれていた。
私は漫画雑誌を買ったことがなく、そこにあった分厚い本に興味津々。
鞄を置くなり近くのソファに座って読み始めたのを覚えている。
女の子がカッコいい男の子と恋をして、手を繋いでデートして。
初めて見る世界に私はドキドキしっぱなしだった。
しばらくするとお母さんが帰ってきた。
お母さんは喫茶店で仕事をしていて、いつも珈琲の香りがしていた。
そんなお母さんが少女漫画を読んでいた私に「どう、面白い?」と聞いてきた。
私は「うん、なんだかドキドキするね」と素直に答えると、お母さんは「そっか」と言って夕飯の支度を始めた。
その次の週、家に帰るとまた少女漫画雑誌が置かれていた。
そう、お母さんが買ってきてくれたのだ。
それからというもの、お母さんは毎週欠かさず買ってきてくれて、それが中学卒業まで続いた。
高校生になってからはお小遣い制に変わり、私は好きな漫画雑誌や単行本を買い始めた。
そんな高校二年の時の出来事だ。
帰ってくると見慣れない本が一冊、リビングのテーブルに置かれていた。
それは今まで見たことも無いくらい薄く、だけどサイズの大きな本だった。
表紙には半裸のイケメンとイケメンが手を繋いでいる。
「なんだろうこれ」
興味本位で本を開いてみる。
そこには――新世界が私を待っていた。
「こ、これが大人の世界……!」
顔を真赤にしながらも薄いその本はすぐに見終わった。
「見なかったことにしよう……」
そう思い、本を元の位置に戻して私は部屋に戻った。
だけどその新世界のことを忘れられず、その日私は悶ながら寝たことを覚えてる。
その後、友達にその本のことを話すとBLだと私は教えてもらった。
それから私は変わってしまった。
少女漫画は好きだけど、刺激というか、何かが物足りなくなってしまったのだ。
その足りない物を補うために、私は独学で絵の勉強をし、気がつけばネットに漫画を上げていた。
高校卒業後。
私は上京したいがためにわざわざ大学に入った。
都会ならイベントも行き放題、グッズも買いやすくて便利だから。
大学では漫画研究サークルに入り、私の描いていた漫画は同じ趣味の子から大絶賛。
先輩の勧めもあってイベントにサークル参加することになった。
初めて刷った自分の薄い本に目を輝かせ、それが一冊一冊知らない人が買っていく喜びに私は感動していた。
次々にイベントに参加しては新刊を出し、先輩の協力もあって私はその手の界隈では一躍有名になった。
そして、大学卒業後。
数年のデバッグアルバイトを終え、先輩の紹介で女性向けソシャゲの原画を担当することに。
自宅のパソコンの画面を見ながら、担当することとなったゲームの企画書と資料を読んでいる。
タイトルは『俺とお前のカンパニー イケメン役員との禁断の恋(仮)』。
役員ってことは、イケメンの社長や専務のキャラが必要だとすぐに思いつき、
次の資料を見ると、思ったとおり社長や専務のキャラ設定の資料が表示された。
その資料を元に、私はペンを走らせキャラクターを描いていく。
思った以上にペンの進みが早く、本来の提出日よりも早く終えた私は、個人活動の新刊に手をつける。
無事に入稿を終え、時間が数日も余ってしまった。
何をしようかと迷っていた時、ふとお母さんのことを思い出す。
上京してからというもの、電話はするけれどここ数年会っていない。
そして自分にしかできないゲームの原画という大きな仕事をすることになったことも、まだ報告していない。
そこで私は急遽お母さんに連絡し、そのまま実家へ帰った。
実家近くの駅でお母さんと待ち合わせ。
変わらぬ街並みに懐かしんでいるとお母さんがやってきた。
あの頃と変わらない珈琲の香りがした。
帰り途中、お母さんの要望で喫茶店に寄ることになり、カランカランと鈴の音を鳴らし店内へ。
お母さんは入るなり店員さんに軽く挨拶をし、二人がけの席へと私を案内してくれた。
席に着いて私は察した。
「もしかしてここってお母さんの職場?」
「まぁそうね」
照れくさそうに笑うお母さん。
考えてみればお母さんの職場に来るのは初めてだ。
モダンな雰囲気で落ち着きのある空間。
ここでお母さんは何年も働いていたんだ。
……って、私もお母さんに仕事の報告しなくちゃ。
と思った時だった。
「そういえば、あんたに聞きたいことあるんだけど」
そう言ってお母さんはクリアファイルからクリップでまとめられた、A4サイズの資料のような物を取り出した。
「あんたソシャゲのデバッグとかやってるんでしょ。これ企画書なんだけどどう思う?」
デバッグはもう過去のことだけど、とりあえず出された企画書を見てみる。
「『俺とお前のカンパニー イケメン役員との禁断の恋(仮)』……?」
つい先日まで見ていた資料と同じ物が目の前にあった。
なんで!? なんでお母さんが資料を持っているの!?
ペラペラと資料を見ていくと、つい先日私が提出したキャラデザの資料までもが印刷されていた。
私は表情は極力変えずに居たが、内心はめっちゃ焦っている。
そして口から出た一言。
「は、は、は、面白そうだね」
たぶん片言だったと思う。
「今度その企画のシナリオ書くことになってさ。仕事の開始時期はまだ先なんだけど、原画家さんが早くもキャラデザ送ってきてくれてねー」
「ははは……い、良い原画家さんだねー……ってシナリオ!?」
「へっへっへーびっくりでしょ。お母さんがついにソシャゲのシナリオ書くなんて。十数年モノ書きしてきて良かったわぁ」
「え、だってお母さんここの喫茶店で働いてるんじゃ……」
「うん? あぁ、ここで働いてるわけじゃないよ。ここで仕事してるだけ。パソコン使って執筆をね」
「ああ、そういう……」
てっきり喫茶店で笑顔振りまいてるのかと思ったよ、お母さん。
「そ、そのモノ書きっていつからやってるの?」
「あんたが中学生の時から。ほら、少女漫画雑誌買ってた頃あったでしょ。あの雑誌に連載してた漫画のプロットあたしが書いたやつ~♪ あんたが面白いって言ってたあの漫画♪」
まさか自分の読んでいた漫画が、お母さんの手によって作られていたとは。
嬉しいの半分、複雑な気持ち半分だ。
「それでさ、その手元の資料の原画家さんね、実はあたしファンでさ」
「え、マジ?」
つい自然と口から出てしまった。
「え、何、悪い?」
「い、いや! 悪くはないけど~お母さんにしては珍しいなぁ~って……」
「そうかしら? ほら、あんたと合流する前に駅前の本屋さんでその人の新刊買ってきたの」
見慣れた絵柄のクリアファイルと薄い本が鞄から出てきた。
「いやー仕事で一緒になっちゃうなんてね。しかもメインライターの仕事だから本当にびっくり。今度編集さんに言って会う機会作ってもらおうかな~♪」
いや会ってるよ。目の前に居るんだよお母さん。
だけど長年疑問に思っていたことが一つ解決した。
高校生の頃、家にあったあの薄い本。
あれは資料で貰ったのか、趣味なのかは謎だが、やはりお母さんの物であることには
間違いない。
願わくば資料で貰ったことであってほしい。
そんな苦笑いの私をお構いなしに、お母さんは新刊を開けじっくりと読み始める。
「そう、わかってるわかってる。攻めと受けのこの感じがいいのよ」
お母さんの顔が次第にニヤつき始める。
この感じからして明らかに資料では無い気がしてならない。
人は時に言葉にして思いを伝えなければ伝わらないこともある。
それを伝えに来たというのに、これでは伝えられない。
人間、知って得することもあれば損することもある。
今後のお互いの仕事のためにも、私は自分の仕事をお母さんには秘密にしている。
原画家、娘。
シナリオ、お母さん。
そんなソシャゲが今も続いている。
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