とあるAIの悩み事
凪野海里
とあるAIの悩み事
「こんにちは、先生。今日の
***
椅子にどかっと座るや、私はパソコンの電源を入れた。起動を待ちながら私はずっと持っていたエナジードリンクを飲み干す。新発売だから買ったけどまずいな、これ。二度と買うまい。
カラのエナジードリンクをゴミ箱に投げ入れる。
そうしているあいだにパソコンの起動が完了する。ネットを開いてカクヨムのサイトを起動させると、目の前に
突如泣き顔をさらした女の子が飛び込んできた。
爽やかな印象をうむワンピースの服に、パステルカラーのスカートのひだ。そこからはえる黒のストッキングに包まれた足は、ちょっとしたえろさがかもしだされる。
その彼女が今、画面の中で泣いている。私に気がつくと、涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔をこちらに向けてきた。
「編集長~」
琥珀色の瞳がうるんで、白い陶器のような頬に滝のように落ちていく。
その顔を見て私はハアとため息をつく。
「今日はどうしたの? リンドバーグ」
「……うぅっ、ずびっ。えっど、えっど」
「まずその涙をとめなさい。AIなのに感情豊かすぎだわ、あなた」
「はぃ~……」
するとリンドバーグは一瞬にしてその涙をとめた。もはや跡形もない。こういうところはAIの利点と言ってもいいだろう。
目だって腫れていないし、羨ましい限りだ。私だったらあんなに泣き腫らしたあとは間違いなくメイクが落ちて、まるで山から降りてきた妖怪のような顔になるのだから。
「えーっと。まずは、あなたに対する苦情のメールが1件来てるわね。『魔法学校に転生した僕は超優等生になっていた』の青木リンゴ先生」
青木リンゴ先生の名前を出した途端、リンドバーグの顔が青ざめた。どうやら心当たりがあるらしい。
またやらかしたな、と思いながら私はメールの内容を声をあげて読んだ。
「おひさしぶりです。先日、リンドバーグちゃんから最新話の更新を催促されました。そのときの彼女の催促の仕方がまるで人を追い込むような言い方で、心が病みそうです。最近仕事がうまくいってなくて、『まほ優』更新するのもつらくて。でも応援メッセージを見るのは好きだからそれでカクヨムを開いたんです。そしたらリンドバーグちゃんが『今日は仕事なかったのにどうして最新話更新しないんですか?』と言ってきて。僕、どうしたらいいかわからなくなってしまいました……」
リンドバーグの琥珀色の瞳からまた涙がぽたぽた落ちていく。
私はため息をはいて、手元にあるポテトチップスの袋を開けた。のりしお味である。
「あなたのいいところはね、リンドバーグ。まず、かわいいってところよ。そのかわいさはどんな人をも惹き付けるの。そのかわいい顔であなたから応援されると、どんな人でも頑張る勇気を得られるわ。そのあなたのおかげで、このカクヨムでも作家になった人は大勢いる。ただ、そこに欠点があるとすれば、あなたは心に思ったことをなんでもいいすぎ。それで心が折れてしまって、同時に筆を折ってしまう作家もいるの。カクヨム作家はアマチュアがほとんどなんだから、プロの作家と同じ扱いをしてしまったら簡単にぽっきりいっちゃうのよ?」
「わだ、わだじ、ぞんなづもりじゃながっだんでずー! うわああああん」
そして滝のような涙を流しだす。パソコンの画面下にはデフォルトで水溜まりができるほどだ。両目をおさえて大声で泣く彼女は、どんな人をも惹き付ける容姿端麗な美少女だけれど、今はちょっとだけうっとうしい。
20××年。カクヨムがうみだしたこのキャラクターは、リンドバーグと名付けられ、カクヨムのユーザー(おもに作家)たちを応援するマスコットとなっていた。彼女の仕事は、おもに作家たちのスケジュール管理である。作家たちが小説を書くのを助け、時には話し相手になったり、さらにはランキングや書籍化なんかされたときは共に手をとりあって(画面越しだから無理だけど)喜ぶ。彼女が作家の手助けをすることができればと、私たちが作り出した最高傑作のAIだ。
何せAIなのだから何万何千とうみだされていく作家たちのデータ管理なんてちょちょいのちょいだ。感情豊かなほうがより好感がもてると、色々試行錯誤した結果、今のような形になったのだけれど、ちょっとやりすぎた感はある。
性格が真面目すぎるのだ。その1つに、気づくと人の心と筆を折ってしまうというところにあった。
「でもでもでも! このあいだ似たようなことを『神様から見放されたらラッキースケベになっていた』のえろのすけ先生に言ったら嬉しそうにしてましたよ!」
そういえばそんな先生いたな。
タイトル通り、神様から見放された主人公が転生した先でかわいいヒロインたちを次々とラッキースケベしていく、エロコメディバトル小説だった気がする。多くの読者に愛され、その物語は書籍化され、ついにはこのあいだ漫画化もされた。秘密裏ではあるが、アニメ化企画も進行中である。
「あの先生は、ちょっと特殊だから」
何せリンドバーグの全力の言葉のムチ攻撃(本人は自覚なし)をその身に受けても、ものともしなかった人だ。むしろ「もっと言ってくれ~」と喜んでいたという。
ちょっと気持ち悪い。
「うぅ……作家さんって、難しいです……」
「それは作家が難しいんじゃなくて、あなたの言葉選びの問題だと思うのだけど」
あきれながら思わずそう口にすると、リンドバーグは「え?」と不思議そうな顔をして首までかしげてきた。
「人間って、奥が深いんですね……」
「そうよ。人間は奥が深いの。でもだからって見捨ててはダメよ。カクヨムの作家さんたちはみんな、作家の卵なんだから。そこから大ベストセラーをうみだす作家だっているし、あるいは今はダメでも何十年後かに注目される作家だっている。そういった人たち、1人1人に寄り添うために、あなたというAIを私たちはうみだしたんだから」
正直、日々うみだされていく作家たちを相手にしているほど、私たちに時間の余裕はない。それはすごく悲しいことだ。見放すつもりはなくとも、忙しさにかまけているあいだに気づいたら作家は筆を折っている。そうして作家をあきらめる人間たちを、私たちは見てきた。
けれどAIである彼女は違う。
作家1人1人に寄り添って、時に励まし、時に話し相手になってくれる。たったそれだけの些細なことでも、作家たちは嬉しかったりするのだ。一度筆を折ってしまった作品でも、「もう一度書いてみよう」という気になるのだ。
いわばリンドバーグは、どんな作家にも寄り添う「編集者」だ。まあ、真面目すぎるその性格があだになるのがたまに瑕だけど。
「頑張りなさい、リンドバーグ。あなたは作家たちに寄り添うという使命があるのだから」
「は、はいっ」
リンドバーグはとてもかわいい笑顔を返してくれた。もう涙はとまっている。
「ところで。私のほうからも1ついいかしら」
「あ、『感謝の花束をキミに』ですね。書く気になりました?」
「なんとかね。ようやく今日、頭のなかで二章のプロットがかたまってきたわ」
「わあ」
「というわけでスケジュールを組むわ。1週間に1話ずつ投稿、という予定にしたいのだけれど。仕事がいくつか入っててね」
「了解しました。すぐに編集長のスケジュールと照らし合わせて、執筆にとれる時間を調整いたします!」
そうして、びしっと敬礼する彼女は、今日も作家たちの頼れるAIとして画面のなかで生きているのだった。
とあるAIの悩み事 凪野海里 @nagiumi
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