【KAC10】彷徨う配達人と図書館の守り人

綿貫むじな

旅路の始まり

 カタリィ=ノベルは都市を歩いていた。

 都市、と言ってもそこに人の気配はない。人はもう、カタリィが目覚めた時には居なかった。人の代わりに居たのは機械。自我を持った人型を模した、新たな支配者。

 都市も延々と空を通り越して宇宙まで伸びていく構造物があり、また地下にもそれは貫いている。そもそも今カタリィは自分が星に居るのか、宇宙に居るのかすらわからない。

 カタリィが方向音痴である、という事を差し引いても道に迷うのは仕方なかった。

 地図が読めないのだから行きあたりばったりで道を行くがカタリィはあまり気にしていなかった。未知なる道を歩むのはカタリィは苦労ではなく、それが楽しみだった。

 

「よっと」


 崩れて瓦礫になった場所を足場にして、ビルディングを模倣したと思われる構造物をまるでロッククライミングの要領で登っていく。以前はエアライドバイクを持っていたのだが、エンジンの故障で数千万キロ前の地点に置き去りにしてきた。それ以来カタリィは歩き続けている。

 カタリィは今の所、自分が人間であるという自覚を持っている。

 血を流すし、傷もそのうちに治っていく。機械はそうもいかない。壊れたらパーツを取り換えないといけない。カタリィが見た中では自己修復の機能を持った機械はない。

 機械は自分たちが都市に何故居るのかを知らない。顔はモニターで、体は機械むき出しで、でも受け答えはまるで人間で。かつての人間の営みを模倣しているかのように。生身の人間であるカタリィの事も自然に受け入れている。


 カタリィは配達人である。

 目覚めた時、左目に宿された「詠目」という能力を謎のフクロウに授けられ、人の心から読み取った物語を届けよ、と使命を託された。そのフクロウは数百年前に一度会ったきり二度と見ていない。そもそも今現在カタリィが見た中での生物は、ネズミやゴキブリと言った都市生活に馴染んだ者たちくらいだ。猫や犬と言った比較的小型の哺乳類すら見た事が無い。

 物語を届けよ、という曖昧な目的でカタリィは旅を続けている。

 だが機械の彼らは物語を求めない。彼らを見ても物語の芽すら見えてこない。では誰に届けるべきかと考え、行きついた先は自分以外の人間を探す事だった。


 物語は今、カタリィの背負ったカバンに入っている。

 物理書籍という今となっては大変珍しい、宝物扱いもされかねないような遺物。それはフクロウから授けられたもの。ハードカバーだったり文庫本サイズだったりする。

 物語は今はネットに接続し、脳内にダウンロードする事で一瞬で把握できてしまう。わざわざ目から読み取って覚えていくなど、趣味の極みでしかない。機械に風情は無い。

 

「はぁ、やっとついた」


 ある構造物の最上階まで数時間かけて辿り着き、カタリィはほっと息をついた。

 そこにあるものはエレベーター。巨大な貨物でも運び出せそうなど大きく、見上げる限り上空のそのまた上空の、人の目では果てが無いように思えるくらいの先まで伸びた軌道エレベーターだ。

 行き先が珍しく示されているが、カタリィに読めるような形式で書いてはいなかった。

 機械語で書かれた文字は、カタリィには数字と文字の羅列にしか見えない。

 コンパイラと言うものがあれば人間にも読み取れるように変換してくれるらしいが、カタリィの手持ちの荷物には無いので、仕方なく一番上の階層を目指す事にした。

 ボタンを押すと、アナウンスが響き渡る。


『ようこそ軌道エレベーターメビウスへ。最上層へは数百時間の待ち時間を要します』


 数百時間の待ち時間は長すぎると思うかもしれない。

 しかしカタリィは動じる事なく、自らに備えられているスリープ機能をもって長時間の睡眠に入った。さっきまで休むことなく構造物を登って来たので、体は疲労の極みにある。ここで疲れを癒すにはちょうど良かった。

 カバンから簡易ベッドを取り出し組み立てて、そこに横になりスリープする。

 

「目覚める時間をセットして、と。これでよし」


 目をつぶったカタリィは深い眠りに着いた。


 

* * *



 ズ、ズンと重苦しい音がフロアに響き渡った。

 

『最上層に到達しました。お疲れ様でした。この先もどうぞお気をつけください』


 アナウンスを聞き、アラームが鳴り響いてカタリィは目を覚ます。

 カバンに簡易ベッドを片付け、簡単な食事を取り、最上層への扉を開いたカタリィの目に映ったのは、今までのようなビルディングを模した無機質な構造物ではなく、何らかの建物と呼べそうな代物だった。


「うわぁなんだこれ、すげえ、なんかよくわからないけどすげえ」


 カタリィには知る由も無いが、かつての地球ではゴシック様式と呼ばれた建築物が存在した。そのような建物を見た事が無かったカタリィに、新鮮な驚きをもたらした。建物は勿論人の背丈をゆうに超えるが、構造物のように無秩序に伸びてはおらず、せいぜい数十メートルくらいに見えた。

 木製の扉は今までのような電動式ではなく、手を使って開かねばならない。

 カタリィのそれほど重くない体重を掛けて肩を使って押すような形で、ようやく扉は軋みながら少しずつ開いていった。

 

「うわぁ……」


 カタリィの目に入ったのは、まず本棚だった。

 それも地平線の先まで伸びる程の、ずらっと並んだ本棚、本棚、本棚、本棚。

 地上フロアの所々に上に続く階段があり、そこを上がるとまた本棚が連なっている。上の階もずっと同じように本が詰まった棚があるのだ。フロアごとに書籍の種類が分かれているらしく、カタリィの好きな漫画もあるらしかった。

 

「どうやらここは、図書館って奴らしいのか」


 フクロウから聞いた知識を思い出すカタリィ。

 本で満ちた建物がある。その中には様々な種類の本があり、知的好奇心を満たすには格好の場所であり、また本好きが集う場所とも。

 カタリィはしかし、それでも人が居ない事に肩を落とした。

 人の気配がない図書館は静かな事が前提にあったとしても、本の紙が擦れる音も無く生きている感じがしなかった。

 人が集ってこそ図書館であり、読まれてこその本だと言うのにこれでは半分死んでいる。

 誰にも読まれる事のない本なんて、存在する価値があるのか?


「本を、届けなくちゃ。物語を求めている人が居るんだ、きっと」


 言い聞かせるように、カタリィは呟いた。


 とはいえ、これだけ人工的な気配のしない建物は初めてのカタリィは興味津々で内部を歩き回った。途中で漫画が集まっている書棚を見つけ、何冊かよさげな物を小脇に抱えて適当な机を見つけてそこに座ろうとしたとき、カタリィは妙なものを見つけた。


「人型の機械? でも今まで見た連中よりももっとヒトっぽいな……」


 機械型の人びとよりももっと人を模した、アンドロイドと呼ばれる型。

 カタリィは初めてそれを見た。

 人間よりも人間らしい造形。もっともカタリィは自分以外に人間を見たことが無いので果たしてそう呼んでいいのかはわからなかったが。

 何気なく近づき、肩にぽんと手を置いてみる。

 

「ひゃあっ! 誰ですか勝手に人に触るのは! マナー違反ですよ!」

「うわぁっ!」


 両者とも同時に驚いて飛びのいた。

 しばらく二人の睨み合いは続く。カタリィはどうしていいのかわからず、もう片方のアンドロイドの方は「現状を掴み切れずに来訪者が怪しい奴かどうかを計りかねていた。

 やがて、沈黙に耐えきれずにカタリィが言う。


「君は、人なのかい?」

「いいえ。私は作家のサポートの為に造り出されたアンドロイドのリンドバーグと申します。バーグと呼んでくださいね!」


 図書館の静謐な雰囲気に合わない、底抜けに明るい声に思わずカタリィは笑ってしまう。


「む、何がおかしいんですか?」

「いや。今まで見た機械の中では君が一番人間らしいなって思って」

「当然です! 私は作家さんに寄り添う為に作られたのですからね。人間っぽくしなければいけないんですよ。でも作家さんたちって大変ですよね。落ち込んだと思ったら急にのぼせ上って俺は天才だと自画自賛してはまた急転直下したり、気分の上下が激しくて。サポートする方の身にもなってほしいってものですよ。そんなんだからいい物語が書けないんだって毎回思うんで……おっと」


 マシンガンのように喋るリンドバーグに唖然とするカタリィ。

 何とか気を取り直したが、人間でないことに少しがっかりする。

 

「でも人じゃあないのか。折角物語を持ってきたのに」

「いえ、物語は何でも読んでアドバイスはできますよ!」

「いやそう言う事じゃないんだ。君はアンドロイドなんだろう? 心から物語を必要としている人間を、僕は探しているんだ」

「人間を探す? ……そう言えば、いつの間にかここも静かになってますね」

「君はここで何をしていたんだ?」

「図書館にはよく作家さんも来て資料を探したり、執筆しに来ていたんです。だからそのお手伝いをしていたんですが、どうしてこんな事になったんでしょうね。私にもさっぱりです」

「そうか……」


 ここにも人が居ない事にカタリィは落胆の色を隠せない。

 しかし、バーグは明るい声色で答える。


「私も人が居なくなったら存在する意義を失ってしまいます。でもまだ、貴方が居る事が分かった。だから同じように作家をしている人も、きっとどこかに居るに違いない。そうでしょう?」

「……ああ、そうだな。まだ諦めちゃだめだよな」

「だから探しに行きましょう、一緒に!」

「え? そういう事なの?」


 かくしてカタリィは物語を必要とする人を、バーグは小説を書く人を探すために一緒に旅を続ける。

 二人の旅路は、今始まったばかりだ。

 

 

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