作品の断片

さかした

第1話

ここに一人の名も知れない物語作家がいた。

「ふう、とりあえず完成だ。よし、これを保存して…と。」

ポチっとノートパソコンの画面をクリックしようとした瞬間、それは起きた。

「ま、眩しい!」

思わず手で視界をふさぎたくなるような強い光線が、

画面全体から発せられたのだ。

「あ、ここはいったい?誰かの部屋のようですが。」

女性の声が耳に入った。光が消えて振り向いてみると、明るい髪に帽子を被った、細身の美少女が佇んでいるではないか!

いや、そんなはずはない。これは何かの幻だ。

作者は画面の方をジーっと向くことにした。

まるで隣の少女を無視しようと…

「しないでください!」と突っ込まれた。

「き、君はいったい!?」

パソコンの方が今度は、画面がつかずにフリーズしていた。

再起動しながら尋ねてみる。

「私はリンドバーグ。作者の皆様の元を訪れてはサポートをしております、

 お手伝いAIです。とあるドラゴン使いで有名作家のお手伝いに向かうべく

 時空を旅していたのですが、不慮の事故に巻き込まれてしまって。

 ここが火山島のどこかの一角だといいのですが…。」

「火山島?火山列島であるにはちがいないが、ドラゴン使いだなんて

 この世界の住人じゃないな、残念ながらその作家は。」

それを聞いて肩を落とすバーグ。

「そんなに落ち込まないでくれ。俺もそのドラゴ…じゃなかった。

 その有名作家にぜひ会ってみたいし、手伝えることはするからさ…。」

「よくぞ言った、若者よ!」

「え、えー!」

パソコンが起動すると、そこには赤髪にこれまた帽子を被った快活そうな

男がこちらに向かってしゃべっている!

ってよく見たらお前も若者じゃないか!

「カタリ、どうしてパソコンの画面の中に?」

「バーグを助け、そのドラゴン使いの有名作家の元まで行ってくれないか!」

カタリと呼ばれた少年はフツーに少女を無視して話を続けた。

「むろん、地図はここに。」

かばんに手を突っ込むと何やら尺に合わない巨大な地図を出す。

おいおい、画面に収まらないぞ。

「テキトーに広げるから右とか左とか言ってくれ、動かすから。

 ちなみに俺、読めないからさ。」

と、パソコンの画面いっぱいに地図の一部分を広げる。

何で読めないのに地図なんて持っているんだろう。

人に読んでもら…。

「それ以上は言うな~!まあとにかく読めば分かるさ!

と、ちょっと待て!このカタリ、一生の不覚をするところであったぁああ!」

「!?」

「目の前のこの若者、この人も作家だったんだ。

 しかも事故の影響で原稿が木っ端微塵!

 バーグ、前言撤回、有名作家でも後回しだ。

 まずはこの作家さんの物語を回収しないと。

 事故って迷惑かけたんだし…。」

それを聞くや否や、血相を変えたのは他でもない作家だった。

「いやいや、ドラゴン使いにはぜひ会いたいですし、私の何かはあとでも…。」

「任せてください。私が責任をもって作家さんのサポートはいたしますから。」

それに対しバーグは俄然、物語回収に向かう気でいた。

「ひとまず飛んで行った地点に向かいましょう。

 カタリ、地図はお願いしますね。」

バーグはその体つきからは想像もできない豪腕で

作者をつかむと部屋をあとにした。


「こ、これはしょっぱなから奥地ですね。果たしてこれで合っているか…。」

バーグは、ノートパソコンでは持ち運びに不便なので、

スマホに代えてカタリとアクセスできるようにしていた。

「あ、この人に道を教えてもらうって言うのは?」

「それはダメです。カタリは方向音痴なため、

 専ら地図表示に徹してもらいます。」

「そうそう、カタリマップとでも言ってくれたまえ!」

「あのですね、大変なのは私たちなのですから少し黙っていてもらえませんか。」

「えー、しぐしぐ。バーグに怒られたよ…。」

「嘘泣きもいりません…。あ、あれみたいですね。」

バークが指差す方角を見ると、そちらから上空まで何か光の渦巻きが

立ちこめている。

駆け寄るにつれて小川が見えてきた。

「な、何か流れていますね。」

小さな光の葉っぱに乗せられて何やら流れてくる。

「こ、これは…紙屑?」

「これって自分の書いたボツじゃん。ま、まさか流されているなんて…。」

「どういうことですか?」

「いやね、何か嫌なことがあると、自宅でよく川のせせらぎの音とかを聞くんだ。

 耳を澄まして聞いていると、何だか洗い流してくれる心地になってね。

 まさか嫌な作品まで洗い流しているとは思っていなかったんだが。」

「嫌な作品?」

「うん、まだ全然ないんだ。自分で思ったとおりに書けたという作品が。

 だから駄作。環境破壊になるから流しちゃダメだけど、

 流してもいいような…。」

「そんな、流してもいい駄作だなんて…。」

「今回の事故で木っ端微塵になったっていうのもそう。

 別にまた書くし、それはそれでいいんだ。だから…。」

「だから見つけるのです。ほら、こんな奥地まではるばる来たんですから!」

バーグは、作家の弱音に負けずにさっさと目当ての破片を見つけ出していた。

「さあ、次行きますよ、次!作家さんも来てください!」

そう言いつつ、バーグは作家さんの手を握って先へと駆け出した。

心は置き去りのまま、転ばぬようにただ作家はついて行った。


「次は小学校ですか。」

「何でもその破片の原形に小学校を舞台とした内容が含まれているのだそうだ。」

とナビゲートするのはカタリマップことカタリだ。

それにしても高校ではなく、小学校が舞台だなんて。

そう呟きつつ、バーグは校庭の中に無断で立ち入ると、校舎の一部屋から光が外に漏れているのを発見した。

「あ、あの教室ですね、行ってみましょう!」

今は授業中のようで、誰も外にはいなかった。

今のうちに…と、二人とスマホは急ぎ廊下を駆けて階段を登っていく。

「ちょっと待ってバーグさん。あれってまずくない?」

作家は光が漏れている部屋の正体に気づき、いち早くそれをバーグに知らせた。

何とそこは職員室ではないか!

「このまま行ったら確実に不審者だよ。もういいよ、この辺りで。引き返そう。」

「何か、何か手だてがあるはずです。」

腕を組んで悩むバーグであったが、突如ポンと手を叩くと

やむを得ません、この手で行きましょう。とつぶやくのだった。


「ど、どうですか。いけそうですか?」

バーグはわりと低めの身長も手伝ってか、

その大人びた顔つきでも無理ではなさそうであった。

いや、実際に近頃の子どもは成長著しいからこのような人も見受ける。

現に自分が小学生だった頃、身長が170cmもある背の高い女の子だっていたのだ。

そう、彼女は今女子更衣室の前で小学生スタイルに衣服を着替えたのだ。

子ども服でも身の丈が何とか収まってしまうのだから驚きだ。

「これで堂々と職員室に入ってきますのでしばしお待ちを。」

とスマホを渡されて廊下の片隅へと移動する作者。

「良かったな、バーグのおかげで二つ目もクリアしそうだ。

 残るはあと一つ。」

「そうですね。そういえばカタリさん。」

「何だい?」

「バーグさんも全く恥ずかしがらずにあんな格好をしてくれましたし、

 自分が何より探さないといけませんよね。

 今のうちに次の地点を地図で探したいのですが。」

「そうか、分かった。今すぐ次の地点を表示させよう。」

そう言いつつ、カタリは少し微笑んだ。


「ここが最後の場所ですか。どこかのお宅のようですね。」

道なりに進んでとある一軒家をバーグは指さした。

「ここって俺の実家じゃないか。」

「そうですか…、ここが作家さんの生まれ育った家。」

バーグがじっと眺めているのをよそ目に、作家は庭の方までぐるりと周囲を

移動して見てみる。

どうやら居間の部分、そこを基点にして光が生じているようだ。

「とりあえずあがってください。」

玄関前まで戻ると、家の鍵を開けてバーグたちを案内した。

「小学校が出てくるってことは当然、

ご実家での経験も作品ににじみ出てきているわけですね。」

「ま、まあそういうことになるのかな…。」

作家のどこか言いよどんでいる雰囲気に、どこかバーグは違和感を覚えた。

「まだ何か自分の作品に思い煩う点が?」

「いや、あるにはあるけどそれが問題じゃないんだ。」

そんな作家の姿を見つつ、今度はスマホの方が反応を示した。

「何はともあれ、もうここまで来たんだ。あとはもう

 居間のデータを回収できれば、あとは僕に任せてくれ。回収した全てをもって

 修復して見せるから。」

「ではさっそく参りましょう。」

そう言うなり、スタスタと先を歩くバーグ。

ああ、やっぱりこの二人に見られてしまうのか。

いやでもバーグなんて子ども服を着てまでこの自分の作品を修復しようとしていたのだ。

恐れることはもう何も、きっと存在しない!

「こ、これは!?」

光に触れるように、バーグがそれをスマホにかざすや否や、

一片のデータが表示された。

「え?作品って手紙だった?」

何よりも驚いたのはカタリであった。

「そう。見せるのは恥ずかしいから嫌だったのだけど、

 これは母さんへの手紙なんだ。

 作家なんかやり始めて、いろいろと迷惑をかけたことについての謝罪とか。

 ついでに小学校については同窓会があったから、家族ぐるみの付き合いもある  し、それを伝えようと思って盛り込んだんだ。

 でね、作家として身を立てようとしているから、

 手紙でしっかりと伝えようって。」

「そうなんですね。作品は作品でも、これなら確かに

 人には見せるものではありません。」

「なら僕にできるせめてもの償いだ。」

そう言うや否や、スマホから照射する光に照らされて、

一片のデータが紙に変換されていく。

とたんにそこには原稿用紙10枚分には相当する厚さの紙が束ねられ、

装飾の凝った封筒に入れられた。

「届けてきなよ。ちょうど実家なんだし。」

「あ、ありがとうカタリさん。」

そう言って作家は2階へと上がって行った。外までテレビの音が漏れている。

作家はガラっとドアを開けた。

「母さん、あのさ…。渡したいものがあるんだけど。」

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作品の断片 さかした @monokaki36

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