本日、神様在社中につき。
紬 蒼
カズキ、お稲荷さんと出会う
「カズキ。お前、神主なるってホント?」
大学で新しくできた友達は
俺はサタと呼んでいる。
サタと友達になったきっかけがその会話だった。
彼は初対面でも親友のようにフランクに下の名前で呼び、馴れ馴れしく話しかけて来た。
最初は「なんだ、こいつ」と思ったが、サタと一緒にいるのはとても楽でいい。
「ばあちゃんちが小っさい神社やっててさ。それを継ごうと思って」
俺が建前の理由を言ったら、サタはふぅん、と真顔になった。
「……こっくりさんってあるじゃん? あのお狐様に会ったんだ。カズキはさ、神様に会ったことある?」
問われてノエのことが浮かんだ。
でもそれを友達とはいえ他人に話すのは躊躇われた。
「……ないよ」
ついそう言ってしまった。
だが、サタは話を続けた。
「最初は白い狐だったんだけどさ、めっちゃ綺麗な女の子になったんだ。ホントめっちゃ美人なの」
そう話すサタの目は完全に恋する男の目だった。
神様に心惹かれる気持ちは分からなくもないが、相手がお狐様となるとちょっと警戒してしまう。
それもこっくりさんとなると良い結果になるとは思えなかった。
数日後、朝からサタは深刻な顔で溜息ばかりついていた。
陽気なサタのそんな様子に周囲は何事かとあれやこれやと話しかけたり揶揄ったりしていたが、サタは何も話さなかった。
が、昼休みに俺のところに来るなり、「こっくりさんが見えなくなったんだ」と打ち明けた。
サタによるとこっくりさんに告白し、意外にも向こうも好きだと言って来て、それに驚いて思わず十円玉から手を離してしまったらしい。
ルールを破ったサタの前からこっくりさんは消えてしまったが、神社に通ってはこっくりさんで会話デートをしているそうだ。
「話ができるならいいじゃないか」
俺はノエと全く会えなくなった。
しかも突然だ。
会う方法も分からない俺の状況に比べればサタはマシだと思う。
「でもたまちゃんに会いたいんだ」
「たまちゃん?」
「ウカノミタマって言うらしいから、ウカってのも変だからたまちゃん」
ウカノミタマ? って
それってお稲荷さんで祀られてる神様だ。
狐はその眷属で神様自体は狐じゃないぞ?
じゃあサタが恋焦がれてるのは神様じゃなくてその眷属の狐なのか。
ちょっと待て。
サタって究彦だよな?
佐田彦と書けば
それに佐田彦の別名は猿田彦。
猿田彦と言えばノエの神社の現在の祭神だ。
なんて邪推は自分でも馬鹿げてると思ったけど。
「サタ。お前って神様……とか?」
「は? 何だよ、急に。僕が神様だったらこんなに悩まないって」
だよな。
神様って感じじゃないし、第一神様が人間のフリして大学に通ってるなんて変だもんな。
変わった名前だからまさかとは思ったけどやっぱり違ったか。
「はあ……どうやったら会えるんだ、たまちゃん……」
こんなに落ち込んでいたサタだったが。
それからさらに数日後。
サタは再び陽気なサタに戻っていた。
友達の家で飼ってる猫に子供が産まれたらしく、そのうち一匹を貰ったと言ってはしゃいでいる。
猫には『たまちゃん』と名付けたらしい。
「なんだよ。すっかり狐のたまちゃんから立ち直って今度は猫のたまちゃんかよ?」
揶揄うとサタは小首を傾げ、「狐って?」と不思議そうに俺を見た。
「こっくりさんだよ」
そう言ってもサタは「何言ってんの?」と不審そうに俺を見るばかりで、本当にすっかりあの『たまちゃん』のことは忘れているようだった。
俺はサタが言っていた神社に紙とペンと十円玉を持って走った。
狛犬の代わりに並ぶ狐の像の前でこっくりさんをする。
十円玉に人差し指を載せ、こっくりさんではなく『たまちゃん』と呼びかけた。
「たまちゃん、たまちゃん。どうぞお出で下さい」
十円玉は動かない。
こっくりさんは一人でやってはいけない。
しかもこんな神社で一人なんてヤバイ。
だが、俺は恐怖なんてなかった。
「たまちゃん、たまちゃん。どうかお願いします。もう一度、ノエに会いたいんだ。ノエは猿田彦と縁がある神様で……神様って言ってもノエの場合は小さい分祀だから本物の神様じゃないけど……俺が神社継いで絶対信仰をもう一度集めるから……だからまた戻って来てほしいんだ。だから、たまちゃん。ノエに伝えて。
夕闇の降り始めた神社で一人、こっくりさんをする大学生。
なんて滑稽な姿だろう、とふと我に返った瞬間、周囲の空気が変わるのが分かった。
空気が張り詰めるというか、神聖な領域に変わったというか。
「神に会いたいとは笑わせる。人とは愚かな生き物じゃ。何故、そんなに会いたいと申す?」
周囲を見回すが誰もいない。
声だけがどこかからか響いた。
「……まだノエの願いが全部叶ったのか分からない。小さい頃からずっと一緒だったんだ。もう二度と会えないというなら、せめて別れくらいきちんとしたい。でももしまた会えるなら、少しでも希望があるなら、俺はノエの為にもう一度信仰を集めたい」
「ふぅん? ノエとやらの為ねぇ? お前の為ではなく?」
「……俺の……為かもしれないけど……俺のエゴかもしれないけど、でもノエの居場所はうちの神社だって思ってる。だから、それを守りたいんだ」
「ふむ……ところで、お前は何故妾を『たまちゃん』と呼んだ?」
「友達のサタ……究彦がそう呼んでいたから。あいつの記憶、消したんですか?」
「あのバカが友人か。あれに何を聞いたか知らぬが、あれは無礼にも妾に懸想しおった。面倒なので消してやったまでじゃ」
「神様に恋をすることは……やはりいけないことなんでしょうか?」
「報われぬ恋などせぬことが一番じゃ。そう思わぬか?」
「そうは思いません。報われなくとも誰かを好きになることは良いことだと思います。それもまた経験です」
「経験とな? 面白い奴じゃ。だがな、あいつめは妾に変化した眷属に恋をしておると思ったら、今度は妾に恋をした。外面だけの恋など
は?
あいつは見た目だけで神様神様って言ってたのか。
それは神様も呆れて記憶ごと消してしまっても仕方ない。
俺が呆れて溜息を吐くと、たまちゃんは本当に鈴を転がすように上品に笑った。
「妾は稲荷。稲に宿る神ぞ。お前の願いは妾には叶えてやれぬ。普通はな、こっくりさんをやった後の十円玉は早く使ってしまえと言うが、お前は大事に持っておけ。紙と筆はここに置いて行け。ささやかではあるが、お前がまたノエとやらに出会えるよう祈っておいてやる。会えた暁には十円玉をここへ持って参れ。良いな?」
***
それから月日は流れ。
「立派な神主になったカズキはあれよあれよと再び信仰を集め、ノエとまた会うことができました。そして、二人一緒にたまちゃんのところに参拝し、あの時の十円玉を賽銭箱に投げ入れ、ありがとうと伝えました。めでたし、めでたし」
祠で拙い絵巻物を広げていた男はにっこりと笑んで拍手した。
それを男の向かいに座す
「なんじゃこれは? それにここに来たのはカズキ一人ぞ」
「あ、そうなんだ? でももう二人で来たって風に描いちゃったから二人で来たってことに……」
「じゃからこれはなんぞ?」
「え? 絵巻物ですけど?」
「違う。そういうことを訊いておるのでは……」
「
「つまりお主はちっとも反省しておらぬということか?」
問われて男、究彦は首を大きく横に振り「していますともっ」と前のめりに主張した。
その姿は長く白い髪に赤い顔、天狗のような鼻をしている。
おまけに白い衣を纏い、すっかり見た目も身なりも変わってしまっていた。
そんな究彦改め佐田彦の姿に宇迦之御魂神は深く溜息を吐いた。
「お前は神様だと言うに、人の世界を見たいだの我儘を申して……挙句の果てには神様であったことを忘れて妾に懸想するだの言語道断じゃ。眷属がお前を嫌うはずはなかろう? それをまた勘違いするなど……お前が妾の配神とは思えぬぞ?」
「悪かったって。もういい加減許せ」
「本当に反省しておるならこのような巻物で妾を惑わそうとはせぬはずじゃ。カズキを少しは見習え」
「カズキが神主なれたのも信仰をあんなに集められたのも全部たまちゃんが力を貸したからだろう?」
「阿呆が。妾の加護かどうかも分からぬか。あれは全てカズキの力じゃ。妾は何もしておらぬわ。ノエとやらが何者か聞いておらなんだし、具体的なことを何も聞いておらんかったからのぅ。会えれば良いのうとは思ったが妾にできることなど
「えぇ、そうなの?」
「やはりまだ説教が足りぬようじゃな。お主の反省の心が見えるまで仕置きも必要そうじゃなぁ」
にこりと人の悪い笑みを浮かべる宇迦之御魂神に佐田彦は「たまちゃぁん」と情けない声を上げた。
「その呼び方は好かぬっ」
本日、神様在宅……いや在社? しております故、安心してお参りください。
本日、神様在社中につき。 紬 蒼 @notitle_sou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます