歴史ジャンルは日の目を見ない ~HEART OF WRIGHT~

kanegon

歴史ジャンルは日の目を見ない ~HEART OF WRIGHT~

「えー? なぜ駄目なんですか先輩。いいじゃないですか、歴史小説を載せてくれたって」

「あのねえ、藤花。僕たちは歴史研究同好会だ。文芸部じゃない。同好会の会報に歴史研究レポートではなく歴史小説を掲載してどうするんだ」

「だって、この同好会に入る時に言ったじゃないですか。私はあくまでも小説を書きたいんです。でもこの高校に文芸部が無いから、じゃあしょうがないから代わりにってことで、ここに来たんですよ。そもそもこの歴史研究同好会、部員数が減って部から同好会に格下げになったばかりじゃないですか。私が入らなかったら、来年は存続すらビミョーですよね」

「うっ、それを言われると、、、でもやっぱり、会報に小説掲載は、なあ」

「あくまでもレポートではなく小説だってことを明記すれば。息抜きになると思います」

「仮に明記したとしても、読者がそこをきちんと受け取ってくれるかどうか疑問だから」

「そんなことありませんよ。もっと読者を信じましょうよ」

「そりゃ読者を信じるのは大事だけど、司馬遼太郎の歴史小説に書かれていることを史実だと思ってる人が存在する時点で、読者を信じるのは大事だとしても、無条件に信じるのは危険と言わざるを得ない」

「うっ、、、で、でも、短い作品ならいいじゃないですか。コラム的な感じで掲載すれば、堅めのレポートが並ぶ中で、ほっとした感じの息抜きになりますよ」

「うーん、、、歴史小説って、それ自体が自家撞着を含んでいるというか、そういう意味でもジャンル自体が難しくて、それこそ司馬作品あたりを読む分には面白いかもしれないけど、自分たちで書くとなると、労力やリスクが大きい割にはリターンが少ないから、だから小説じゃなくレポートを書いてくれって言っているんだよ」

「先輩、むっちゃ冷たいです。もう掲載を当て込んで短いの書いちゃったんで、読んでみてくださいよ」

「もうすぐ下校時間だろう」

「あっ、あの壁の時計、止まっているみたいですよ! 自分の腕時計を見てくださいよ」

「……しょうがないな。読むだけだよ」

「じゃあ私、時計の電池を交換していますんで、その間に読んでください」

「なになに……『竹簡と兎毛筆と吃音の韓非子』? ……うーん、歴史物といっても、中国古代史か」

「……どうですか?」

「……んー。読んでみたけど、ダメだねこれは。点数付けるとしたらマイナス20点くらい」

「なんでですか?」

「歴史ジャンルはそれなりのファンがいる。ただし、興味の対象が細分化されていて、自分の守備範囲外に関しては興味関心が薄い」

「まあ、それはなんとなく分かります」

「読者が日本人である以上、世界史よりも日本史の方が当然メジャーだ。この時点で世界史を選んでいる時点で負け組だ」

「先輩、今、世界史クラスタを敵に回しましたよね」

「まあ、西洋史か東洋史は、優劣はそれほど無いかもしれない。だが、この時点で世界史クラスタも大体二分化されてしまう。そして東洋史の中では中国史以外は負け組だ」

「まあ、私が書いたのは一応中国史物なんですが」

「ところが中国史は、三国志か、それ以外かに分かれる。三国志以外は負け組だ。藤花の作品は三国志じゃないという時点で負け組だ」

「群雄割拠の戦国時代ですよ。ダメですか?」

「古代中国の春秋戦国時代と日本の戦国時代は違うからね。登場人物の李斯と韓非なんて、誰が知っているんだ? これが日本の戦国武将だったら、信長秀吉家康レベルなら当然として、バカなギャルでもない限り松永久秀、浅井長政、鍋島直茂レベルだって誰でも知っている」

「……すいません、私、後ろの三人知りません」

「ま、まあつまり、知名度が低い人物はツライってことだよ。その時点で読者がフルイにかけられて、大部分が脱落する。つまり、読もうという気すら起こさない」

「で、でも、マイナーな時代な人物を扱うってことは、独自性が高いってことですよね?」

「でも独自性って、大衆受けとトレードオフだ。女性向けラノベで中華後宮物ってのがあるのを知っているだろう? 独自性の高い作品は大衆受けしない。大衆受け狙い作品はオリジナリティが無い。両方を兼ね備えた作品が求められているんだよ」

「ンな無茶苦茶な」

「歴史ジャンルもそうだよ。マイナーな時代や人物の作品は、そもそも読まれない」

「でも先輩、今『竹簡』読んでくれたじゃないですか」

「読んだ上で、コレはダメだね」

「なんでですか?」

「李斯、韓非を知らない読者から見ると、どうしても二人の関係性が分かりにくい。歴史物っていうのは読むにあたってどうしてもその時代背景などの予備知識を必要とする」

「う……それは、そうですが……」

「逆に、知っている人から見たら、李斯と韓非の顛末は既に分かっているわけだから、先にネタバレしちゃっているようなものだ。結末が分かっている作品をどう楽しめっていうんだ?」

「そ、それは……その過程を楽しめるようなものだったら」

「だから、それがハードルが高くて大変なんだよ。藤花の作品は、結末が分かった上で読んで楽しめるほどじゃない」

「先輩辛口ですねー」

「それに歴史小説は、専門用語や堅苦しい蘊蓄がどうしても多くなる」

「そ、そうですか? 難しい用語はセーブしたつもりですけど」

「タイトルの時点で竹簡とか入っているだろう」

「えー、竹簡ダメですか? マイナーな戦国武将なんかよりもマシだと思うんですけど」

「それでいて、だからといって難しい専門用語をオミットし過ぎると、その時代の空気感を描けないというか、雰囲気が出なくなる。同じ師匠の下で学んだ門下生の先輩後輩二人の関係性を描くのはいい。だけど、春秋戦国時代らしい空気感が無かったら、歴史小説を読む意味が無くなるだろう。現代日本が舞台の作品でいいじゃん、ってなってしまう」

「難解な専門用語はダメって言われたり、逆にオミットし過ぎたらダメって言われたり。じゃあどないせって話ですか?」

「だから、歴史小説は自家撞着を抱えていて扱いにくいって言っているんだよ。それに、ちょっとでも歴史考証が間違っていたりしたら、ジャガイモ警察が出てきてしまう」

「ジャガイモ?」

「ファンタジー警察とか弓道警察とか呼ばれたりもするが、実体は同じものだ。まあ間違いは確かに良くないが、警察の厄介なところは、物語の都合で意図的に史実を枉げた所にも狂犬のごとく噛みついてくるところだ」

「ああ、ファンタジー警察ですか。あれウザいですよね。警察はおとなしく窃盗犯でも捕まえていろって話ですよね」

「藤花、警察を敵に回すような発言は控えた方がいいよ。それと、タイトルにある韓非子って言い方、当時は無かったから。唐の時代に韓愈が出てきてから、区別をつけるために韓非子って言われるようになった。当時無かった言葉を使うと、警察に噛みつかれるぞ」

「てか、先輩が警察だったんですか……」

「それに、李斯もこの後、最終的には権力闘争の果てに処刑されたんじゃなかったかな。歴史物って、登場人物が必ずデッドエンドなので、どうしても後味の悪さが残ってしまう」

「いや、だから、それは本作中には出していないじゃないですか。職人としての腕の見せ所ですよ」

「韓非だってそうだ。作中、李斯の台詞の中で韓非が出てきた時には、これから二人のどんな対立の物語が展開されるのかと思ったら、あっさり殺されて拍子抜けしたよ」

「短く纏めるべき作品だから、山場として殺されるシーンだけ描いたんですよ」

「読者としてはそもそも、二人が始皇帝の中国統一にどう関わっていくかを見たいところなんだけど。その前に韓非殺されちゃうし」

「しょうがないですよ。史実なんだから」

「つまりそういうことだ。読者の期待通りの展開にならない」

「そんな理不尽なこと言われても……んもう、分かりましたよ。会報への掲載は諦めます。ネットの小説投稿サイトにでも載せます。確か、カクヨムってのがあったような」

「そうか、やっと諦めてくれたか。それでいい」

「デモ、かくよむニ投稿スルノハ、ヤメタ方ガイイヨ」

「う、うわぁぁあぁあぁあぁぁ。先輩の腕時計がしゃべったぁ」

「これはお手伝いAIロボットのバーグさんっていうんだよ。執筆を激励してくれるんだよ」

「かくよむデハ、歴史じゃんるハ、冷遇サレマクッテイルカラネ!」

「そ、そうだったんですか。アドバイスありがとうございます。バーグさん、物知りなんですね」

「バーグさんは、役に立つから、これ、藤花にあげるよ」

「い、いいんですか?」

「うん。机の引き出しの中に、同じものがたくさんあるから。藤花に一個あげるよ」

「ありがとうございます先輩。で、バーグさん、カクヨムに詳しいんですか? じゃあ私はどうしたらいいでしょうか?」

「残念ダケド歴史じゃんるハ諦メテ、異世界転生ちーれむヲ書イタラ、イイヨ!」

「バーグさんの言う通りだ。異世界転生チーレムはいいぞ」

「……いや先輩、私が歴史小説を書くのを否定するって、歴史研究同好会の意義を否定していませんか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歴史ジャンルは日の目を見ない ~HEART OF WRIGHT~ kanegon @1234aiueo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ