僕の/私の/K★A★C

gaction9969

最終話:十のしるし、十の花

 ●<3月8日(金)20:28> KAC1「切り札はフクロウ」


「お題……って、え? 初っ端から難しいけど、え?」


 5年使い通しているいかつい端末ノートの前で、僕は習い性となっているひとり言をかますけれど、思考はまとまらずに、つい大脳から顔面までが硬直してしまう。


 「カクヨム3周年記念選手権」。これ短編書くいい機会じゃね? と思ったのも束の間、出された「お題」の困難さには、思わずうめき声も出ようもので。


 やっぱ無理。やめやめ。


 早々に諦めて、ブラウザを閉じてゲームでもやるか、と思った瞬間だった。


 <……おそれるな、挑戦者よ……>


 画面スクリーンがこちらを揺さぶるほどに明滅したかと思うや否や、


 <我に……すべてを任せるがいい……>


 口調は重々しいが、声質は少女のような可憐な感じの音声が、消音ミュートにしてあるはずのパソコンから響き渡ってきたわけで。ええ?


 <おおおおお……>


「うわああっ、出かたっ!! 出かたっ!!」


 次の瞬間、ディスプレイの向こう側から境界を突き破らんばかりにして、パステルグリーンのベレー帽を乗せた頭と華奢な指先が「こちら」に向かってぞぞぞぞぞ、と迫って来る。


 いや、本当に画面から出て来ていた。出て来てはいたが、ずるりと巨大肉食魚の臓物の中から出て来たような所作であり、根源的に怖ろしいんだ↑が→。


 <こんにちは。貴方のKACマラソンのトータルアドバイザリックエディトワァール、バーグさんです>


 けったいな登場を何事もなかったように流しつつ、さらに有無を言わせぬ口調で言い切ったのは、見た目可憐な少女のビジョンだったわけだけど。


 白ブラウスにパステルグリーンの短衣、カラフルなミニスカートから伸びる生硬さを残したままの流麗な脚線美は、デニール値推定20以下の褐色のストッキングに包まれている。


 イスごと後ろにコケていた僕は、見上げるかたちで、その褐色の奥に隠されたパステルグリーンのトータルコーディネートをもこの目で確認出来てしまうのだけれど。


 パステル少女の頭身は30cmに満たないくらいであり、タブレットを持った手を臍の前辺りで軽く組んで、僕の机の上にいい姿勢で立っている。何だろうこの状況。ついに現実リアル創作フィクションの判別が出来なくなってきたのかな……


 ほっぺたを摘まんで夢か否かの古典的な確認をしようとするほどに追い込まれていた僕だったが、それより先に、机の上に掛けていた右手の甲に鋭い痛みが走る。


 <早ぉろ、執筆スタイルまいに戻らんかいやぇ。創作能力ふがいないワがを、このワぁが手伝ってやろぉっちゅってれうがいなや>


 顔だけは可憐な笑みを浮かべながらも、グリグリとその白く艶めくパンプスの踵を、僕の手の甲の痛点に的確に捻じり込みながら、その少女はどこの郷か分からない言葉を発してくるのだけど。あいいいいいィィッ!!


「あ、いや、でも、何と言うか、お題がもう無理っていうか……」


 定まらない言葉を漏らすだけの僕の眼前に、その少女はずいと顔を近づけてくるや否や、ふっ、とその笑顔を吹き消すと、人間とロボットの狭間に横たわる、不気味の谷の深奥的な何ともいえないこちらの恐怖の根っこを揺さぶって来るような表情を現出させてきたのだけれど。エヒぃッ!!


 <ハードボイルド、ふくろう座、なかまはずれ>


 しかして。


「!!」


 パステル少女、バーグさんが掠れた低い声で紡いだ言葉たちは、僕の脳髄にさくりと差し込まれると、ひとつの物語の像を結んだわけで。


「うおおおおおおっ!!」


 狂ったようにキーボードを叩き始める僕。きた……物語の波が押し寄せてきた……っ!!


 ―こうして【ステレイショナル/ファレンシス】は生まれた―



 ●<3月12日(火)20:58> KAC2「二番目」


 <……二番じゃダメなんですか?>


「いや、それこそダメですよ、かぶるかぶる」


 僕はクラリオンガール風に言ってきたバーグさんを押し留めるけど、さりとて他にアイデアも無い……


 <うーん、だったらぁ……いくよっ、『オマジュネイション』っ!!>


 と、可愛らしくパステル少女が魔法少女のような掛け声でタブレットを天高く掲げた瞬間……


「え?」


 だるだるのスエットに結構な肥満体を押し込んでいた僕の姿が、江戸町人のような着物姿に変わっていたのを傍らの姿見が映し出していた。髷も結って、眼鏡もレンズを紐で耳に引っかけるといった奇天烈なスタイルへと変化しているけど。ええー、何これ。


 <ランダムに……イメージをオマージュしてネイションさせる……それこそが『オマジュネイション』……>


 不気味谷&掠れ声でのたまうバーグさんの言葉の二割五分も理解できなかった僕だけど、さりとてまたしても電撃的にアイデアは前頭葉を貫いたわけで。


「江戸前……落語……ふおおおおっ!!」


 ―こうして【Kobanashi No.2】は生まれた―



 ●<3月14日(木)20:07> KAC3「シチュエーションラブコメ」


「大丈夫ですか? バーグさん。今回は、ひどくッ筆がッ進むッ!!」


 <そう、良かったね……私は胃の中の物を全部吐き戻してきたからもう平気>


 汚物を見るような目で僕の姿を見るパステル少女だけど、今の僕は制服ブレザーにチェックスカートという、これでもかのJKスタイルである。丸顔の両側にさらにふたつの丸顔が現出しているという阿修羅的な威容であるが、それによってアイデアが湧水が如く側頭葉に波濤を打ち付けてきた。これはいけるッ!!


 ―こうして【テンプレ×トリプレ×三ツ輪さんっ!?】は生まれた―



 ●<3月16日(土)15:33> KAC4「紙とペンと○○」


 <そのピチピチの『半ズボン』が昭和を感じさせるね……あんたはのび太とブタゴリラの雑種ハイブリッドだったわけだ……>


「作品またがなくても比喩はコト足りませんかね?」


 「BE ANBICIOUS!!」と胸に大書された黄色いよれよれのトレーナーに、ホットパンツのような黒い「半ズボン」。僕の少年時代の定番の着こなしである。郷愁感が全身を覆う……


 ―こうして【カルデネ1988―紙とペンとでファミコンを―】は生まれた―



 ●<3月19日(火)21:46> KAC5「ルール」


「ガボボボッ、溺れ、おもれるぅぅぅっ」


 <残り5分で仕上げねば……その『円筒』に水が満ちて死ぬ>


 顔の周りだけをアクリルの筒のようなもので覆われた僕は、どこから出てきているか分からない水のイメージに襲われつつ、慌てふためきながら手を動かす。


 ―こうして【2Rooms××2rules】は生まれた―



 ●<3月21日(木)5:53> KAC6「最後の3分間」


 <オラオラァッツ、はよ書かまいとや、どんでんワのパンチィはズ重くなるさけによってよぉぉぉッ!!>


「ぎにゃああっ!!」


 何故か黒い眼帯をかけたバーグさんに肝臓リバーを執拗に打たれながらも、僕はその追い込まれ方を作品へと昇華させていく……ッ


 ―こうして【ラストラウンドon the サーキュラーバリー】は生まれた―



 ●<3月23日(土)10:31> KAC7「最高の目覚め」


 <……少ぅし、やりすぎまいかとろぅ>


「……」


 こちらをへし折らんばかりに毎度毎度度し難い圧力プレッシャーを掛けて来た張本人が、そんな壊れたおもちゃを見る子供のような曇りない瞳で見てくるけど。


 ここまで来て……降りるわけにはいかない……っ。半ばKAC廃人となりつつある自分に疑問を挟む余地もなく、飛びかける意識の中、僕はひたすらに打鍵を続ける……


 ―こうして【エヌ氏のあうたぁ★とりっぷ】は生まれた―



 ●<3月26日(火)21:33> KAC8「3周年」


 <初心に戻れと、そういうことまいかいのぅ……>


 もしくは、アイデアが枯渇したのか。謎の「オマジュネイション」の力を受けてもなお、くたびれた焦げ茶と灰色の中間色のジャケットを羽織った、いつもの僕がいたわけであり。


 ここまでか。


 いや、例え枯渇しようが、僕の頭の中には、無尽蔵に広がる世界があるじゃないか。それらをかき集め、拾い上げれば、まだ。


 紡げッ!! 創作を司る女神よ僕に微笑みかけろぁぁぁぁぁぁっ!!


 ―こうして【いつの日かモンペール】は生まれた―



 ●<3月28日(木)21:23> KAC9「おめでとう」


「エヒャヒャヒャヒャ、言葉が、文字が、なんぼのもんじゃいああああっ!! えへ、えへへへ、あーかーさーたーなー、へっ、へい♪ はーまやーらぁわー……」


 <崇高な前回の反動からか……壊れた……だと?>


 ―こうして【知ラバ諸共/シラバリィ】は生まれた―



 ●<3月30日(土)8:26> KAC10「バーグさん」


 そして。


 <一か月弱、つき合ってくれてありがとう。ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど……気にしないでね!!>


 そんな取って付けたような言葉を残して、バーグさんはまた画面ディスプレイの向こう側の光の中へと、何の余韻も残さずに消え去っていったのであった。


 夢か幻だったか、それは分からない。でも僕の中には今、やり切ったという充足感と、確かに手の内に残った、十個の光り輝く珠のような「短編」たちが、ある。


 今日からまた頑張ろう、ここからまた書き紡いでいくんだ……頭の中に無尽蔵に広がっていく、この「世界」を。


 僕は自分の脳内にちょっと高めの段差を現出させると、それに空想の中の自分をよいしょと、よじ登らせてみる。


「……!!」


 そこから全身全霊の力を込めてジャンプ。最高点に到達したところで思いっきりのキメ顔アンドキメポーズ。そして力の限り叫んでみる。


「……僕たちの創作は、これからだぜぇっ!!」


(終)

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