第16話

なんとか会議に間に合わせる事が出来た。

会議に遅刻しそうになるのなんて新人の頃以来じゃないか?資料の準備を忘れてたなんて...、まだまだ刑事としても、人間としても未熟という事がよくわかる。

会議の内容は主に死亡現場の説明、死体の状態を担当する者達で確認するだけだった。

担当者には自分を含む、ベテランと呼ばれているような刑事が数人召集されていた。

事件の内容を聞いた時、薄々勘づいた。おそらく彼らもそうだろう。長年の刑事の勘とでも言うのだろうか。あれは...。

「三谷さーん、資料の整理手伝ってもらえませんか?」

突然後ろから肩を掴まれて、一瞬体がビクつく。

「なんだ田中、俺は今忙しいんだ。あっち行ってくれ」

「そんなこと言っちゃって。1人でボードゲームしてるじゃないですか。寂しいなー。僕も一緒にしてあげましょうか?」

確かに、机の上にはオセロやら人生ゲームやら麻雀やら、色々な物が乱雑していた。

「あ?これは...その、昨日の夜やってたんだよ。夜勤で暇だったから他の先輩方に誘われて...」

「そういうのいいですから。ほら、机の上片付けて。これじゃ仕事できないじゃないですか」

言われるがまま散乱した物を元の場所へと戻していく。これじゃどちらが先輩かわからないじゃないか。

机は次第に原型を取り戻していき、数分後には元あるべき状態に戻っていた。

「さあ、片付けも終わったことだし、資料の整理手伝ってもらいますよ」

田中の生き生きとした声が飛んでくる。こいつの声がここまで嫌に聞こえたのは未だかつてあっただろうか。断言しよう。ない。

「はあ、なんで俺がやらなくちゃならないんだ。忙しいって言ってるのに」

「なんで?なんでって言いましたね?僕は先輩の机の上を救済したんですよ?じゃあ次は僕が救済してもらわないと。手伝ってくれないと、今度入ってきた新人に三谷さんは非情な人だって吹き込みますよ」

「手伝ってやるよ。だから間違っても吹き込むなよ」

下手に脅迫され、観念したように俯いた。田中は嬉しそうにニヤリと笑うと、綺麗になった自分の机に資料を置いた。忽ち机は地震が起こった後のように物が傘ばんだ。軽く絶望する。

「それにしても、なんでお前こんなに資料の整理してんだ?これ、お前1人に任せられるような量じゃないぞ」

「ああ、これですか?他の先輩に任せられたんですよ。お前はまだ若いから元気が有り余っているだろう。だから代わりに俺の仕事もやってくれって」

段々こいつが可哀想になってきた。本人はわかっていないようだが、上の人の田中に対する一種のいびりじゃないか。小さく舌打ちをする。

「わかったよ。可哀想だからやってやるよ。で、どれから手をつけりゃいいんだ?」

言葉を吐きながら机の上にある黒縁の老眼鏡に手を伸ばし、耳と鼻にかける。その間に田中は散乱した資料の中から赤い封筒を取り出した。表面には『機密』と書かれている。

「取り敢えずこういうのから手をつけていけばいいんじゃないですか?」

取り出した封筒を奪い取る様にすると、封筒の中身を取り出し、それを確認した。

殺害された被害者の当時の様子が事細かに記されていた。

機械的に打ち込まれた、何の特徴も変哲も無い文字がダラダラと書き込まれている中で、たった1つだけ赤い太字で打ち込まれた、異色な存在感を放つ文字に目を奪われた。

『被害者の頭部に衝突痕アリ。海に飛び込んだ際に頭部が岩等にぶつかったものと考えられる』

「これは…」と田中は言葉を失っている。

「ふんっ、警察の根性も観察眼も衰えたもんだ。くだらねえ。付き合ってられるか」

そう言うって足を机の上に置いた。

心底残念な気持ちだった。

自分が職についた当時は、これほど正義感に溢れた仕事はないと思っていたが、今やこんなに廃れていたなんて。残念なのもそうだが、これから長い間勤務していくであろう田中に申し訳なく思った。

「三谷さん、もしかしてこれって...」

「ああ、そのもしかして、だな」

「でも、そんな事普通あり得るんでしょうか」

彼は信じられないといった表情をして、こちらを覗き込んでいる。

「あり得るも何も...。若者とベテランの2人の刑事が同じことを思ってるんだぞ。つまりそう言う事なんじゃ無いのか?」

「じゃあやっぱりこの事件って...」

ああ、間違いない、と言って次の一言に懸けるように大きく空気を肺に取り込んだ。

「これは殺人事件だ」

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僕の記憶は誰が為に 雅さんの居住区 @miyabisannokyozyuuku

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