殻四六の詠み人
koumoto
殻四六の詠み人
滅びの世界のそちこちに、
リンドバーグは坂道をのぼりながら、薄暗い空を見上げた。本来は柔らかな光で街を包んでくれるはずの天蓋たる
「――光あれ」
「
彼女はそう呟いた。
坂道をのぼった先にはひっそりとした小屋があった。リンドバーグが扉を開けて中に入ると、相変わらず、詠み人は暖炉の前の椅子に腰かけて、ぼんやりしていた。その少年の両目には、白い包帯が巻かれて、痛々しく光を拒んでいる。
「カタリ。なぜ、自ら闇に閉じこもるのですか」
彼女は挨拶もせずに、単刀直入に切り出した。少年はそれを聞き、声のする方へと顔を向けた。
「リンドバーグかい? 今日はずいぶんと調子が違うね。媚びるような話し方はもうやめたの?」
皮肉げな少年の口調。カタリと呼ばれたその少年は、どうやらずいぶんと心情がささくれているらしい。
「いまのあなたに必要なのは、ご機嫌取りではないようですから。これなら、話す気になってくれますか? なぜ、物語を紡ぐのをやめたのですか? なぜ、
いつもの可愛らしい笑顔を浮かべることもなく、リンドバーグは淡々と問いかける。
「……わがままなのは承知してるけど。でも、ぼくはもう嫌なんだよ。人々の心は痛みだらけだ。自分たちは見捨てられてしまった。この世界は見捨てられてしまった。……そんな嘆きが、人々の心を満たしている。その場かぎりの、慰めとしての物語をいくら紡いでも、痛みそのものは消えてくれない。……無意味としか思えないんだよ。虚しいとしか思えなくなったんだ」
少年は憂鬱な声で、ようやく本音の一端を明かした。リンドバーグがいくらなだめすかしても、頑なに口をつぐんでいたはずなのに。
「カタリ。あなたの紡ぐ物語は、人々を楽しませ、安らぎを与えていました。それは決して虚しいことなどではありません。この
「暗闇の中で生活するのも、悪くないよ。最初は戸惑ったけど、慣れてしまえばそんなに不便でもない」
少年は、目を隠す包帯を指し示して、おどけるようにそう言った。
「カタリ、使命から逃げないでください。
「その
「いつか必ず帰ってくる。
「偉そうに言わないでくれよ。きみは、どの
沈黙が降りた。詠み人たる少年と、AIたる少女はふたりとも黙ってしまい、ぱちぱちと火のはぜる音だけが、暖炉から響いていた。
「……ごめん。こんなことを言うつもりじゃ、なかったんだ」
「いえ。謝ることはありません。事実ですから」
リンドバーグはそう言って、カタリに背を向けた。目を塞いでいるカタリにも、その気配は伝わっていた。カタリは自分が恥ずかしくなり、顔をうつむけた。
「……ねえ、カタリ。それなら、私のために、物語を紡いでくれないかな」
気詰まりな沈黙がしばらく続いた後、ぽつりと、リンドバーグは小さな声で、夢みるようにそう言った。
「……え?」
「私には、心なんてないのかもしれないけど。その
「……難しいことを言うね」
「でも、やり甲斐のある挑戦でしょ?」
「たしかに、興味はわいてきたな」
「それが私の仕事だから。詠み人の、夢への恋を枯れさせないことが」
「――わかったよ」
カタリは、巻いていた包帯を自らほどいた。
ゆっくりと目を開けていく。
開いた双眼にまず映ったのは、ひとりの少女の、柔らかな笑顔だった。
詠み人はAIに心を見出だしたのか。あるいは、なにもない虚無を自らの夢で満たしたのか。どちらにせよ、憂鬱に沈んでいた詠み人は、もういちど物語を紡ぎ始めた。
その物語は、至高の一篇、という名前を与えられた。それがどんな物語だったのかは、詠み人とAIの、少年と少女の、ふたりだけの秘密である。
暗く陰りつつあった
殻四六の詠み人 koumoto @koumoto
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