10の言葉に懸けた想い

うめもも さくら

君も私も貴方も僕も貴女も俺も誰もがみんな生きている


他人の不幸を望む人はいる。

そんな心地なのかもしれない。

物語の不幸を望む人間の心とは

ならば問う。

お前は自分の不幸を望むのか?

お前は愛する人の不幸を望むのか?


人の顔色を見て考えを変える人はいる。

そんな気持ちなのかもしれない。

物語の未来を変える神の気持ちとは

ならば問う。

其方は自分の子の幸せな未来を変えるのか?

其方は愛する者の幸せを奪い取り不幸に変えるのか?


なれば、わたしが終わらせてやろう。

このような無秩序で無情で無駄な世界など。

その時、人々は知るだろう。

己の幸福の在り方を。


世界が滅亡すると突然テレビで言われてもすぐに信じる者はいなかった。

絶えずテレビで滅亡についての番組を放映していてもニュースや情報番組、バラエティーやアニメなどでもとりあげられていてもノストラダムスの時だって滅亡はしなかったのだから今回だってただの勘違いや迷信、眉唾物だと誰もが鼻で嗤った。


テレビで流れたのは母親を殺してしまった少女の不幸な不孝者の噺だった。


外に出ればどこかの神社を放置して荒れ果てて崩れさせたせいでそこの神が邪神になったという噺をしていた。


本屋に立ち寄って見たマンガの結末は勇者に敗れて魔王が死ぬ凄惨な幕切れだった噺でおわり。


小さな子供が母親に泣きながら夢の話をしていた。

天国に宛てた手紙は破り捨てられ届かなかったらしい噺。


レンタルショップに貼られたポスターに載っていたのは妻を失った科学者はカラダを未だに集めるため人を殺め続けている噺だった。


家に帰りテレビをつけると速報が流れた。

何十年も前に殺人を犯した人間が殺された人間の関係者を殺めた噺。


家に帰ってくると友人からのメッセージで愛した女性が海外の仕事に就いたのだが事故にあったらしい噺。


親が噂していたのはご近所の若い夫婦が離婚間際に妻が病を患い急死したので夫が嘆いている噺。


ラジオから流れたのはすごいモテる犬がいたが、そのせいでイジメがありそれを苦に自殺した女の噺。


世界の終わりはすぐそこまできていた。

全ての物語を不幸に向かわせ、その不幸を終わらせるべく世界を滅亡させる。

これが人々の望む物語の終わり方だろう?


「そんなわけ……ないでしょう!!」

飛び込んできたのはエメラルドとサファイアを混ぜたような碧色の石のついたベレー帽を被り、虹色のパレットのようなスカートを風に靡かせながら少女がわたしの前に立ちはだかる。

そして周囲を見回すと凛とした声で呟く。

「位置、時空、時代、存在、全ての接続完了です」

そう彼女が言うや否やわたしのいる世界に揺らぎが生じる。

そして幾つもの流れ星のような光がわたしを取り囲むように降り立った。


「勝手に俺の愛しの恋人を殺さないでほしいんだよね!」

「犬のせいでイジメられるなんておかしい!!それで自殺なんて死にきれるかっ!」

年頃の男女がそこに立っていた。

「やっと恋人になれたのに自殺なんてさせない。誰にも彼女を傷つけさせない!」

「自殺なんて周りの人間の心も未来の希望も壊す!今日の私の頑張りが明日の私を助けるんだ!」

彼らの強い言葉に世界の揺らぎが大きくなる。


「離婚間際じゃない!めっちゃ仲良いっつの!」

「妻の病気に全く気づかぬほど愚かではない」

一組の夫婦がそこにいた。

「この人を好きでよかったと思ってる。私の想いを気持ちを勝手に推し量らないで!」

「彼女にダイヤモンドを買ってやる約束をしているんだ。来年は花を贈る。硬くなってゆく絆を誰にも打ち崩させることは許さない」

彼女たちの射ぬくような瞳が反発しようとするわたしのカラダの自由を奪う。


「卒業旅行に行っただけで仕事に就けたわけじゃないし、縁起でもないこと言わないでくれる?」

「ここまで待ってそんな悲しい結末は誰が許しても俺が許さない!」

大学生ほどの男女がそこに立っていた。

「私は彼を悲しませない!ダメな彼を私が守る!」

「そんな悪夢は起こさせない!事故からだって俺は彼女を守る!もう離れるのはごめんだ!」

ふたりの力のこもった声が抗うわたしの力を打ち崩す。


「そう何度も人を殺められてたまるか!」

喪服を着た青年はそこに立っていた。

「悲しい事がなかったわけじゃない。俺が正しかったのかもわからない。それでも僕は彼女の花婿だからこんな未来は認められない!」

彼の熱い涙はわたしの纏う空気さえ燃やし尽くす。


わたしの世界が揺らぎが更に大きくなる。

まるで打たれた太鼓の上にでも乗っているかのようにまともに立つことすら儘ならない。

わたしはそれでもこの悲しい世界に終止符を打つべく物語を綴ろうと筆を構える。

だがその筆は脆くもばきりと大きな音をたてた後ぼろぼろの手の中で粉のように零れ落ちる。

どこからか振り下ろされた力によって。


「やらせるかーー!!人の人生なんだと思ってるんだ!」

「バカ娘、加減をしろ。お前のせいで世界が滅亡したら話にならん」

力の主はこの恐れを知らなそうな少女と凪いだ瞳を揺らす男たちだった。

「その科学者のことは知らない!けどその人の人生はその人のものだ!それをどうこうするなんて……あたしの気に入らない世界の理は全部まとめてぶっ壊す!!」

「横暴な発言だが珍しく意見が合ったようだな。私の世界の調律は崩させんがな」

二人は今まさにこちらに攻撃しようと構えた。

ベレー帽を被った少女はファイルを見ながら言う。

「科学者は最期に悔い改めたはずです。そんな悔い改めた人間を踏みにじる行為は誰にも許されることではありません」

そして彼女はまた何かを呟く。

「まだ接続しきれない。あちらの送信が微弱過ぎるんですね」


「破り捨てられた手紙はきちんとこちらから浄土の方へ届けます」

「裁判の数をいたずらに増やされるのは見過ごしてはおけないな」

赤い顔のお面を被った大男と細身の美丈夫がそこに立っていた。

赤い顔の大男の補佐をするよう美丈夫は紙とペンとスマホを手に持ちこちらを睨み付ける。


「俺の妻を勝手に殺すな。その腕を斬り落としてやる!」

「なんで私がこいつらのような馬鹿どもに敗れるのだ!納得いかん!!」

燃えるような瞳をこちらに向けてまるでRPGゲームにでも出てきそうな二人がそこに立っていた。

「勝った俺の嫁になる約束だ!魔王が死ぬ?そんなありきたりな結末なわけないだろう!未来の嫁になんて縁起の悪いことを……!」

「誰が未来の嫁だ!!まだ決まってなかろうが!」

そんな言い合いをしながらもこちらに向ける敵意の色は決して緩まらない。

わたしに向かう剣戟の音と魔王の笑い声が辺りに響いていた。


「約束がある。そのために僕は邪神なんぞにはならないよ」

そこに彼は立っていた。

眩い光を放ち、神々しいその姿は文字通り神なのだとわたしにはわかった。

「好き勝手されるのは気に入らないね。天罰だ」

彼の放つ雷が彼に刃向かうわたしを貫く。


なぜ邪魔をする?

わたしはただ人々の望む結末を与えようとしているだけだ。

人は言うではないか。

物語の結末がただの幸せな終わり方だと現実的でなく味気なくつまらないと。

衝撃や驚きの結末が面白いのだと。


「それならばこう言い返しましょう。ただ不幸にすれば現実的なのですか?」

そこに立っていた男は風に羽織が靡き、舞い散る桜の花びらを纏う彼はまるで羽を羽ばたかせた鳥のようにみえた。

「そういうのを手抜き、やっつけ仕事、職務怠慢って言うんですよ。覚えておきなさい」

そして彼は不適な笑みを浮かべながら言い放つ。

「苦労して助けた少女を不幸にされるとね、腹が立ちます。もし、不幸な物語でないと心に響かない方がいるとしたらその方はよほど苦労知らずのおめでたい恵まれた方なのでしょうね」

それはわたしを見下すように馬鹿にするような笑みを貼りつけていた。

「さあ、もう幕切れ、終いといたしましょう。こんな無色で無情、無関心と無感動そんな無意味な世界とは……ねえ?お嬢さん、坊っちゃん」

そう彼が呟くとベレー帽の少女は強く頷き時は満ちたと呟くと空に向かって言い放つ。


「受信完了。感度良好。位置、時空、時代、存在、全て安定した転移可能状態です。この物語の終止符をインストールします」

少女のその言葉に呼応するかのように世界が崩れ落ち始める。

わたしは叫ぶ。

人々は悲しい物語を望み、描き、人を不幸にするではないか!

あることないことを言葉にして誰かにぶつけ、人を正義の皮を被りその誰かの仕事を家族を心を幸福をいとも簡単に壊すではないか!

だからわたしが終わらせるのだ。

世界の滅亡こそがこの世界を洗い流し世界の幸福を新しく再構築するための一番の手立てなのだ!


そうわたしが咆哮すると空から一層強い光が降り立ちわたしの前に現れた。

明るい髪に羽のついた帽子を被り、バッグを肩にかけて本の表紙を縫ったようなハーフパンツを身に纏い悲しい瞳でわたしを見る少年。

「もういいよ……もうやめよう、トリ」

そこに立っていた彼はかつて共にこの世界の物語を求め旅してきた友人の姿だった。

「カタリ、間に合いましたね」

カタリ……そう彼の名前だ。

いつもの彼とは思えないほど悲痛そうな表情かおでわたしを見る。

わたしは……トリ……?

そして彼は決意に満ちた瞳でわたしに叫ぶ。

「もうこの悲しい世界を終わらせる!正しい物語に、あるべき結末に!トリ変える!トリ戻す!トリ返す!さあ、トリ!一緒に帰ろう!」

少女は彼の言葉を聞きながら言の葉を紡ぐ。

「切り札はフクロウ、二番目、シチュエーションラブコメ、紙とペンと、ルール、最後の3分間、最高の目覚め、3周年、おめでとう、『カタリ』or『バーグさん』全ての物語の世界をダウンロード完了。世界の書き換え、上書きインストール中」

「その人の物語は、その人の人生はその人のものだ。その人以外がいかなる理由でも幸せを壊す事は許されない。悲しいことも苦しいこともあるかもしれない。それでも物語の結末はいつだって……」


「インストール完了」


あぁ、めでたしめでたしで終わるんだ。








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