【KAC10】人が倒れています、救急車をよんでください

木沢 真流

カク・ヨムを愛する全ての人へ

 え……と、救急車は、イチ、イチ、キュウで良かったよな?

 あれ、これ消防車じゃない? じゃあ救急車は何だっけ……

 俺の額から汗がこぼれ落ちた。

 スマホを持つ手が震える、あれだけ子どもの頃にこっぴどく教えられていたのに、いざ救急車を呼ぶとなると頭が真っ白になってしまう。

 やばい……急がなきゃ。


 もう一度俺は目の前の現状を確かめる。

 そこには倒れた人、二人。

 一人は赤茶色の髪に、モスグリーンのシャツの少年。

 もう一人は水色のベレー帽に白シャツ、青いミニスカという、通常ではありえない服装。何かのコスプレパーティの後だろうか。

 ここの近くには専門学校があるから、よく学生のイベント後、打ち上げか何かの後の酔っ払いが倒れていることはある。

 それにしてもこのぼろアパートの、しかもよりによって何で俺の部屋の前で倒れているんだ? しかもどう見ても酔っ払いではない。

 息も絶え絶えに、服もぼろぼろ。明らかに弱っているのが目に見えた。


「おーい、大丈夫か?」


 ちょっと揺らしてみる。

 ほとんど反応がない。

 まずいな……そう思って腰に手を当てようとした瞬間、ミニスカの方が何か呟いた。


「……んで」

「え?」

「……きゅうしゃを……をよんで」

「わかった、すぐ救急車呼ぶから」


 俺はとりあえず一か八か、119にかけてみた。間違っていたらその人に聞けばいい、俺はそう考えて通話ボタンを押す。


「消防ですか、救急ですか」

「あの、救急車を呼びたいんですが……」

「お待ちください」


 しばらくたって男の声が聞こえて来た。


「どうされましたか?」

「あの、人が二人倒れているんです、すぐ来てください」


 ……良かった。これで助かる。そう思った俺はアホだった。世の中そううまくいくはずがない。


「どんな人ですかー」

「どうって、来てみればわかりますよ、やばそうです」


 ……何? このまったりとした質問。この時間がもったいなくね? 俺はそう思った。

 しかし電話先の男はまるで他人事のように、落ち着き払って続ける。


「けいれんはしてますかー?」

「いや、してませんけど。それ何か関係あるんすか?」

「いや、そうですか。息はしてますかー?」


 あー、もううるせー! 思いっきりスマホを地面に叩きつけると、俺は自分でアクションを起こすことにした。


「おい、あんたたち、とりあえずうちに運ぶぞ、いいな?」


 少し寒さは和らいだとはいえ、まだ外は寒い。

 こんなぼろアパートでも、外よりはましだろう。俺は背中におぶるようにコスプレの二人を家の中に運んだ。そして暖房をつける。

 

 さて……どうするか。

 俺は蛇口が目についた。早速コップに水を入れ、未だ動く気配のない二人の口元へ持っていった。

「水飲むか?」

ちょっと口元へ持って行ってみるが、全く反応がない。


——これ、本当にまずいんじゃないの?


 俺は久々に心拍数が上がり始めた。

 守るべき肩書きも、家族も無い、単なるいちフリーターとはいえ、これでもし万が一のことがあったら、下手すると逮捕もありうる。

 すると、ミニスカの方の口が動いた。


「……を……よんで」

「あぁ、救急車呼んだんだが、話にならねえんだよ。寝ぼけたこと聞くだけで。わかった、もう一回かけてみっから」


 そう行って俺が投げ捨てたスマホを取りに外に出ようとすると、赤茶髪の少年が俺の手をぐっとつかんだ。

 思わず少年の顔を見つめる。

 どこにこんな力が残ってたんだ? こんな傷だらけの体で。

 ぼさぼさになった赤茶色の髪の毛を揺らしながら、少年はゆっくりと首を振った。

「救急車を……よんでほしいんだ」

「だから、今から……」

 少年はじっと俺の目を見た、何かを訴えかけるように。

「違う。『救急車』を読んで欲しいんだ」


 俺の頭にスカっと殴られたような衝撃が走った。

 何で、何でこいつが、それを……。

 少年は目線を逸らさない。キッとして俺の目の奥を捉えていた。

「分かった、ちょっと待ってろ」


 俺は押入れの奥の箱を取り出した。

 そして中身を掻き出し、奥にあったノートを取り出した。

 そしてその最初のページを開いた。タイトルは「救急車」。


「これを読めばいいんだな?」


 いつしかミニスカも俺の方を見て、まるで最後の力を振り絞るように小さく頷いた。

「じゃあ読むぞ。俺の名前はゆみ 久舎ひさや。小さい頃からきゅうきゅうしゃの愛称で呼ばれている。愛車のプレートはもちろん119、携帯の最後の番号も119……」


 これは俺が学生の頃に書いていた小説だ。

 救急車にはドラマがある、よく親父が言ってた。

 生活保護の救急常習の人が、今回も嘘電話かと思ったら今回は本当で死にそうになったり、はたまた、子どものいたずら電話かと思ったら、実は母親が不整脈で倒れていて、0歳の子どもが奇跡的に押した119で救われた命があったり。それを ゆみ 久舎ひさやが経験するという話だ。

 我ながら、読み返してみるとなかなか面白い。

 だが、クラスメートにバカにされて封印したんだったよな、そんなことを思い出しながらふと視線をノートから持ち上げた俺は、思わず飛び上がった。


「うわっ、びっくりした!」


 何とそこにはさっきまで息も絶え絶えだった二人が起き上がっていたのだ。

 ミニスカの方は、いじらしく足をおねえさん座りに折り曲げ、少年の方はあぐらをかいていた。

 そして目をキラキラと輝かせている。


「あんたら、大丈夫なのか?」

「いいから! 続きを聞かせてください」

 ミニスカが両手をグーにして、がんばれ、のポーズをした。そしてはっきりとした口調で俺に促す。


「分かったよ、読めばいいんだろ。じゃあ第6話、正直者はバカをみる。たらい回しの現実。俺はあの夜のことを忘れない、また命が救急車の中で終わったんだ。命を救うための車でな、しかも二人。妊婦とまだ生まれることのなかった胎児だ……」


 読み終わって、ふうとため息をつく

 少年が数回頷いてから口を開いた。

 

「どうしてその話、カクヨムにアップしないんだい?」

「カクヨム? なんだそれ」

「エッ? 知らないんですか? 書ける、読める、


 最後ので二人はハモった。

 ははーん、そう言うことか、やっと分かった。

 この二人は何かのあやしい企業のエージェントだな、こんな感じの手法で俺みたいにぼーっとしてるやつをカモろうってんだな。

 そんな俺の勘繰りにも構わず二人は続ける。

「最近は活字離れが進んでてね、そうするとさっきみたいに僕らは瀕死になってしまうんだ。本の売り上げもだいぶ減ってるみたいでね。でもおかげで復活したよ、な? リンドバーグ」


 ミニスカも力強く頷いた。


「はい、『救急車』とてもいいお話でした」

「——あんたら、一体……」


 二人は立ち上がった。

 最初とは打って変わってしゃんとしている。


「自己紹介が遅れてごめんね、僕はカタリィ・ノヴェル。そしてこっちは」

「リンドバーグです。私たちカクヨムのイメージキャラクターなんです」

「いめーじきゃらくた?」

「そう、僕らは世の中のストーリーを読みたい、という思いで生まれたんだ。だからその思いが少なくなると存在できなくなるんだよ」

「あなたのお話『救急車』を聞いて、元気が出ました」


 俺はノートを、ぽん、と放り投げた


「こんなの……誰も読んでくれやしない。ショボい話だよ」


 次の瞬間、二人の顔が迫って来た。

 もう俺の目のすぐ先、二人の吐く息が俺の鼻にかかった。


「な、なんだよ」

「そんなことないよ、読めばわかるさ。なかなか良かったよ、『救急車』」

「そうですよ、時折誤字があったのと、行の最初は一文字空けた方がよいということ。他には一つ一つの文が長くて伝わりにくいので区切った方がよいということや、説明がくどい部分があるので、そのバランスを調整するなどすればもっとよくなります」

「結構ダメ出し多いな」

「あぁ、ごめんね、リンドバーグはAIだから嘘がつけないんでね。でもこの話は君にしか書けないんだ、それだけで世の中のどんなものより価値がある。そしてそれを誰かが読んでくれたら、その人生の一部となる。こんな素敵なことが他にあるかい?」


 突然玄関のドアから、バタバタと羽の音が入って来た。そのままその羽音はシンクの上に止まった。


 あ……鳥? まさか——何でフクロウが?


 茶色い鳥は人間の言葉を喋り始めた。

「良かった、カタリィとバーグ。無事だったんだね」

「あぁ、この人に『救急車』読んでもらって元気になったよ、危ないところだった」


 何? 喋ってる?

 そんな「?」だらけの俺を置いて、彼らは続ける。


「もう時間みたいだね、行かなくちゃ。じゃあね、カクヨムで待ってるよ」

 ミニスカも、青いスカートをパンパンと整えてから、一つ小さくお辞儀をした。

「私もお待ちしております。では! 3年目も宜しくお願いします」


 そのままバタン、と扉が閉まった。


 今のは何だったんだろう。夢か? 俺はふと先ほどのノート、「救急車」に目をやった、どうやら夢ではないらしい。

 ちょうどどこかの救急車のサイレンが遠くで聞こえた。

 今宵も救命救急士は何かのドラマと立ち向かっているんだろうな、そんなことを考えているとそのピーポーピーポーが、徐々に大きくなり、耳を塞ぎたくなるほどまでボリュームアップした。そしてそのまま俺の家のドアの前で止まる。赤いライトがチカチカ光っていた。


 ……あ、まさか。


「救急要請をされたのはあなたですか?」


 そのまさかだった。

 救急隊は、俺の携帯のGPSから何とか俺のアパートを探し出しここまで来たのだそうだ。まさかカクヨムのイメージキャラクターが倒れていて、俺の読んだ「救急車」で元気になりました、なんて口が裂けても言えない。

 場合によっては頭の問題で俺が運ばれる可能性だってある。

 結局その後俺は言うまでもなく、もうこんなことは二度としないようにとたっぷり絞られ、ひたすら謝り尽くしたのだった。


 まあいい、このネタもどこかの話で使おう、早速その「カクヨム」ってやつにアップでもしてみるか、そう思えば少し気が楽になった。

 どうやら3周年らしいからな、カクヨムってやつは。

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