KAC10 戦争をもたらす翼

神崎赤珊瑚

戦争をもたらす翼

 火星は大気が薄い。

 他の地球型惑星で濃い大気の星と違い、気圏内航空機は速度が上げられる。空気抵抗が低いのだ。

 その上、火星で発生した爬虫類から進化した知的生命体、いわゆる竜族の強靭な肉体は、極めて高い加速度耐性を持っていた。

 故に、火星での制空戦闘は苛烈なものになるのが常であった。



「作者様! 初めまして! お手伝いAIのリンドバーグです!

 バーグさんと呼んでくださいね!」

「誰だお前」

 三メートルを超える長身を操縦席に納めながら、リーシェン・ミュラーは呆れたように眼前のAIを詰める。竜族は感情がわかりにくいだけに、ただ事実関係を糺そうとするだけで迫力が出てしまう。

「えっ。

 作者様。どういうことですか!」

 可愛らしい目をまんまるにしてバーグさんは驚いて見せる。

 視野を覆う情報表示フィールドは、先週までは機能的な情報表示が広がる場所で、スカートの短い美少女の全身が大写しになるところではなかったはずなのだが。

「いや……こっちが聞きたいよ。

 お前、火器管制はできるのか?」

「えっ。なんですそれ」

 可愛らしい目を目一杯開いてバーグさんは驚いて見せる。

「大丈夫だ。問題ない。予想どおりだ」

 とはいえ、飛行については、それなりに難しい気流もうまく制御しさばいて通過できているので、演算能力自体は充分あるのだろう。

 リーシェン・ミュラーは、それなりに優秀な軍人であったので、状況を即座に把握して分析する。

 別用途のAIが間違いでこの戦闘機の戦闘支援AIとすり替わってしまったのだろう。要するに、整備の連中メンテナがやらかしたのだ。

「お前に出来ることを教えてくれるか。端的にな」

「はいっ!

 では改めまして。

 私は、物語を紡ぐ方々のサポートや応援・支援を行うために生み出されたお手伝いAIのリンドバーグ! バーグさんとお呼びください!

 調査してリファレンスの作成もいたしますし、スケジュール管理もお任せください!」

「わかった」

 本当に平時の民生用AIなのだろう。

 素晴らしいことだ、とリーシェンは皮肉抜きで思う。平和であるなら、自由で楽しいことに使えるのだ。技術も、社会資源も。

 そのために、おれたちは戦っている。

 しかし、どうするか。

 リーシェンは判断に悩んだ。

 基地発進と同時に作戦開始で通信管制が引かれているので、基地に確認を取るわけにも行かない。

 戦闘支援AIがすり替わっていた。これが、作戦行動を自身の判断で中止出来る「重篤な」「回復不能な」「作戦実施が極めて困難な」状況に当たるのだろうか。

 飛行制御が問題なく行われている以上、いくらかの手動操作で戦闘行動自体は可能であろう。そのための訓練も受けている。

「君の名前は?」

「バーグさんとお呼びください!」

「バーグさん。それなりにすまないとは思っているが。

 このまま交戦に付き合ってもらう」

「えっ」

「超高空超音速戦闘もある」

「えっ。えっ」

「出来る範囲で手伝って貰えばいい。足りないところは、こっちでやる」

 機体は加速しゆく。マッハ十を超え、なおも加速していく。



「作戦発動か」

 アキダリア平原基地で、リーシェンはブリーフィングを受けた。

 火星では、百年ものあいだ戦争が続いている。

 知的生命体同士の戦いではない。

 百年前、調査隊が、フォボス表面を手違いで攻撃してしまったところ、突然火星の衛星二つフォボスとダイモスはともに戦時起動し、周囲の文明を無差別に容赦なく攻撃し始めたのだ。

 先史文明の置き土産か、外宇宙の脅威かはわからない。とにかく、火星の衛星には敵意をプログラミングされた戦闘機械が存在しており、火星文明は敵とみなされたのだ。

 そこから、火星の戦争は竜族対機械という形でずっと続いていた。

「これで、おそらく最後だろうな」

 これは予感ではない。

 火星文明側の損耗も激しく、戦線の維持は困難なのだ。 

 この『五爪龍』作戦が失敗に終われば、もう全力出撃は難しいだろう。消極的に、アキダリア基地は迎撃のみに集中し、放棄することになる。

 五爪龍作戦は、シンプルな作戦だった。

 最後に基地に残った五機の制空戦闘機を全て運用し、敵の本拠フォボスに向かい五方向から同時攻撃を仕掛けるものだ。

 もうお互い、最後の余力まで動員した、最終決戦の開始だった。

「発進時から通信管制が引かれます。

 リーシェン大尉。戸惑うこともあるかもしれませんが、とにかく、状況を冷静に分析してください」



 基地発進時のことを思い出すと、おそらく、この事態は意図的な可能性も高い。

「作者様! うまく飛ばせてますね! ヘタなりに!」

 正直な話、中々苦戦してしまっている。

 サポートAIの問題と言うよりは、敵も最後の予感があるのか、物量を投入してきているのだ。敵の攻撃は、致命傷は避けているものの、いくつか当てられており、至近弾は数え切れない。

「作者様すごい!

 先の戦闘では五十三機も敵機落とせたんですね!

 いつもこのペースで落としてくれると嬉しいのに!」

 先程まで、やだーやだー超音速戦闘やだー、と全身でジタバタしていた支援AIバーグさんは、いつの間にか調子を取り戻したかノリノリで煽ってくる。

「君、大丈夫なのか。無理はしてないか」

「はい作者様。

 無理はしてません。

 確かに戦いは、闘争は嫌ですが、敵が非生命体と判明した以上、あなたを支援することに、生き残らせることに全力を尽くせる状態になりました。そして平和になったら、小説をサイトに投稿してくださいますよう」

 実際、バーグさんは戦闘支援AIとしても優秀だった。もともと演算資源が豊富なのだろう。

 敵が非生物と判明してから、嫌々ながら始めた火器管制も簡単なティーチングでものにしてしまい、前のAIより同時捕捉数も同時攻撃数も多く精度も高かった。

 先の戦闘で落とした半分以上は、バーグさんによる遠距離攻撃によるものだった。

「他の爪の状況はわかるか」

「はい作者様。

 定期ビーコンによると、まだ一本も折れては居ないようですよ! がんばりましょう!」

「そうか」

 他の四本のパイロットも、全員顔が浮かぶ。皆、最高の腕前を持つ戦友たちだった。



「作者様! 大変です! メインジェネレーター出力が六十五パーセントまで低下してます! 兵装も使用不可のものが次々と!」

 雲霞の如く現れる敵を倒し、敵の本拠に間もなく辿り着こうとしていたが、もうリーシェン機は満身創痍であった。

 リーシェンの撃墜スコアは、今回の作戦だけで、彼のこれまでの経歴における撃墜数を超えていた。それだけ、激しい戦いであった。

「行けるか、ではなく、ここまで来たら行くしかないな」

 しかし、新手が姿を見せる。

 眼前を埋め尽くす数百の機体は、絶望を覚えるのに充分な数だった。

「え? 敵本拠に今日は到達しないのですか? 今日到達するって言ったのに?  いや、まぁ......。別に私はいいと思いますよ。はい」

 バーグさんは、煽ってくれている。

 たぶん、優しいのだろう。

「装甲排除」

 手動で、機体の外部装甲を自己排除した。爆発ボルトで弾かれた装甲板が、機体から外れ落ちていく。ボロボロになりながらも機体を守ってくれた外板には感謝の気持ちしかなかった。

「なんで、なんで、どうしてここで私が全裸になるんですか?」

「機体とのリンク次第では、機体に接続されたAIはそういう感覚を得るのだな。別に、君を脱がしたわけではない」

「あ、ホントだ。気の所為でした。機体の外部装甲だけですね」

「君を脱がしたければ、夜の宿舎で自分のコンソールでこっそりやるよ」

「お、良いですね。

 そのムッツリスケベ具合!

 それが! それこそが! 身も蓋もない妄想こそが!

 創作の源です! 書きましょう!」

 にこりん、と最高の笑顔をバーグさんは見せてくれる。

「もう正面から削り合いは無理だ。

 速度で圧する。

 おそらくは持つが、一つのミスで直撃喰らえば即終わる」

「燃える展開ですね!

 良いですね! それも、いただきましょう!

 みんな幸せになった後に! 楽しい燃える小説書きましょうね!」

「ああ。約束しよう。

 全てが終わった後には、俺も小説書くよ。書いたことないけどな」

「大丈夫! みんな最初は初めて!

 書けば書ける!

 こんな戦争とっとと終わらせて、みんなで書きましょう!」



 その夜、火星は衛星を一つ失い、長きに渡る戦争は事実上終結した。

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