壊れたAIは饒舌に語りだす

深川 七草

第1話 壊れたAIは饒舌に語りだす

 天気のいい日曜の朝、僕は二階の部屋からベランダに出ると布団を干していた。その時、電柱と電柱の間に張られた目の前の電線にトリがとまっていることに気がつく。

 スズメだけが並んでいるのなら気にしないのだが、一羽二羽と並ぶスズメに続いてデブなトリがとまっていた。

 いや、デブなのではなくて、こういう丸みを帯びたトリなのか? それじゃあ丸いのはいいとして、大きすぎないか? と謎と疑問が生じた。

「やあ! カタリィ」

 やあ、じゃない。トリが喋ってるぞ。

 はっはーん、どこかにスピーカーが付いてるな?

「何かようですか?」

 僕はトリが喋ったことも、名前で呼ばれたことも気にしないかのように平然として見せた。

「俺はトリ、物語の神さまなんだ。ちなみに小説部門所属である」

 名前を知っていたのは神だったからとして、所属部門なんてあるのか。と、思いながらもう一度、

「えっと、何か御用でしょうか?」

「是非君に、物語のすばらしさを世界に広げて欲しいんだ。特にクラスメートとか学校のお友達にね」

 世界が狭いなと思いながら断ることにした。

「無理です」

「なんでだよ。そんなこと言わないで手伝ってくれよ」

 面倒だから断りたいのだが、理由がいるみたいだ。

「僕、小説読まないんです。だから、部門が違うんで他当たってください」

「う~ん。なるほど、確かに小説のすばらしさを知らなければ、広げることは無理だね」

 どうやらわかってくれたようだ。

「じゃあ、ゲームとかアニメとかはどうかな?」

「え?」

 本は読まないけど、それには心当たりがある。でも、正直に答えて、違う部門の神様を紹介されても困る。

「えっとー。興味ないです」

 僕は、ウソをついた。

「何だって!」

 トリは驚く。そして、

「そっか。それじゃあまず、物語のすばらしさを簡単に知ってもらおう」

 トリは、ゆっくり翼を左右に延ばし広げ、続けてこう言った。

「いってらっしゃい。異世界で物語を楽しんでみて」と。

 そして、その両方の翼を前にしならせると大きな風が起きる。

 僕は強い風に両腕で顔を覆う。


 ふう……。

 風が止み、一息ついて腕を顔の前から降ろすと、そこはいつもやっているゲームの世界であった。


 ひとつを除いて。


「ようこそいらっしゃいました!!」

 水色のベレーボウを被った、ブラウンの髪の女の子が笑顔で迎えてくれたのだ。

 短いスカートの裾が虹のようにカラフルだけど、タイツなのでパンツは見えそうもない。それに下の方に目をやると学校の上履きのようなものを履いている。

「神様から聞いております」

「あのトリのこと?」

「はい! そこであなたには、このMMORPGでの体験を通して、物語のすばらしさを知っていただくことになったのです。そうそう、申し遅れました。私、リンドバーグと申します。あなたがこのゲームで楽しめるように案内役を勤めさせていただきます」

 つまり、チュートリアルってことか。それにしても見た目も喋り方も普通の女の子だけど?

「君も、中に人がいるの?」

「いいえ。私はAIです。それではまず、お名前を登録してください」

 AIなのはわかったけど、急に名前って言われてもな。

「お名前を登録してください」

 おいおい催促してきたぞこのAI。

「ちょっと待って。考えてるから」

「オートから選ぶこともできます」

「そうなの? 候補教えてよ」

「テンパ、タンパン、テブクロ……」

「おーーーい! 見た目そのままだし、バカにしてるのか?」

「もう、カタリでいいや」

 名前の登録が終ると、リンドバーグはゲーム内容の説明を始めようとする。

「いいよ、知ってるから?」

「えーっと。神さまによると、ゲームもされないとなっていましたが……まあ時間もないですし、いいですよね。それではスタートしましょう」




 僕はゲームの中に降り立った。

「あ! ゲストは、あそこでレンタル装備が借りられます」

 後ろにはまだ彼女、リンドバーグがいた。

「チュートリアル終りましたよね?」

「どーせゲーム内時間で、2、3日ですし、一緒に回りますよ」

 神様に言われ仕方なく付き合っているのはわかるけど、「どーせ」とか言わないでほしい。


「見た目もステもまあまあってところかな」

「はい、新規ユーザーを逃さないためのぬるま湯設定です」

 このあと僕は、検索機能を使ってパーティーメンバーの募集を見つける。

「募集メンバーの残り枠は一人ですね。私は宿屋で待っていますのでお一人で楽しんできてください」

 とりあえず体験してみたいしなと思い、お言葉に甘え申し込む。

 休みの日にはちょくちょくやってるゲームだし、装備やレベルから適切なエリアも知っている。だからこの辺りでいいはずだった。

 すぐに了承された。


「ホーリーシールド!」「クイック!」


 メンバーがサポート魔法をかける。

 いや、この敵、雑魚でしょ。攻撃してよ。


「やっとボスについたね」

 リーダーがボスの攻略方法を説明すると、いよいよ決戦だ。


「ファイアーボール!」「サイクロン!」「三段突き!」


 ちょ、ちょっと待て。

 ボスなんだから、回復挟まないと。

 リーダーアタック職なのに、サポートに回ってるジャン。

 あ! 盾職死んだ、これ無理。


「おつかれー」「おつかれさまでした」「またよろしくです」


 こうしてボスが倒せないまま、それぞれが登録していたポイントで生き返るとパーティーは解散になった。


 僕は宿屋に向う。

 ここで泊まるのか。ゲーム内だと宿屋はあっても本当にそこで寝たりしないもんな。

 ドアを開け部屋に入ると、二つあるベットのひとつにリンドバーグが座っていた。

「おかえりなさい。カタリ、冒険はどうでしたか?」

 かわいい。トリ、グッジョブ!

「どうもこうもないよ。初心者歓迎パーティーとはいえ、みんな勝手に動いてさ。雑魚でも苦戦するし、ボスには勝てないし。まあ、勝てないのはいいんだけどさ、わからないことや知らないことは聞けばいいと思うんだよね。チャットできるのがMMORPGのいいところなんだし」

 自分で言っていて、あれ? 今の僕はキーボード無いよな、と思う。

 そして愚痴を溢した彼女の方を見る。

 チャットじゃなくてこうして話せてリアルっぽいよなと。

 見た目も普通の女の子っぽい……こちらの世界で2、3日?

 この部屋ベット二つあるけど相部屋なのかな?

 グヘヘヘヘヘヘ

「それでカタリは、イライラして戻ってきたんですね?」

「そんなにイライラしてたかな?」

「はい、ドアを開けたときはそう思いました」

「だってさ、遊びだって本気でやるから面白いと思うんだよね。いろいろ試したっていいし、非効率でもいいけど、テキトウやいい加減とは違うと思うんだ」

「なるほど。しかしゲームに参加しているみなさんは、そこまで考えているでしょうか?」

 うん? リンドバーグの声が少し平坦に聞こえた。

「そりゃ、ここは異世界だから、面倒なことはやりたくないとか、揉めたくないとか、チートでドカンしたいとか、そう思って参加する人もいるんだろうけど」

「ではその方々は、リアルの世界ではそういう生き方を望まないのでしょうか?」

 彼女はまた、淡々と聞く。

「リアルでできないから、ゲームの世界でやるのかな」

 答えながら彼女の顔を凝視する。やっぱりまぶたが動かない。

「ではカタリも、ゲームでの生活スタイルは憧れなのですか?」

 僕? 最近、どうしてたっけな。

「カタリは一人で冒険に行きたいのですか?」

 何を言っているのかと思ったけど、確かに最近はNPCをパーティーに入れることが多くなってきてる。元々はプレイヤーの不足を補うような形で導入されたんだけど、使えば使うほどキャラも育つし、使い方もわかってくる。

 弱い敵や知ってる敵ならNPCを組み合わせてパーティーを作っても問題ないし、もはやその方がしがらみがなくて楽だ。でも、

「違うよ」

「しかし、他の方とパーティーを組むことやチャットを避けているようですが?」

「今日のパーティーの話をしたろ? それと同じで、作戦の打ち合わせとか面倒だからってなって省くと、今度は結果がでないとふて腐れるみたいな繰り返しだからさ」

「つまり、非効率と話をしないために問題が放置され、それが非効率を呼んでいるという矛盾があるわけですね」

「そう。でも、ゲームも一人じゃクリアーできないからね。リアルでひとりじゃ生きられないと一緒だからしょうがないよ」

「本当にそうでしょうか?」

 リンドバーグ?

「リアルも変わってきているのではないでしょうか? コンビにでもスーパーでも食べ物は手に入ります。生活用品もネットで注文できます。雨風凌げる家を借りたり建てたりすることもリアルの世界でも達成できているはずです」

「いやだってそれは、作っている人が向こうにいるからだろ?」

「そうです。しかし、それなら買い物をしたその時点で、その人はひとりでは生きていないということになります」

「リンドバーグは、ネットに接続したり、買い物をしているだけではひとりぼっちと変わらないと言うんだね?」

「ひとりぼっちの定義はわかりません。しかしその生き方は、お金という媒体があれば達成できるというもので、人としてのつながりを定義していません」

 少なくとも、僕が暮らすところはお金があれば何とかなる。逆にいえば、お金のやり取りができなければ何もできない。

「どういうこと? お金じゃなくて人が主役になれってこと? それとも、お金という手段があれば人はひとりで生きていけるってこと?」

 彼女は僕を直視して動かない。

「もともと人はひとりってこと? それとももっと、つながるべきだってこと?」

「この話はこれで終わりです。オペレーションをお返しいたします」




 モニターが切り替わるように、目の前が空になる。そして僕は、電線の見えるベランダに立っていた。

 戻ってくる最後、リンドバーグは何も答えなかった。

 あの世界でどんな風に戦いたかったのか……。

 そうか、それが物語りだということなんだね。

 僕は、干しすぎ激熱になった布団を慌てて取り入れるのであった。


終わり

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