K.A.C

桑白マー

一から十

「あんた、何者なんだ?いや助かったけど!」

「それはこっちのセリフ。信じられないよ。ずっと一人だと思っていたからね」


 スーツにネクタイを締めた男性が、息も絶え絶えに後ろを振り返った。先ほどまで追いかけられていた2体の、所謂いわゆるゾンビはグズグズと崩れている。


 ネクタイをほどいて捨てた男。名を由利ゆり 正雪しょうせつと言うが、それは重要ではない。男が逃げまどっていた世界。ここは明らかに夢の中だ。つい10分前までは好きな人物を自由に呼び出しては楽しんでいた。

 それが空は暗くなり、地面は凸凹。泳いでいた南国の海は地獄の様な海へと変わり、水着の美女たちはゾンビとなって襲い掛かってきた。


「あんたは、ゾンビじゃないのか?ここは俺の夢の中だよな?」

「たぶんそう。でも定かじゃない。ボクだって初めての経験だから」


 男と同様に戸惑いの表情を見せた少女は、指で輪っかを作り強く吹いた。その音に反応した黄金の光が、大きく弧を描いて帰ってきて少女の頭に止まった。


「それはキミのペット、なのかい?」

「ペットじゃあないよ。相棒、かな?トリって言うんだ」


「鳥なのはわかるが…フクロウの着ぐるみを着た、鳥かい?」

「そうじゃなくて、名前がトリって言って…ああ、面倒だな。それよりも…」


 話を途中で打ち切った少女が、自らの顔を由利の顔にグッと近づけた。息も届きそうな距離にいる少女。由利は思わずドギマギとしている。


「キミの右目…。やっぱり詠目ヨメになりかけてる…」

「ヨメ…?」


「そう。人の心の中から、その人にとって大切な物語を詠み取ることができる瞳。ボクはこのトリから瞳を授かったんだ。ほら」


 少女はそう言うと、自らの左目を由利に近づけた。確かに、普通の眼とは違う不思議な光を湛えている。


「さっきの質問だけど、ここは確かにキミの中。夢ではなくて、キミが大切にしている物語の中。ボクはそれを詠んでいたんだけど、途中で話が変わり始めて…

 慌ててどういう事なのかトリに聞いたら、突然この中に呼ばれたんだよ。こんなことはボクだって初めてさ」

「俺の物語の中…そう言われてもなぁ」


「あの、先に謝っておくけど。キミの物語を詠んでいたといったろ?だから序盤の流れは知っている。キミにとって大切な物語なんだね?」


 少女の言葉に、由利の顔はドンドンと紅くなっていった。


 由利が先ほどまで見ていた夢。夢ではなく、由利が思い描いていた大切な物語。それは…


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「待ってください、先輩!」

「なに?」


「“なに?”じゃないですよ!何回も何回も誘って、やっとOKしてくれたと思ったらひとりでガンガン泳いで!これじゃあ何をしに来たかわかんないじゃないですか!」

「何をって、海水浴でしょ。泳ぐ以外に何があるの?」


「例えば…可愛い後輩の、おnewの水着を褒めるとか!」

「そう。可愛いわね……」


「そんな適当に…先輩は私のこと嫌いなんですか?海に来てから、一度も目を合わせてくれないし」

「……違うわ。本心よ。貴女が可愛すぎて、恥ずかしくて目を合わせられないの…ごめんなさい…」

「えっ、先輩……(トゥクン)」


「ううっ!やっぱり良いなぁ、あすxほむ!夢って最高だ!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「みっ、見てたの!?」

「だから先に謝ったでしょ!なんて言うか、女の子を呼び出して、そのふたりが仲良く遊んでいるところを自分は遠くから眺めているだけ…特殊っちゃ特殊だよね」

「うわあああああ!説明をするなあああ!!」


 由利は頭を抱えてゴロゴロと転がっている。少女はコホンと咳払いをして由利をなだめた。


「あれがキミの望む世界なら、この世界はおかしいでしょう?なんとかしないと。この物語がこんなに変わった理由に、心当たりはないの?」

「心当たり…あるな。ほら、このアプリ。好きなシチュエーションで夢を見られるアプリつって、SNSで回ってきたんだよ」


『ドリーム・リンドバーグ』

 由利の持つスマホには、確かにそう記されている。スタート画面を見た少女は、ハッと息をのんだ。


「リンドバーグ…!まさか、バーグさんが?」

「ああ、アプリ内のオペレーターがそんな名前だったな。あれ、これ以上動かないな」


 画面を何度もタップするが、そこから先には進まないようだ。由利からスマホを預かった少女は、画面に左目を近づけた。すると、スマホの画面がグニャリと波を打ち始めた。


「うわ、なんだこれ」

「このアプリの目的がわかったよ。チェーン小説だ。バーグさんは、高性能の作家支援AIなんだよ。ただ毒舌が過ぎて…作家さんと喧嘩することもよくあるんだけど」


「よくあるんだ…」

「これは多分バーグさんが作り出した、無理やり物語を紡ぐアプリ。話を途中で途切れさせないように、いろんな人の物語を強引に繋ぎ合わせてるんだ!」


「それで、俺の…百合物語(小声)が途中でゾンビになったのか?なんて奴だ!!許せん!」

「バーグさんは頑張りすぎると視野が狭くなるから…アプリを使って物語をドンドン飛ばそう。その先にバーグさんがいるはずだから…暴走を止めないと!

 幸い、キミにも詠目が与えられたし、今ならボクと一緒に人の物語を渡り、修正できるはず。2番目の、“詠み人”になったらキミなら!」


「よくわからんが、俺の物語を正しく直せるんだな?よし、乗った!俺は由利 正雪!」

「ボクは、カタリィ・ノヴェル。一緒にバーグさんを止めよう!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 史上初の詠み人コンビとなったカタリと由利は、アプリを通して様々な物語を回った。仲良し少女がゾンビとなり、ゾンビとなった少女を盲目の神父が倒す。盲目の神父は巨大ロボットを駆り、巨大ロボットは大きくなりすぎた恒星を止める…


 物語を渡るためのルールはすぐに解った。かなめはトリだ。トリは全く喋らないのだが、物語が流れる途中で首を45°曲げることがある。そこが物語の継ぎ目であり、矛盾点なのだ。物語の継ぎ目を探し、そこをトリがこじ開ける。こじ開けた隙を狙って、カタリか由利のどちらかが正しい物語を詠んで綴る。解けた片方の物語の尾を掴み、次の物語へと進んできたのだ。


「なぁカタリ。次で何本目の物語なんだ?」

「次で…115,423本目だね!」


 キラキラとした目で語るカタリ。どうやらこの少女は物語を詠むのが好きなようだ。物語で戦闘に巻き込まれた時も、ドキドキと登場人物を目で追っている。

 対して由利はそうでもない。そうでもないが、最近心情が変わったようだ。


「カタリとの付き合いも長くなったなあ」

「そうだね。現実世界の時間に換算すれば、もう3年くらい一緒にいるからね。まぁ


 由利は先に飛んでいるカタリの背中をチラリと見た。最近、由利はこの少女のことが気になっているのだ。ジッと背中を見つめる由利に、振り向いたカタリの眼があった。


「そろそろ、飽きてきてない?」


 ジトーと睨むカタリに、由利は慌てて手を振って否定する。ジト目を止めたカタリは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「なんてね。わかるよ。移動の時間ってなにも無いから暇だよね。そうだ。由利の物語は救ったんだし、自分で綴ってみたらどう?」

「はぁ?いや、いいよ。終わったらカタリが綴ってくれ」


「3年も皆の物語を綴ってきたんじゃない。今の由利なら、良い百合小説が書けるって。何たって物語を綴るのに必要なものは紙とペン、それに……」

「…それに、自分の物語を愛する心、だろ。耳にタコだって」


 お互いに笑いあったふたり。愛用のバッグから紙とペンを取り出したカタリは、微笑みながら由利に手渡した。苦笑した由利が受け取ろうと手を伸ばした、その時。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「ここが次の物語か?」


 カタリから貰った紙とペンを握りしめ、由利が荒野の真ん中で周囲を見渡している。隣には、トリを頭に乗せたカタリがスマホの画面に見入っている。


「由利、大変だ。スマホの画面が変わってる。“END OF WORLD”……」


「その、っとーーーーり!!ここが物語の終着駅です!!」


 とてつもない大音量に、ふたりは慌てて耳をふさいだ。荒野の真ん中に光が交差し、そこから巨大な女性の像が映し出された。


「バーグさん!」

「はい、カタリィ・ノヴェル。お久しぶりですね。まさか私のアプリがあなたに届いてしまうとは…計算外でした」


 巨大なバーグは、大きく手を広げ、そのまま深々と慇懃に礼をした。


「ですが、怪我の功名。ありがとう&おめでとうございます!あなた達のおかげで、素晴らしい物語が紡がれました。そして、私が作った物語に残された時間はあと3分。さて、カタリィ・ノヴェル。由利・正雪。私と、あなたたち。この物語は、どちらの勝利によって幕を下ろすのでしょうね?」


 バーグさんの両腕に光が集まり、右手には剣が、左手には槍が握られている。残り3分。これが最後の物語。これが最後のバトル。カタリは切り札であるトリを光らせ、由利はペンで空間に文字を書いていく。


「なあカタリ」

「なに?由利」


「この物語が終わっても、また会えるかな?」

「3年で学んだでしょ?“戦闘前に未来の話は厳禁”」


「そうだけど、俺さ、お前のことが、好きなんだ!百合小説より、カタリのことが!」

「!!そう、だったんだ。正直嬉しいというか…でも多分、由利はボクのことを勘違いしてると、思う」


「勘違い?何を?」

「ボク、男だよ」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「うわあああああ!!!ああ、ああ?」


 サラリーマン、由利正雪は自分の絶叫で目を覚ました。スマホの画面を見ると、日曜日の午前4時。起きるには早すぎる曜日と時間だ。普段なら二度寝を決め込む時間にも関わらず、由利はスマホの画面を見つめている。


「変な夢を見たな…ああ、誰かに話したいな畜生め。ん?なんだっけ、寝る前に見てたサイト…“無料で小説を書ける、読める、伝えられる”…か。ちょうどいいや。今の夢の話でも書くか」


おわり

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K.A.C 桑白マー @Qwuhaku

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