カクヨムって何

杜侍音

カクヨムって何


「……兄貴、何してるの?」


 女の子の目には奇妙な行動が映し出されていた。

 ある男が携帯の画面に頭を打ち付けている。


「……え、あ、しおり⁉︎ これはその違います!」

「なんで敬語なわけ……?」

「お前が急に声かけるからだろ!」

「兄貴があんな気持ち悪いことしてたら声かけるって。いや、かけない方が良かったってちょっと後悔してるけど」


 二人は兄妹である。

 歌詠うたよみ栞は兄である律記りつきの部屋に用事があって来たのだ。

 ただ、どうしても無視できない状況ではあった。


「なぁ、この子可愛くねぇか……」

「はぁ……どれよ」

「この子! バーグさん」

「……まぁ、確かに可愛いけど」


 栞は思ったことを素直に答えた。

 可愛いものは大好きだ。


「俺この子に会いたい」

「は?」

「この子に会って、天然に貶されたい!」

「もしかして会うために携帯に入ろうとしたわけ?」

「ライトノベルだったら携帯に吸い込まれるはずだ」

「アホくさ」

「何だとぉ!」


 兄である律記は、ライトノベルを始め、アニメやゲームが大好きな立派なオタクである。

 脳味噌もオタク魂に侵されており、部屋はグッズやフィギュアで整然と満たされている。


「あのね、非現実的だから。そんなこと出来るわけないじゃん」

「じゃあ、見ているだけだって言うのかよ……!」

「いや、そうでしょ」

「くそぅ!」


 律記は悔しさのあまり、何度も何度も床を叩きつける。

 それに見かねた栞は一つ提案をした。


「じゃあさ、自分で作ればいいんだよ」

「はい?」

「バーグさんとの恋愛を、自分で書けばいいんだよ」

「お前……天才かよ!」

「まぁねー」

「早速、書き始めるか!」

「行動力凄っ……。あぁ、それならまずカクヨムに登録しないと」

「カクヨム……?」


 律記の体は動き始めた瞬間に止まったため、サボテンの魔物みたいなポーズとなってしまった。

 栞が何も知らない様子の兄のために、説明し出す。


「書ける。読める。伝えられる。この三つをテーマにした小説サイト。それがカクヨム。このサイトにユーザー登録すれば小説が書けるというわけ」

「なるほどなぁ。よし、登録して早速書くか!」


 律記はすぐさまサイトに登録して、書き始める。


「えーと、まずはタイトルかぁ」

「読者の気を惹くタイトルじゃないと、読まれない。だからタイトルが一番重要よ」

「よし、タイトルは『俺はハンバーグくらいバーグさんが好き』にしよう」

「う、うん。まぁ、それでいいんじゃない……。ネット小説のタイトルって大体文章系だから……」


 タイトルを決めた律記は、ジャンルをラブコメに設定した。


「ん? これは何だ? なんかオプションってのがいっぱいあるけど……」

「あぁ、それは小説自体に色々脚色出来る機能よ。例えば、キャッチコピーでは自分の小説を一言で表すもの。たった一言でみんなに面白いと思わせることが鍵。他にもセルフレイティングで読者に注意喚起したり、8個のタグを付けることでこの小説が見つけられやすくなったりするわけ」

「つまり、俺とバーグさんの恋愛がもっと多くの人に伝えられるということか」

「まぁ、そうだね。それに小説のイメージカラーも付けれるよ」

「ピンク一択だな。ってピンクも種類があるな……。濃いやつで」


 一人勝手に進み始めた律記に若干引き気味の栞。

 いよいよ本文を書き始める時が来た。


「えーと、最初の文はっと──」



『律記さん素敵! キスしてー!』

『はっはっはっ、しょうがないなぁバーグさんは』

『チュー』

『ブチュー』

『チュッチュチュー』


「キモッ」

「なんでだよ!」

「そりゃそんな気持ち悪い文章を音読してたらそうなるでしょ」

「うわ、口に出てたのかぁ〜!」


 むしろそのことに気付いていなかったのか。

 律記の人の顔とは思えないほど、真っ赤に染まっていた。


「ていうか、そんな文章を誰が読むのよ」

「別にいいだろー! 好きなこと自由に書いていいからな!」

「まぁ、そりゃそうだけど。んで、それ公開するの?」

「いやぁ、それは恥ずかしいなぁ」

「じゃあ最初は家族や友達だけにしてみたら? 下書きを共有して、特定の人にだけ読ませることが可能だから」

「そっちの方が恥ずかしい!」


 律記の顔だけでなく、超高温の風呂にさっきまで入っていたのかと言うぐらい身体も真っ赤っかになってしまった。


「いいからいいから。下手な文章だろうと、世に見せることに意味があるんだから!」


 と、栞は律記から携帯を奪い取り、勝手に今すぐ公開にした。


「なー! すぐに公開しやがってぇー! まだ添削も心の準備もまだだったのにー!」

「本来はまぁ、予約投稿とか出来るから。ほら、もう いいね! が付いてるよって早っ⁉︎」


 既に小説には3いいね! が付いていた。


「おぉ! 俺の同志がこんなにも!」

「嘘……私なんてpvさえ少ないのに……」

「いやぁ、反応とか嬉しいな。んで、いいね! とかって何?」

「あぁ……。えっと小説の評価方法って四種類あって。数の分だけ読まれたというpv数。その話自体がいいと思えば気軽に付けられるハートのいいね! そして、みんなが一番欲しいのはレビューの星」

「星だけに星が一番欲しいのか」

「下らないこと言ってるし。でもレビューは本当に憧れ。別の誰かに自分の作品が評価され紹介されるからね。これら4つは制限ないからドンドンみんなやっていこうね」

「誰かに言わされてんのか?」


 どこか別の時空に向けられたメッセージとなった。


「それで、兄貴は続きを書かないの?」

「続き? そうか、連載出来るもんな」

「バーグさんの他にもカタリィもいるし」

「いや、男の方には興味ない」


 律記は完全なる無の境地で続きを書くのだった。


「あぁ、そう……」

「そういや栞。なんでこんなにカクヨムに詳しいんだ?」

「え⁉︎ いや、そりゃあ、ほら……! 私小説とか読むの好きだからさ! ネットで無料で読めるというか、もっとたくさんの作品読みたいから!」

「けど、ライトノベルは読まねぇじゃなかったか?」

「え……?」


 栞の動きは一瞬止まってしまった。


「いや、ライトノベル以外にも純文学とかも読めるからねぇ……」

「なんか怪しいなぁ……」

「な、何も……」

「ちょっと携帯見してみろよ」

「い、嫌に決まってるじゃん!」

「いいだろ別に。兄くらいに携帯見られても。つーか、さっき勝手に俺のを奪い取ってたし!」

「嫌だ! 絶対嫌だ!」


   ◇ ◇ ◇


「栞……お前ライトノベル書いてたのかよ」

「ぬわぁー! 知られたくなかったのに!」

「もしかして、ちょいちょい俺の部屋に入ってたのって……」

「兄貴のアニメグッズとかを参考にしてた……」

「お前マジかよ! 人のことキモッとか言えねぇし! えーと、どんなの書いてんのか見るか。タイトルがえーと、セカンド──」

「やめて!」

「ぐふっ!」


 栞は暴力により律記から携帯を取り戻す。




『カクヨムは自由に好きな作品を書ける。どんな作品も全て無料。ぜひ、アプリをインストールして下さいね』


「今、バーグさんが俺に語りかけた気がする!」

「勝手に言ってろー!」




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カクヨムって何 杜侍音 @nekousagi

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