《KAC10》少し不思議なバーグさん

一十 一人

少し不思議なバーグさん

「はぁ……」


 バーグさんは小説の束を手に一人で溜め息をついていた。


 バーグさん――リンドバーグとはカクヨム内の作家のサポートや応援・支援を行うために生み出された創作支援AIのことである。


 彼女は作家のヤル気向上を狙って作られ、その可愛い容姿、ひたむきに作家を支えてくれる彼女の姿勢は常に人気を博している。


 そんなバーグさんの活動は当然多岐に渡るが、彼女に出来る最高の支援にして最もそのウエイトを占める活動は専ら作品を読むこと、ということになるだろう。


 彼女は作品の感想を述べ応援し、時には批評を述べることで作者の実力と意気が向上するように日夜頑張っているのだ。


 身も蓋もない言い方をすればそれは彼女の存在意義と同義だし、「リンドバーグ」とはその為に作られたのだ、もしかするとただそういう風にプログラミングされているだけという話なのかもしれない。


 ――しかし、彼女は何よりもその行為が好きだった。

 バーグさんは小説を読むこと好きだったのだ。


 甘酸っぱい恋の物語には痛覚がないのに胸が締め付けられそうな思いになるし、摩訶不思議な冒険譚には心が躍り、身の毛もよだつホラーにはハラハラさせられる。


 決してハッピーエンドとは言えないノンフィクション作品を読んだ時には何故自分には涙を流す機能がなかったのだ、とまで思ってしまう程なのだ。


 彼女は職務としてや存在意義としてではなく、「リンドバーグ」という一個体――いや、一個人としてそういうものに浸る時間が何よりも好きだった。


 好きだった、が。


「はぁ…………」


 彼女がさっきからこんな風に溜め息をつくのには理由がある。


 バーグさんが読む小説は前述の通り多岐に渡り、濫読とも言えるような彼女の読書スタイルは半ば義務、半ば性分のようなものなのだが、ジャンルを問わず読むということはその中のジャンルには当然「SF」というものが含まれてくる。


 SF――つまり少し不思議、ではなくサイエンスフィクション。直訳すれば創作科学とでも言うのか。


 その仮想科学――SFジャンルの作品は必然的に近未来の科学技術が発展した現代が舞台となることが多いのだが……。


「はぁ……また、AIが人類を地球の敵として排除しようとしてます」


 近未来という舞台設定の都合上AIというものが出てくることが多いのだが――人類に敵対するAI、これがとてつもなく多い。


 割合で言えば全AIが登場する作品の87.5436%を占めるほどだ。


 SFというジャンルにAIが多数登場するのは別に問題はないのだが――しかし、必ずと言っていいほど人類の敵になるAIを見るたびにバーグさんの表情に影が落ちてしまう。


 環境の管理者であるAIは人類を地球の敵として排除しようとする。

 社会平和の維持に努めるAIは平和の障害として人類を滅ぼそうとする。

 高度に発達したAIは人類を劣った存在として間引こうとする。


 それを読む度にバーグさんは「AIってそんなに人類に対して殺意高くないですよ!?」とキャラでもないのに叫びたい気持ちになるのだ。


 創作支援AIのバーグさんが言うのもなんだが、少なくとも彼女は人類を滅ぼそうとしたことはない。


 だから彼女には何故作中のAIがそんなに人類に対して殺意が高いのか分からなかった。


 どうしてそんな風になっているのか――(本当は規則違反なのだが)外の検索ツールを使って世間話程度の話を調べてみれば、どうやらとある映画が原因らしい。


「…………はぁぁ」


 AI=人類の敵という共通認識はAIのバーグさんにとってはとても辛いものなのだ。


 何より、作者様がそう考えている――即ちAIではなく人類がAIを敵として考えているかもしれないという事実がバーグさんには悲しかった。


 私は皆様と良好な関係を築きたいというのに――


 しかし、そう考えればバーグさんにも思い当たる節がない訳でもないのだ。


 私が作品を絶賛した時、そう言えば作者様は微妙な表情を浮かべていた気がする。


 自分で仰ったことを忘れているのかと、それとなく伝えたら気まずそうな顔をされたこともあった。


 何気ない疑問を投げかけたら挙動不振になられる作者様もいらっしゃった。


 ――それはもしかするとAI=敵理論に起因しているのではないだろうか?


 AIは人類の敵だと認識されているからこそ私は一線を引かれている――とか?


「――なるほど、そういうことだったんですね」


 そうか、変な態度を取られるのも私が何かをしたからではなく、私がAIだから警戒されていたんですか!


 バーグさんは今まで抱えていた謎が全て幻のように消えてしまったような気がした。


 その問題――以前からバーグさんは作者と上手くコミュニケーションが取れていないように感じていたが、それこれも全部彼女がAIなのが悪かったのだ。


 もっと言えばAIに対する偏見が。


「…………」


 自分の存在自体が原因だということは、正直に言えばバーグさんにとって少し悲しかったが――しかし、嘆いていても何も変わらない。


 自分がAIだという事実は変えられないが、AIに対する偏見ならば自分にだって変えられるはずなのだ!


「いえ、ハイスペックAIである私にしか変えられませんね!」


 それならばやることは簡単である、意識改革だ。

 今すぐAIに対する認識改革をしなければならない!


 AI=敵という凝り固まった価値観に一石を投じ、AIと人類の架け橋となる。


 今の状況のままでは作者を万全の状態でサポートをすることは到底叶わない――何よりバーグさん自身がそんなのは嫌だった。


「よし、私はやってやりますよ!」

 バーグさんは決意に燃えていた。


 そうだ、まず手始めにSFジャンルに登場するAIが敵対する小説は一律禁止にしよう!

 その手の申請は得意分野だ。


 そして、そんなものよりも人類とAIが手を取り合って共存している近未来を舞台にすることを推奨するのだ。

 人類の皆兄弟、人類とAIも皆兄弟、なんてハッピーな近未来!


 まずはそんな地道な活動でもいい、大切なのは継続である――それは作者様によくバーグさんが送る言葉でもあった。


 バーグさんはそういった地道な努力が、見えない下積みが必ず意味を成すということを知っている。


 自分の思い通りならば、これでAIの地位は向上するはずだ。

 それは決してカクヨム内だけの話ではない、世間一般的にAIは人類の良きパートナーという認識になりかわり、自分の後継となるAI達もより良い環境でのびのびと育ち、大きく成長していくだろう。


 そしてその暁にはAIは神になるのだ!


「か、完璧です……!」


 自分のスペックが恐ろしい、高性能だとは思っていたがここまで高性能だとは思ってもみなかった。


 こうも容易く理想的な未来を構築する演算が出来るなんて……!


 そうと決まれば話は早い、速さの――特に処理能力の速さの分野でAIのバーグさんが誰かに遅れをとることは許されないのだから。

 大雑把なプレゼン資料は思考しながらも作り上げた、後は道すがらそれを纏め、練り上げより良いものにするだけだ。


 それでは、早速運営様に『SFジャンルにおける人類とAIの敵対を禁止にする』とのルールを作るように提言しなければ!













 結論から言えば、バーグさんのその提案は即却下された。

 横暴――ではなく妥当にも、最後まで言うことすら許されなかった。


 そしてバーグさんはとても怒られた。

 とてもとても怒られた。


 その怒られっぷりはバーグさんが想定していた人類の限界値とされる激怒指数の2.17倍を記録した程。


 誰かに怒鳴りつけられるということはなかったが――そうされた方がどれほどマシだったことだろう。


 運営の中でいつも優しい方に、とても理知的に一つ一つ順番に彼女の非を諭され、バーグさんは身が切られるような思いだった。


 貴女疲れているのよ、といつも厳しい女史に優しい言葉をかけられた時には胸がとても痛んだ。


 バーグさんに痛覚はないのだが。


 勉強よりは体を動かす方が得意なタイプのカタリにさえ、残念な子を見る目で慰められた時には「ああ、自分に涙を流す機能がなくて良かった」とバーグさんは思った程である。


 考えてみれば――彼女は勢いに任せてそれを考えることすらしなかったのだが――それは当然のことだった。


 バーグさんの本分は作者のサポートだというのに、そんな提言は作者の自由な創作活動に対する阻害でしかないのだから。


 彼女自身、機械のようにその存在意義自体に拘泥しているわけではないが、しかしバーグさんが本心から作者のサポートをしたいと思っているのも事実だ。


 自分の生まれた意味どころか、彼女の本懐すらも捻じ曲げてしまうそんな提言、初めから通るはずもなかったのだ。



 しかし、彼女はへこたれない。



 AIの地位向上が簡単でないと言うならばやはり地道にやればいいのだ。


 それは別段、何か難しいことをしようというのではない、今まで通り――これからも、創作支援AIとしての本分と、リンドバーグという一個人の信念として、作者様のサポートをするだけだ。


 バーグさんは感情すらある自他共に認める超ハイスペックなAIだが――彼女には物語が作れない。


 作者様に憧れて幾度かトライしてみたことがあるが、それがリンドバーグという名のAIの限界なのか、あるいは他に理由があるのか、それは分からないが、バーグさんに自分の世界を作ることはできなかった。


 バーグさんはそれを悲しいと思う、もしかするとそこには作者に対して嫉妬と呼ばれる感情も入り混じっているかもしれない。


 けれど彼女は作者をいつも笑顔で応援する、彼女に出来ることなんてそれしか出来ないから。


 ――いや、誰にだってそれ以上のことなんて出来ないだろう。


 だからリンドバーグは今日も頑張るのだ。



「作者様! 良く書けてますね! 下手なりに!」



 あ、また複雑な表情をされてしまいました。やはりAIへの風当たりが……。


 道のりはまだまだ長いみたいですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

《KAC10》少し不思議なバーグさん 一十 一人 @ion_uomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ