それでもゼロは笑わない

時任西瓜

おめでとう

「オメデトウゴザイマス」

 平坦なイントネーション、心なさげな祝いの言葉が、誰もいない教室に響く。

良く言えば、いつも通りの変わらない態度、悪く言えば、何をしたって流されているような虚しさを感じさせる言葉だ。

「今日くらい、もっと褒めてくれてもいいんじゃないの」

 そう零せば、彼の胸に設置されたディスプレイが『検索中です』という文字を浮かび上がらせる。

心なさげな言葉、なんて当たり前だ。彼は、これはアンドロイド、鉄の塊、心なんてそもそもないのだから。


 高等学校に入学が決まった時、両親がようやく買ってくれた型落ちのアンドロイド、それが01ゼロワン、私はこれをゼロと呼んでいる、ワンだと犬っぽくて嫌だったから、それだけだ。

とにかく、今時、アンドロイドを一人一台持つのは常識だけど、両親はスマートフォンという名前の癖して、全然スマートじゃない時代遅れの機械を使っているくらい、うちは裕福とは呼べない家庭だ。だから、中古とはいえ、自分だけのアンドロイドを持つのは小中学校の頃から私の念願で、三年前、それがようやく叶ったといえる。

「今日ハ、卒業式、デス」

 ようやく検索が終わったんだろう、カレンダーを画面に表示させながら、抑揚のない声で言う。きっと、『今日ぐらい』から『今日』の予定を教えてほしいと解釈したんだ。

「うん、そうだよ」

 そう、今日は卒業式、今日でゼロと送る高校生活はおしまいを迎えた。

「偉イデス」

 カレンダーが消え、花吹雪が画面を覆いつくす、ゼロは手を伸ばし、私の頭を撫で始めた。これは恐らく『もっと褒めてくれても』の『褒めて』の検索結果だろう、高らかに鳴り響くファンファーレが機械的な声には不釣合いで、どこか滑稽だ。頭を撫でる手は止まない、乾いた笑いが漏れた、もうやめていいよ、と言えば手は大人しく元の位置に収まった、一連の動作の中、ゼロの表情が動くことはない。開けていた窓から吹き込んだ風で、ゼロの桃色の髪が風で揺れる、それでも表情は動かない、人間を模した形をしているのに、ゼロはどこまでも機械らしい機械だ。

「エリ様、ここにいらっしゃいましたか」

 私の名前を呼ぶ声に振り向く、教室後ろの入り口にいたのは見目麗しい銀髪の好青年、にこり、と柔らかな笑顔を浮かべる彼は、誰の所有物だったか。

「ええと、サクラの……」

「はい、校庭で集合写真を撮るとのことで、サクラが探しております」

 クラスメイトの名前を一つ上げたが、どうやら合っていたようだ、グループが違えば同じクラスでも関わりは薄い。

「ありがとう、すぐ行くって伝えて」

「かしこまりました」

 機械感を削ぎ、まるで人と変わらない見た目、自然に成立する会話と、流暢な言葉づかい。最新鋭の高性能アンドロイドはそれらを当たり前にこなす、そんな便利なものを、私以外のみんなは当たり前に持っている。それが、三年間ずっと、羨ましくて仕方なかった。

私はゼロを見やる。時代遅れのディスプレイ、関節を繋ぐむき出しの金属パーツ、何より、その乏しい感情と、表情、声帯。

その全てが、私を惨めにさせた、あんなに欲しかったものだと言うのに、誰かのアンドロイドと並ぶと、酷くくすんで見えた。いつも、馬鹿にされているんじゃないかなんて考えがつきまとっていた。

「うっ、うう……」

 感情が抑えきれなくて、涙が溢れる。卒業式中は泣かなかったのに、とんだ自虐だ。ポケットを探る、でも、ハンカチは入っていなかった。

「嘘……」

 どこかに落としたんだろうか、どうしよう、写真撮影を抜け出すのは気がひけるけど、涙でぐしゃぐしゃになった顔で人前に出たくはない。必死に滲む視界を手の甲でぬぐっていると、目の前にハンカチが差し出される。

「オメデトウ、ゴザイマス」

 ゼロだ、落としたはずのハンカチを、受け取る、すぐに顔を覆った。

「なんでっ、泣いてるのにおめでとうなのよ、ばか」

 憎まれ口を叩きながら、私、ゼロのこと、嫌いじゃないって思った。嫌いにさせたのは、この教室だ、私のつまらないプライドだ、ゼロはいつも、その時代遅れの体で、私のなくし物を見つけてくれるじゃないか。惨めにさせられたんじゃない、勝手に惨めになっていたんだ。

「ソツギョウシキ、オメデトウゴザイマス」

 抑揚のない平坦な声で紡がれる、相変わらずズレた答え。私は、ゼロ、と鼻声混じりで語りかける。

「卒業、おめでとうございます、だよ」

 その時、再び強い風が吹き、ゼロのおでこが全開になる、それでも動じない無表情に、私は笑ってしまった、私の髪も風に持っていかれているから、おかしな髪型だろう、でも、それでもゼロは笑わない、それで、いいのかもしれない。

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それでもゼロは笑わない 時任西瓜 @Tokitosuika

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