未来刑

たつおか

未来刑

「おめでとう、これで取引は成立だ。君は晴れて自由の身だ」


 今日までの拘束や手続きの煩わしさが嘘のよう、目の前の男はそう言った。

 後は俺など眼中にも無いといった様子で書類束をまとめて席を立とうとする男を思わず俺は呼び止めていた。


「これで自由って……何を俺は取引したんですか?」


 尋ねる俺を値踏みするよう上目に一瞥くれるや、さもつまらな気にため息をついては再び男も両手を机に戻す。


「現行の懲役7年の刑期を、『未来刑』に変更したじゃないか? いまさら取り下げるなんて出来ないよ?」

「それがよく分からないんですよ。たかだか書類にサインを一つ書いただけで懲役7年が帳消しだなんて気味が悪い。これってもしかして、後で内臓とか取られるようなもんだったりするんですか?」


 取引を求められた時はさして考えもせずにそれを受け入れてはしまったが、こうもあっけなく事が運ぶとさすがに俺も気味の悪さを覚えずにはいられなかった。


「前にも説明したはずだが?」

「確かにそうですが……『未来へのタイムマシン』とか『未来世界での被験体』だとか、ちょっと気味が悪くて」

「具体的な質問が無かったから、てっきり事前に渡した資料を熟読してくれていると思っていたがね」


 呆れるといった様子でそれでも説明しようと尻を落ち着けてくれるあたりは役人というか人が良いというか、ともあれ俺は目の前の男からの説明に耳を傾けた。


「まずは『未来へのタイムマシン』についてだが、これは今現在の君が未来に行くのではなく、未来世界において現在の君を再生させるということだ」


 男の説明はおおよそこうだ。

 今現在において俺が提供したDNAのデータを基に、いつかの未来人が俺と同じ存在を未来にて作り出すのだという。

 そうすることで様々な実験を行う──それが『未来世界での被験体』という意味にもなっているのだった。


「え……それじゃあ『現在』っていうか、今の俺は何をすればいいんですか?」

「今『現在』の君には何もない。今後新たに罪を犯すような真似させしなければ、君は懲役7年の刑期をいま終えたことになる」

「本当に何もないんですか?」

「……他に質問は?」


 男は繰り返される俺の質問にもう答える気は無いようだった。そしてその態度にようやく俺は、何の見返りもなく自由の身を手に入れたのだと実感した。


「ありがとうございます! 俺、今度こそ真面目に生きます!」

「頑張り給え……」


 喜びのあまり、立ち上がってはその手を取る俺に男は辟易とした様子でそれを受け流した。

 そうして俺が立ち去る間際、男は傍らの弁護士と何やら小声で話しているのを俺は聞いた。


「本当に目先のことしか見えていない……自分がどんな悲惨な刑と引き換えに自由になったのかも知らずに」

「そんなことだから罪を犯すんですよ」


 その意味を問う間もなく連行された俺はその後、別室であらゆる体液のサンプルを取られるや吐き出されるよう釈放された。

 今ひとつ心に引っかかるものはあるが、しかし今は自由の身になれたことを喜ぼう。

 なんせ7年の懲役がたった一日の──否、一時間にも満たない取引で帳消しになったのだから。


「これから何をするかなあ♪」


 すっかり浮足立って歩く俺の先には、前途有望な未来が開けているような気さえした。



────────



 騙された……ようやく俺は気付いた。

 俺は今、灼熱の中にいる。


 場所は定かではない。しかし何かガラスと思しき容器に閉じ込められている状況を鑑みるに、俺は何者かの手によってここに閉じ込められたのだ。


 一糸まとわぬ俺へ降り注ぐ光は容赦なく体を焼いていく。

 例の取引をした直後、俺はこの空間にいた。

 拉致をされたとかそういう訳もなく気が付けば俺は、さながら瞬間移動でもさせられたかのようにここにいたのだ。


 体の大半が焼き尽くされ、もはや動くことも叶わなくなった俺はうつ伏せに倒れ込んだ。

 もはや助かるまい……死にゆく俺の頭は、あの取引を持ち掛けてきた男との会話を反芻していた。

 そして気付く。


『未来世界において現在の君を再生させる』──その意味をようやく理解する。

 つまりはここは何処かの未来で、この場所に俺が──俺の『分身(データ)』が生成されたのだ。


 唯一の誤算は、このデータの再生は俺の人格とそれまでの記憶までも完璧に生成してしまうということ……そのことを理解すると同時にまたも、あの時の男のセリフが蘇った。


『自分がどんな悲惨な刑と引き換えに自由になったかも知らずに』


 そうなのだ……これは恐ろしいことなのだ。

 何故ならば斯様な俺の残酷な死や実験は、これで終わりではないのだから。

 今後俺は幾度となく生成されることだろう。そのつど俺は実験されて殺されて、そしてこの『未来刑』の恐ろしさにそのつど気付くのだ。


 死にゆく俺の脳裏へ最後に一つ、あの男の言葉が思い出される。

 もっとも残酷で、そして皮肉に満ちたあの呪詛が。



『おめでとう。これで取引は成立だ。君は晴れて自由の身だ』





【 了 】

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未来刑 たつおか @tatuoka

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