KAC:キル・オール・コマンド

弐刀堕楽

KAC:キル・オール・コマンド

「ハァ……。カクマは本当におめでたい人ですね」


 人工知能エー・アイに皮肉を言われることほど、頭に来る状況ってのはない。それなのに俺はこの二年間、毎日こいつと同じ機体の中で缶詰にされていた。

 全ては軍が採用した心理テストのせいだ。テストの結果によると、俺という人間は激しいストレスを感じることで、戦闘能力がいちじるしく向上するらしい。

 で、こいつをてがわれた。AIの名前は『ニコリー』。性格は重度の皮肉屋。仕事はできるが、いちいち言うことが辛辣しんらつだった。


「これからどうするんですか?」

「考え中だ。少し黙っててくれ」

「ハァ……。無計画で行動できる人ってうらやましいですね。きっと卵を割ってからお皿を用意したり、服を脱いでからお風呂を洗ったりするんでしょうね。想像するだけで飽きないタイプの人ですよ」

「はいはい、ありがとうよ」

「別にめてませんけど。ほんと、カクマっておめでたい人ですね」


 そのセリフを何度言われたことか。しかし、いちいち彼女と口論している余裕はなかった。なぜなら、いま俺は、人生始まって以来の、最大の危機に直面していたからだ。

 いったい俺の身に何が起きているのか?

 とりあえず、順を追って説明しよう。


 まずは俺とニコリーについて――


 俺の名は米村覚馬よねむらかくま

 ヒト型戦闘ロボット『キル・オール・コマンド(略称KAC)』の操縦士パイロットとして地球軍に雇われている。

 ニコリーとは十五歳の頃に知り合った。訓練校を飛び級で卒業した後、俺に専用のKACが支給された。KACには、操縦士を補助するAIを搭載するのが通例で、俺の機体にはニコリーが導入された。

 それから二年間、俺はニコリーと共に宇宙をけ回った。地球と敵対する惑星との戦争で、数多くの作戦に参加してきた。


 だがある時、俺は奇妙なうわさを耳にした。

 それは『KACのAIはもともと人間の脳を利用して作ったもので、AIのオリジナルの肉体はこの宇宙のどこかに保存されている』という話だった。もしこれが事実だとしたら、恐ろしい人権侵害である。

 しかし、この噂は敵国が流したプロパガンダということで一笑いっしょうされた。俺自身もそう思った。自由と平和を愛する地球人が、こんな残酷な真似をするはずがない。


 ところが、ある日のこと。俺に不可解な任務が下った。敵のいない辺境の惑星に、大型の輸送船を送り届けるよう命令を受けたのだ。しかも護衛として抜擢ばってきされた人員は、俺のような腕利きばかり。これは怪しい。

 それで俺は、前に聞いた噂話を思い出した。まさかAIの肉体が保存されている場所ってのは、この星のことでは……?


 そうなると、輸送船の中身が気になる。だが、残念ながら情報は徹底的に秘匿ひとくされていた。誰も積荷が何なのかを知らない。

 そこで俺は知り合いの整備士に頼んで、小型のスキャナーを作ってもらった。地上で輸送船から積荷を運び出す時に、それで中身をスキャンしてやろうという魂胆こんたんだった。


 たくらみはうまくいった。

 積荷の中身は――人間の子供だった。


 それを見た途端、俺は激しくいきどおった。地球人の大半はこの情報を知らない。政治家や軍の上層部は、人類を裏切っている。

 任務終了後、休暇を申請して、俺は闇市に向かった。そこで旧式のKACを手に入れると、職場からこっそりと持ち帰ったニコリーを内部に組み込んだ。これであの惑星に向かい、真実を明らかにしてやるのだ。


「別に私のためにこんなことしてくれなくても結構ですよ」ニコリーは冷たく言った。

「わかってないな、ニコリー。これは人類の未来のためにやることだ。そのついでにお前の肉体も取り戻してやるよ」

「頼んだ覚えはないですが」

「そう言うなよ。身体のある人生は楽しいぞ。本当の自分を取り返して、やりたいことを見つけろよ」


 レーダーを避けながら惑星に近づくのは困難な作業だった。しかし一度、地上に降り立ってしまえばあとは簡単だ。この星は警備が手薄だ。怪しまれないようにあえてそうしているのだ。

 そして俺は、軍の施設の中に入り込んで、ニコリーの身体を奪還するのだが――その作戦がなかなか込み入っていて説明しづらい。

 まあ簡単にいえば、施設の中に内通者がいた。おかげで事がうまく運んだ。ニコリーが俺に内緒で、事前にやとっておいたらしい。だが、そのせいで俺は貯金を全て失ったそうだ。俺の知らない間になんてことを……。

 まあ、とにかく作戦は成功した。俺はニコリーの身体を抱きかかえて施設を後にした。


「すげえな、ニコリー。お前ぱだかだぞ」

「……あまりジロジロ見ないでもらえますか?」

「ハハハ、嫌だね。ついでにおっぱいも揉んでおくか」

「私、決めました」

「何が?」

「身体を取り戻したらやってみたいこと。まず、あなたをボコボコにぶん殴ります。そして手と足をもぎ取る」

「すみませんでした」


 ニコリーをKACのコックピットに運び入れた時、遠くでサイレンの音が鳴り響いた。予想よりもバレるのが早かったようだ。

 俺は、彼女の身体を脱出ポッドに押し込んだ。ニコリーいわく、設備がないため今ここで彼女の身体を起こすことはできないらしい。


 俺たちは急いで惑星から脱出した。

 しかし敵も間髪かんはつを入れずに追ってきた。

 それから何度もワープ航行を繰り返したが、追手の数は増えるばかり。追い詰められた俺は、ゴミ捨て場と化した小惑星帯に隠れ込んだ。


 そして――

 話は冒頭の会話に戻る。


「だから止めておけばよかったのに」

「そうかもな。まあ、お前だけでもなんとか逃してやるよ」

「そんなの無理ですよ。ハァ……。カクマは本当におめでたい人ですね」


 事実、八方ふさがりだった。周囲を軍に包囲されている。燃料は底を尽きそうだ。おそらくワープできるのはあと一回が限度……。

 果たして逃げ切れるだろうか? いや、逃げたところで、これから先どうやって生きていけば……。


 プシュッ!

 ――そのとき首筋にチクリと痛みを感じた。


 目の前がぐらりと揺らぐ。

 なんだ?


「ハァ……。気づかれないようにお喋りを続けるのは、とても疲れましたよ」


 ニコリーが注射器を持って立っていた。素っ裸だった。つまり彼女は自分の肉体にデータを移して、動き回っているのか?


「どういう……ことだ……?」


 俺は舌が麻痺まひしていくのを感じながら、かろうじて言葉を吐き出した。

 ニコリーは俺に嘘をついていたのか?


「カクマが悪いんですよ。どうしようもなくバカで、無能で、そして――底抜けにマヌケなお人好しだから」


 彼女が俺の身体を脱出ポッドへと引きずっていく。

 何をしている?


「カクマはもう用なしです。私が操縦すればKACのチカラを最大限に引き出せるはずです。だって私は元AIですからね」


 何を言っている?

 俺の身体が脱出ポッドに収まった。


「ダメだ……やめろ……」

「近くに犯罪者の集まる星があります。そこに向けて、あなたを射出します。奴隷商人に捕まるとやっかいですが……でもカクマはKACの操縦士です。きっと待遇は悪くないでしょう」

「ニコリー……君が逃げろ……」

「カクマ、残念ですがここでお別れです。今まであなたのサポート役を務められて幸せでした。本当にありがとう。それに身体を取り戻してもらえたので、ようやくやりたいことができますね」


 そう言って彼女は俺におおいかぶさった。

 冷凍睡眠の薬剤によって身体が冷え切っていくなかで、くちびるの部分にだけ燃えるような熱さを感じた。

 彼女が――俺にキスをしていた。


「さようなら」


 脱出ポッドの扉が閉まる。俺は目蓋まぶたを閉じまいと、懸命に目を見開いた。彼女を止めることはできない。だが、せめて勇姿だけは見届けたい。

 脱出ポッドが宇宙へと放たれた。ガラス越しに、ニコリーが敵の追手に向かって突進していくのが見えた。

 彼女の乗った機体は、暗雲の中でとどろ稲妻いなづまのような軌跡を描きながら、宇宙そらを駆けめぐった。そして鬼神のごとく敵を打ち砕いた。

 銃撃に次ぐ銃撃。ニコリーは宣言通り、恐ろしく強かった。一体、また一体と、最新式のKACが小惑星帯の中で新たなちりに変わっていく。


 だが、所詮しょせんは闇市で仕入れた旧式だ。

 ついにそのときが来た。


 装甲をもがれ、片腕を失い、彼女は包囲された。

 そして――

 涙でにじんだ視界の向こうで、小さな花火が上がった。

 俺はそれを見届けると意識を失った。





 半年後――

 俺は最後の楽園ラストエデンと呼ばれる惑星にいた。

 ここは犯罪者の集まる星。ニコリーが最後に俺を送り込んだ場所だ。いま俺はここで生活をしている。

 そういえば、あれから地球は大変なことになったらしい。俺がKACのAIに関する情報をネットに流したので、人権問題として大騒ぎになった。

 現在、KACは運用停止状態。地球軍は侵略地域からの撤退を余儀なくされた。おかげで追手も来ない。落ち着いて逃亡生活が送れるってもんだ。


「カクマ。ぼーっとしてないで、さっさと買い物を終わらせてください」


 頭の中でニコリーの声が響く。

 半年前に彼女を失って以来、俺は傷心のあまり想像上のニコリーを作り出していた。

 今も彼女はここにいると、そう思い込もうとしていた。





 というのは嘘で――

 彼女は実在する。ニコリーは生きていた。

 実は俺の首筋に打ち込まれた薬剤の中には、彼女のバックアップデータが含まれていた。マイクロチップだ。ニコリーは俺の首筋にチップを埋め込んで、俺の身体の中で生き残った。

 残念ながら彼女の肉体は失われてしまった。しかしDNAデータは手に入ったので、設備さえあれば復元できるという話だ。まあ、そのためにももっと稼がなきゃならないわけだが……。


「聞いてますか、カクマ?」

「ああ、ちょっと昔を思い出してただけだ。なあ、ニコリー。あのときお前、俺にキスしてくれただろ?」

「なっ!?」

「もしかしてお前って俺のことが――」

「何をバカなこと言ってるんですか! あれはからかっただけです! そんなこともわからないなんて、カクマは本当におめでたい人ですね!」


 俺たちの冒険はこれからも続くだろう。

 いつか心の底から「おめでとう」と言い合える、

 そのときが来るまで……。

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