久遠マリ

花咲く季節に新たなる年を迎え

「ニルディン、アルマータ、ツァオメイ。揃って無事に三歳を迎えてくれたこと、とても誇りに思うよ」

 目の前に並ぶ……否、並ばされた子らは皆、一様にきょとんとした顔をしている。

 ニルディンは、剣の形に縫い合わせた布の中に柔らかい素材の詰め物をしたおもちゃを手にしている。アルマータが大事そうに抱えているのは絵本。ツァオメイは……勇ましい女の子だ、迷惑そうな顔をした三毛の猫を持ち上げようと奮闘中だ。たまたま通りがかったが運のつき。耳が黒い。あれは確か、女官の可愛がっている猫であったような気がする。

 順に、皇の座を辞退したナランジュ・レルテ=ライデンとその妻ラーオメイの息子、第一騎馬隊副将軍タリマータ・アント=ライデンと年上の妻イドゥリーカの息子、第一騎馬隊将軍レムロク・ライデンとその妻リーンメイの娘である。

 ナランジュとタリマータはいとこ同士、ラーオメイとリーンメイは姉妹。

 ここにいる三人の子供たちは、ゆるく血のつながった親戚だ。

「おめでとう」

 声を掛けると、三人は、まだ拙い動きで、周囲の大人たちから教え込まれた礼を返してくれた。前合わせの衣装は短く、脚絆はだぶだぶで、沓は手の上に乗るくらい。腕や首に掛けられた飾りの玉がとても大きく見える。愛らしいことこの上ない。

「ありがと、ござます」

「あいがとうごじゃいます」

「あがと! ござま!」

 ……ツァオメイが、一番元気が良い。持ち上げた猫ごと腕を曲げたから、リーンメイがすかさず窘めた。

「ツァオ、その子を下ろして、ちゃんとなさい」

「あい! あがと! ござま!」

 そして訂正と実行も迅速である。猫が物凄い顔をして逃げていったので、私はうっかり笑ってしまった。将軍の妻はこちらにも咎めるような視線を送ってくる。

「皇太子さま、寛容が過ぎましてよ」

「今日ばかりは、よいではありませんか。折角の、新年の祝いの席です」

 微笑んで見渡せば、広場に集うのは笑顔。その下に何かを隠しているかもしれないけれど、私には、彼らが幼子の成長を心から祝っているのが、よくわかった。皆の目が優しい。

 厚手の織物が、壁代わりに天井から吊るされている。そこに施されている意匠は、アルクナウ=ライデン皇国を象徴する大きな木、アルクナウ。硬い石の床を彩るのは紅の絨毯。花がそこかしこに飾られた主城は、沢山の春の香りで満ちていた。外は麗らかな陽気。

 後ろを振り向けば、柔らかく微笑んでいる兄ナランジュ、涼しくも穏やかな顔のタリマータ、満面の笑みを浮かべたレムロク。

 立太子の儀と新年の儀を執り行うことが出来た。

 健康な兄がいる上に、十八にも満たぬうちに死ぬと言われてきた私にとって、それは奇跡だった。

「それでは、私から、我が皇国を支えてくれている皆様に、わたくしヴィンタヤより、感謝のしるしとして、宴を用意してございます」

 数多聞こえるのは、盃を持つ音。

 声を張り上げられる歓びを、私は今、知る。

「我が皇国に栄光あれ!」


 宴が始まった瞬間。

「にゃんにゃ!」

 と、ツァオメイは叫ぶやいなや、走っていって、あっという間に姿を消した。リーンメイと女官たちが、騒ぎながらその後を追い掛けていく。

「お詫びに、あの子には、海から揚がってきた雑魚の干したのを進呈しましょうか……」

 呟けば、窓の向こう、花弁の吹き溜まりで丸まって昼寝を始めた三毛の黒い耳が、ぴくり、と震えた。


お題:おめでとう

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