消えた足音

東雲 彼方

メール

 美穂へ


 お元気ですか。お久しぶりです、唯です。こうしてメールするのも久しぶりね。あ、返信は不要です。お気になさらず、ね。

 まずはご結婚おめでとうございます。しばらく連絡取れてなかったのに突然年賀状で『結婚しました』って来た時には凄く驚いたわ。まさか美穂が拓巳と結婚するとは思ってなかった! もう汐入さんじゃなくて葛城さんなのか……高校の同級生二人が結婚するなんて、なんかフシギな気分。でも美穂ちゃんが幸せそうならそれでいいや(笑)


 ところでついこの間高校の部活のOB・OG会があってそこで璃子と会ったんだけど、その時に少し不穏な噂を耳にしたんだけど、美穂は知ってる? 不安にさせたくはなかったんだけど、少し気になったので一応私が耳にした噂の内容を伝えておこうと思います。


 それは拓巳がここ最近起きてる連続通り魔事件の犯人なんじゃないかっていう噂よ。あくまでも人伝に聞いた噂だから真に受けないでね。

 なんかあの事件が起きたときに近くにいた人がいるらしいの。その人が紗月の友達だったらしくて。それでその人が犯人の背格好をなんとなく覚えてて、たまたま紗月と遊んでる時に似たような服装で背格好の男を見かけたらしいの。

「あ、あの人この前の通り魔事件の犯人に後ろ姿が似てる……」

 って呟いて指した先を紗月が見たら拓巳だったと。

 それに璃子はこの前仕事で東京の方に行ってた時に、拓巳を見かけて声を掛けようとしたんだって。そしたら声を掛ける寸前で何故か職質されてたらしく。

 二人とも見間違いかもしれないとは言ってたけど、もしそうだとしたら……美穂が心配。違うんだとしても犯人と後ろ姿が似てるんなら疑われてしまうような気もする。どうすることも出来ないけど一応用心しておいてくださいませ。


 まぁ根も葉もない噂、って言ってしまえばそうなんだけど。でもなんか嫌な予感がするんだよ。ほんと、美穂は無事でいてね。

 そうじゃなくてもちゃんと幸せになってね。


 じゃあまた今度。時間があったらお茶にでも行きましょ。




 ***



 美穂ちゃんへ


 結城です。お久しぶり。

 突然の連絡お許し下さいませ。ちょっと確認したいことがあって。

 美穂ちゃんよね、葛城くんと結婚したの。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?


 葛城くんって黒のパーカーって持ってたりする? 中央に白い引っ掻き傷みたいなプリントがされてるやつ。あと靴底が白っぽい紺のスニーカーと『K』っていうシルバーのキーホルダーがついたウエストポーチ。


 もし持ってるんだとしたら連絡くれないかしら。気のせいであってほしいんだけど……。

 こんな言い方したら気になると思うから一応伝えておくと、私この前通り魔に遭ったのよ。それでその時刃物持って走ってく人がそんなのを持ってたのね。そしたらこの前のOB・OG会で璃子ちゃんに会った時に変な噂を聞いたもんだから……それについては多分もう唯ちゃんから連絡が行ってると思うけど。だから少し不安になって聞いちゃった。


 もし当てはまるようだったら一時的に実家とか、他の誰かの家に逃げられないかな? 私のところでも良ければ来てくれて構わないし。なんかちょっと怖いのよ。

 もし少しでも不安を感じたのなら一回逃げなさいね。


 じゃあ何かあったら連絡ください。またね。




 ***




 同じ日に届いた二通のメールに目を通して私は息を呑む。まさか、誰か嘘だと言ってくれ。同じ部屋で生活してる結婚相手が連続通り魔殺人事件の犯人? 嘘でしょう?

 でも私にはどこか心当たりがあった。唯からの連絡にあったように、職質されてるところを見た、という話は他の人からも聞いたことがあった。気のせいかもしれないとはその人たちも言っていたけれど。そして何よりも――結城先輩のメールに書かれていた服は何度も見たことがある。何回も洗濯したことがある。

 恐る恐る玄関に行って靴箱を開けて拓巳の持っているスニーカーを探すと……あった、底の白い紺色のスニーカーが。なんてことだ。

 私は軽い目眩を覚えながらも、彼の部屋に向かう。表向きは畳んだ洗濯物を部屋に運ぶという名目で。いつ帰ってきても探っていたと勘付かれないように。こうしてコソコソと調べている時点でだいぶ罪悪感だとかが酷いのだが。コンコンコン、と誰もいない部屋にノックをして部屋に入る。そして洗濯物を仕舞おうとして気付く。キラリ、と光る『K』の文字、そしてウエストポーチに。背中をつう、と冷や汗が伝う。手の震えは止まらない。段々と体の芯から体温が奪われていく心地の中で、どうにか平常心を保とうと必死に取り繕う。誰が見ているというわけでもないのに。

 ほんの少しの好奇心が後押しをしたのかもしれない。何故か気付いた時にはそのウエストポーチに手を伸ばしていた。一番外側のチャックを開けて中を覗くと、そこには手のひらサイズの折りたたみ式の小さなナイフがあった。震える手をどうにか抑えながら刃を出すと、刃先には赤黒い血の跡が残されていた。

「ひっ」

 と小さく悲鳴を上げた拍子に、手にしていたナイフを落としてしまう。フローリングに落ちたナイフはカターンと音を響かせた後スルスルと床を滑っていく。待て、落ち着け。これはきっと気のせいだ。誰かが拓巳を犯人にする為に仕組んだものかもしれない。大丈夫、多分違う。そう自分に言い聞かせていないと今にも意識が飛んでしまいそうだった。


「へぇ、見ちゃったんだ」


 後ろからそこにあるはずのない声を聞いて驚いて振り返ると、そこには仕事に行っていた筈の拓巳が立っていた。それも、

「まさか鈍い箱入り娘の美穂が気付くとは思ってなかったけど……一体誰の入れ知恵だ?」

 そう小さく呟く男の顔は、何年も見ていたその顔ではなく始めて見る顔だった。醜く歪んだ笑みを口の端に浮かべる様は極悪人、といったところか。

「まぁそれはともかく、おめでとう。真相にたどりつけたんだね!」

 お面に貼り付けられたみたいな笑顔で拍手をしてじりじりと近寄ってくる男に恐怖を覚え、床を這って後ずさる。でも後ろは壁しかない。逃げられない。

「いくら嫁ってったって、知られちゃあ生かしておく訳にはいかないな。さ、殺るか」

「待って、嘘って言ってよ、拓巳……?」

 震える身体を両手で抱きながら目の前の男に問う。でも、

「そういうところがうぜぇんだよ。いいから死ねよ」

 首に男の指がめり込んでいく。苦しい。でも力の差は圧倒的で、私にはどうすることも出来ない。視界が段々と白くなっていく。最後に見た景色は白い壁と、禍々しく笑う鬼のような男の笑顔だった。






 ***




『○○市のマンションの一室で女性の遺体が発見されました。首に指のような痕があることなどから、警察は殺人事件の疑いで捜査を続けています』


 淡々と告げられるニュース。テレビから流れるその音に私は耳を塞ぎたくなった。確か美穂はあの付近に引っ越したと言っていた筈だ。――間に合わなかったか。でも、だとしたら葛城あの男は?

 グルグルと脳内を駆け巡る不穏な思考に怯えていた時、電話が鳴る。こんな時間に誰だろうか。今は深夜1時だけれども。

「もしもし」

『橋本 唯か?』

 低く唸るような声には聞き覚えがあった。心臓がバクバクと音を立て始める。返答しようとしたが声は出ない。

『美穂に入れ知恵をしたのはお前だろう』

 さっきのニュースでスマホは見つかっていないとか言っていただろうか。メールを見られたんだろう。

『次はお前だ、覚悟しておけよ』

 待って! と言おうとした瞬間に電話は切れた。腰から力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。

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