最高のプレゼント

瀬塩屋 螢

コウジツ

「おめでとう!」


 昼からの講義って、なんでこんなにめんどくさいんだろう。そう思って、扉を開けた矢先、これだ。

 淡いピンクスイートピーを基調とした、見事なまでの花束。それと、完璧なまでに輝いた笑顔をみせるカナ。

 憂鬱な気持ちが100倍になる。


「今度は何の騒ぎ、カナ?」


「何のって、冷めてるなぁ。なぎは」


 振り切るように、階段を下りる。が、花の香りと、奴の声がどこまでも届く。


久東くとう先輩と付き合ってたなんて、俺に黙っとくのひどくね」


 その香りは、春の陽だまりに似ている。


「それで、その花束」


貰ってきたんだ。


 部室で、終始笑いをこらえる久東先輩の腹をぐーで殴る。私にとっては、笑い事ではないのだ。

 「うぐぅ、討ち取られたり~」と、マットレスに寝転がる先輩のにやけ面。もう一発必要だろうか。

 睨み返す凄みにやられたのか、先輩が横に転がり、私と距離を取った。


「間違えられるの嫌なら、言えばいいじゃん」


「……」


哉麻かなまくんが好きだって」


「っ、」


 すっと真顔になった先輩の正論に、言葉が詰まった。奥歯の辺りに力が込もって、それができれば苦労はしないと、更に眼光が鋭くなる。


 金城かなしろ 哉麻。小中と同じ学校で、大学でまた同じ学部、同じサークルになった、私の友人だ。

 一言で言えば、能天気。もう少し付け足すなら、大層なお人好し。


「……私が言っても、本気にしないんです。アイツ」


 再会して、自分でもびっくりするくらい好きになって、告白した。結果、冗談みたいに軽く受け流してくれちゃって。

 今回間違えたみたいに、私と誰かが仲良くしていると、どこで聞き付けたのかカナの奴すぐくっつけたがる。


「脈はないって、遠回しに言われてんのかなぁ」


「それはないと思うけどなぁ」


「なんで、先輩がカナの事分かったみたいに言うんですか?」


「そりゃ、後輩だもん。篠原しのはらは人がいいって言うけど、アイツ言いたいこと言うタイプだし」


 先輩は、じっと机に置いた花束を見つめている。


「俺なんか新歓の後の飲み誘ったら、めっちゃ冷たく断られた事あんだぜ」


「カナならやりかねないですね」


「やりかねない。じゃなくて、本当に言ったんだよ。哉麻は」


 思い出してるのか、軽いため息をついた先輩。はっと何かに気付いたみたいに、生気のこもった目でこちらを見る。


「篠原、哉麻から貰ったもん持ってこれる?」


「そりゃあ、あっ、でもほとんどが消えモノなんで、家にあったかなぁ」


 花束、ケーキ、調味料類。カナからもらうプレゼントで思い付くのは、大体そのたぐいだ。


「全部じゃなくていい、2、3個ありゃじゅーぶん」


 それ以上私に構う気がないらしい先輩は、私の返事も聞かず寝てしまった。


 ……白と黒のペアのテディベアぐらいかな。

 先輩に言われた通り探してみたが、こいつかマグカップ位しかなかった。

 マグカップは割れたら恐いので、写真だけにして、適当な紙袋を探す。

 どこだったかなぁ。物置きに仕舞ってあったっけ。


「ちゃんと、花飾ってくれてんだ」


「折角なら長持ちさせたいからね」


「いつもより、部屋荒れてない?」


「探し物があってね」


「このぬいぐるみなんで、テーブルにでてんの?」


「先輩が持って、こい、って」


 戸棚の中の紙袋を取り出して、リビングを向くと何故かカナが立っていた。

 白いテディベアを持ってる。

 そう言えば、さっきからカナと会話をしていた気がしなくもない。


「なんでいんの?」


「今日、サークルのミーティング日。チャイム鳴らしても返事ないからさぁ」


 そう言えば、ポストに合鍵入れてて、何かあったらそれを使ってくれて構わない。と教えていたんだっけ。


「そ、そうなんだ、ありがとうね」


「どういたしまして」


 急にカナが現れたせいで、暴れる心拍数をなだめながら、紙袋にテディベアちゃんをいれる。


「先輩に見せてどうするの?」


「カナには関係ないじゃん」


「関係あるっていったら」


 見たことないくらい真剣なカナの顔に、私は紙袋を落としてしまう。


「……関係ないでしょ」


「俺は渚が好きだもん」


「ど、どうせ……冗談でしょ」


 カナの顔が少しだけひきつった。一瞬の罪悪感と、それから急に抱き締められた事によるパニック。


「ほら『俺が言っても、本気にしない』だろ」


 その横顔は少し寂しそうに見えた。

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