いつか出逢ったあなた 28th

ヒカリ

第1話 島沢尚斗

 俺の名前は島沢尚斗。


 父は普通のサラリーマン。

 母も普通の専業主婦。

 あ、しかし普通よりちょっと裕福だった。


 母方の祖父が金持ちで、両親が結婚した時には家を建ててくれたとか。

 母が妊娠した時は、生まれてくるのは女の子と信じて疑わなかったらしく、ピアノも買ってあった。

 それに倣ったのかどうか、女の子が欲しかったらしい母親は、俺に三歳からピアノを習わせた。


「女の子が…」


 と、よく耳にしていたせいか、数年後には妹ができるものだとばかり思っていたが、結局俺には弟も妹もできなかった。

 残念。


 ともあれ、ピアノは俺の性格に合ったのか…辞めたいと思う事なく、バイエルもソツなくこなした。



 初恋は小学三年生の時。

 運命的な出会いだった。


 何度目かのピアノ発表会。

 ステージを終えて、控室へと戻る通路で。


 ドン


 何かに、ぶつかった。


 するとそこには、ヒラヒラのレースが何重にもなったようなスカートをはいて、見事に仰向けに転がってる女の子。


「あ…」


 俺にぶつかって転んだのか。

 そう思って、手を差し出したが…


「う…」


「う…?」


「うわああああああん!!」


「……」


 …泣かれてしまった。


「大丈夫?怪我はない?」


 ここはお兄さんらしく…と思い、女の子を抱き起す。

 頭についたリボンを見て、昔読んだ『不思議の国のアリス』みたいだと思った。

 色が白くて、ふわふわした髪の毛。

 この子も発表会に出るのかな?



「お父さんかお母さんは?」


 目線を同じにして問いかけると。

 その子は止まらない涙を少しだけ我慢しながら。


「ふっ…うっ…うっ…」


 言葉にはならなかったけど、『あっち』と、指をさした。

 その『あっち』に目をやると…そこは、VIPの控室。


「…君のお父さんかお母さん、先生?」


 聞くと、首を横に振る。

 …誰だろう。


「行こうか。」


 手を差し出すと、女の子は素直にそれを握り返した。


 …可愛いなあ。

 妹がいたら、こんな感じなのかな。


 俺はその控室のドアを、ノックをした。


『はい。』


「あの…女の子が泣いてて…」


 そう言うと、ドアが開いて…


「まあ、るー。どこに行ってたの?」


 中から…



 天使が出て来た。


 俺の初恋の人。


 俺の天使。



 武城たけしろ桐子とうこ



 * * *


 胸を撃ち抜かれた、あの9歳の発表会から4年。

 俺は中学生になった。

 周りがアイドルに夢中になってるその時、俺のアイドルは武城桐子だった。

 天才ピアニストとして世界的に有名な、武城桐子だ。



 あの控室で、武城桐子は俺にお菓子をくれた。

 そして、娘を助けてくれてありがとう。と、優しくハグしてくれた。

 いい匂いがした。

 洗剤とか、石けんの匂いじゃない。

 もっとこう…

 上品で、洗練された女を想わせるような…


 と、9歳のガキがそこまで分かるはずはなかったが、とにかくいい匂いがした。



 部屋に貼るポスターは、もちろん武城桐子。

 レコードも買った。

 リサイタルも見に行った。

 家も突き止めた。

 なんなら俺は軽くストーカーだ。

 それほどに、彼女に夢中だった。


 いくら俺が、彼女の娘との方が年が近くても。



 相変わらず、クラッシック畑一筋だった俺に、転機が訪れたのは。

 中2のクラス替えの時だった。


「…シマウマ、おまえの荷物が俺の所に入ってた。」


 俺…島沢より一つ前の席だと思った島馬とうまは。


「は?」


 半笑いで俺を見て。


「俺、シマウマじゃねー。トウマだし。」


 って…机を蹴った。


「は?」


 俺は蹴られた机を蹴り返して。


「ルビふっとけよ。」


 内心ビビりまくってたクセに、頑張ってみた。

 これが…島馬とうま 永治えいじとの出会い。


 一触即発の空気に。


「まあまあ、シマウマもトウタクもやめろよ。」


 変な呼び方で突っ込んできたのが…


「おもしろくねー!!」


「えっ、イケたと思ったのに…」


 相川あいかわ みつぐだった。



 のちに、この二人と俺はバンドを組む事になる。

 しかも、ロックバンドだ。

 俺の人生であり得ない事が起きた。

 まさか、俺がクラッシックを捨てるなんて。



 だけど…

 武城桐子のリサイタルだけは、まだ…行っていた。

 彼女はその頃三十代で。

 かなり…大人の女としての色香に溢れていて…


 俺の妄想を駆り立てた。



 * * *


 母に大反対されたが、ピアノを辞めた。

 永治えいじみつぐとバンドを組んで、キーボードを担当した。


 永治えいじみつぐは元々幼馴染で、二人とも兄貴の影響で早くから楽器を始めていた。

 永治えいじはベースで、みつぐはドラム。

 初めて聴いた時は良く分からなかったが、俺がキーボードでギターパートを弾きながら形にすると…よく分かった。


 安定のリズム隊。


 俺たちはすぐにボーカルとギターを募集して、ライヴに出るようになった。

 だが…所詮15歳。

 ライヴに出ても、自己満足の後にやってくるのは、羞恥心と落胆。

 ライヴ音源を聴いては、のたうちまわった。



「…高校入ったらさ、ちゃんと本気で歌えるような奴探そうぜ。」


 永治えいじの意見はもっともだった。

 当時は人前で歌を歌うのは恥ずかしい。と、誰もが思っていた。



 誰か…

 俺たちのバンドで、人前でも臆することなく堂々と歌ってくれないかな…


 …できればヴィジュアルも良くて…

 …おまけに、上手ければ申し分ない。

 …ステージングなんかも…良ければなあ…


 と、だんだんと贅沢になっていった俺たちに。

 高校一年の時、運命の出会いがやって来た。



 音楽屋でピアノの試し弾きをしていた俺に。


「おまえ、いくつだ?」


 いきなり、偉そうに声をかけて来た男がいた。


「…16。」


 と答えた俺に、そいつは真顔で。


「ピアノ、上手いな。おまえのピアノで歌いたい。どこかで一緒に何かやらないか?」


 そう言った。

 俺は何回も瞬きをしたと思う。


 なんて言った?

 おまえのピアノで歌いたい?

 今まで、そんな事…一度も言われた事ない。


 それにしても、歌いたいって事は…ボーカリスト。

 見た目は…全然文句なし。

 同性である俺が、少し体を退いてしまうほど…

 近付かれると照れくさかった。


 ただ…その、高原たかはら 夏希なつき


 学生服が似合わない。

 見た目、日本人に見えないし。



 とりあえず、永治えいじみつぐと俺の三人でやっている練習に誘った。

 ロックバンドだと言うと、少しテンションが下がったように見えた高原たかはら 夏希なつきも。

 一曲演り終えると、目をキラキラさせて言った。


「俺をメンバーにしてくれ!」


「マジか!!OKだよなあ!!」


 永治えいじがすっげー喜んだけど…

 …見た目で喜んだよな?

 これなら、女の客が来るって。

 歌は聞かなくていいのか…?


 おい。



 * * *


「ナッキー!!おまえすごい!!鳥肌立った!!」


 俺のテンションがこんなに上がったのは、いつぶりだろう?


「えっ…」


 俺に抱きつかれたナッキー…こと、高原たかはら 夏希なつきは目をパチパチさせた。


「すっげーいい声!!」


 いや、マジで!!

 前回の練習の後、ナッキーはロックを知らないと言って俺たちを驚かせた。

 そこで俺は、バンドでもカバーしてるDeep Purpleのカセットを貸した。

 ナッキーはそれを聴いて、歌詞を書いて来た。


 …カッコイイ筆記体。


 俺はその紙を見て。

 コイツ…どこまでもカッコイイ奴だな…と、歌う前から思ったのに。

 合わせた『Burn』で。

 完璧な英語と、完璧なシャウトを聴かせてくれた!!


 まさに!!

 俺が思い描いてたボーカリストだ!!


 同じ歳ではあるが、この時からナッキーは俺の憧れの人物となった。

 口が裂けても言わないが…まあ、長い付き合いになって、ヨボヨボの爺さんになった頃なら、笑い話の一つでも…と、打ち明けてもいいかな。



 それから、俺達はギタリスト探しも始めた。

 ナッキーの彼女の実家に泊めてくれると言うし…夏休みを利用して、大阪に行った。

 俺がついて行くのが不満だったのか、彼女は隣の部屋に俺がいるのを知ってて…大きな喘ぎ声を出した。


 その頃、まだ経験のなかった俺は、早熟なナッキーにますます憧れ。

 さらに、女の喘ぎ声を…俺の天使に当てはめて…ああ、なんて下衆な事をしてしまったんだろう。と、ほんの一瞬後悔した。


 ともあれ、ギタリストを探しに行った大阪で。

 そこで…また運命的な出会いがあった。


 朝霧あさぎり 真音まのん


 若干15歳。


 ナッキーの『あいつが欲しい』の一言で、俺達は彼に声をかけた。

 合わせてみる事になり…また『Burn』を。

 ぶっちゃけ、俺は唸った。

 マノンのギターも当然凄かったけど…


 ナッキーの歌だ。


 こいつ…ロックと出会って、まだ一年。

 どこかで勉強したわけでもないのに、こんなハイトーンでシャウトをしても、ノドを壊したと聞いた事もない。

 ナッキーといい…マノンといい…どうしてこうも、Deep Purpleを自分のものにしてるんだ。


 俺にとって、二人はいい刺激になった。

 それは、永治えいじ…あらため、ゼブラとミツグにも。


 そうして、俺達Deep Redは五人編成になった。

 マノンが言った『プロ目指してるバンドじゃないと入らない』に感化されたのか。

 ナッキーまでが、プロを目指すと言い始めた。


 おいおい、嘘だろ。

 って、正直思ったよ。


 だって俺は…


 まだ継続中の、武城たけしろ 桐子とうこへの初恋。


 彼女に近付けるよう、オーケストラに入ろうか…などと考えていたのであった。



 俺は一人っ子。

 ナッキーには兄と弟が居るが、それは養子に来てから出来た兄弟だと聞いた。

 ゼブラとミツグには兄も妹もいるし、マノンにいたっては四人兄弟の末っ子。

 育った環境や家族構成は大きく性格に影響する。


 それがハッキリ分かったのは…

 ナッキーが意外と真面目で、誰よりもバンドを大事にしていると分かった時だった。


 苦労をしているからこそ、人が大事にする物も、自分が大事にする物も…守りたいと思える。

 そんな俺は、ピアノ相手にしか育ってないせいか。

 常に人間観察をしてしまってた。



 自由奔放で甘え上手なマノン。

 上手に乗っかるゼブラとミツグ。


 何か閃く事があるのか…ナッキーは誰かの意見に即便乗したり、違うと思っても他の手段を見つけたり。

 とにかく、決断が早い。

 俺が女なら、間違いなくナッキーを選ぶ。



 マノンがこっちの高校に合格して上京し、ライヴも回数を重ねて、Deep Redの人気も出始めた。

 それに伴い…俺は、天使のリサイタルにも行けなくなった。

 スタジオ練習が入るからだ。


 …会いたいのに…(会うと言っても観るだけ)



 何とか…オーケストラに入らなくても、お近付きになる手段はないだろうか。


 と、考えていた時。

 ふと、思い出した。


 あの、不思議の国のアリス。

 今…いくつぐらいだ?



 家も知ってるのに、天使に夢中で…娘の存在なんてすっかり忘れていた。


 …娘と付き合ったら…

 天使と会える。


 俺は邪な気持ちで、天使の娘。

 武城たけしろ 瑠音るねと付き合う手段を考えた。



 しかし…

 調べてみると、彼女は14歳。

 …中学二年生…


 う~ん…

 高校三年生の俺から見ると、中学二年生の彼女は…付き合う以前に…

 まだ子供。


 天使に一目惚れしたぐらいだ。

 どう考えても、俺の好みは年上だ。

 しかも、よく考えると…自分の母親と、さほど年齢が変わらない。

 しかし、母は母。

 天使は天使。



 14歳…



 ないな。

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