ヤっちゃんはやったんだ……!!

れなれな(水木レナ)

「やったぞ!」

 男は悩んでいた。


 どうしようもないことで、頭を抱え、もう死ぬかと本気で思っていた。


 だから、宇宙の言葉を信じたし、そうするしかないと……もともとどうしようもないところから始まった悩みなのだからと、実行した。





「おおーい! おぉーい!!」


 男は呼ばわった。


 町中の人を呼ばわった。


「おぉーい! おうい!!」


 なんだなんだ? ざわざわ。


 小さな町内である。幼い頃から顔見知りばかりの土地であった。


 みんなが期待する。


 なにごとがあったのかと。


 みんなが顔を見せ、不思議がる。


 なぜなら、この地にそんなに大したことは起こらないのが常であって、暇だったのだ。みんな。


「こっちこいよぉ! こっちこっち!!」


 え、なんだい!?  みんな騒ぎ出す。


「ヤっちゃん、どしたの?」


 土産屋のキクちゃんが飛び出してきて、そばへ寄ろうとする。


 すると、ヤっちゃんと呼ばれた男は、さりげなく進路を変える。


 自分のいる方へ来いよと。


「おぉーい! おうい!!」


 しばらくそうしていたら、人だかりができた。


 みんな、彼がゆく方向を見た。山だ。ちょいと登るにはしんどい。だが地元の山だ。みんなついてゆく。子供もいた。キクちゃんのはとこだ。


「どうしたんだよ、ヤっちゃーん」


「オレは……オレはなぁー!」


「だから、どうしたんだよ、ヤっちゃぁーん!」


「やったんだよ!!」


「なによ、なにをやったわけ!?」


「これから、見せるー」


 そのまえに、と大声で前置きした。


「これからオレの言うことを、よーく聞くんだぞぉー」


「だから……」


 しっ、とキクちゃんが文句が出るのを黙らせた。


「ヤっちゃん、町内中、聞き耳立ててるぞぉー。それから、どしたぁー?」


 すると男はハラハラと涙を流した。


「そうか……やったんだな。オレはやったんだ……!」


 ガッツを決めて、一人泣きむせんでいる。


「やったぞぉおー!!!」


「だーから、なにをやったんだってー」


「聞けぇー!」


 その前に、と、男は確認した。


「幼子を置いてきた奴はいねえかー?」


「いねえ!」


「年寄りを置いてきた奴はいねえかー?」


「いねえ!」


「なら、言うが……オレは、オレはなあー」


 外が怪しくなってきた。


 急に風向きが変わり、潮の風に焼かれた人々の顔を叩いた。


「……やったんだ!!」


 まだまだ、ためる必要があった。


 水平線に見える黒々とした波が、あと少しで海岸にたどり着く。


「オレはやったんだ……ッ!」


 引き潮が、急激に沖の波を盛り上げた。


 近所では甲子園のニュースが流れて、勝敗がついたことを告げている。


「大相撲なんて目じゃねえッ!」


「ヤっちゃん、大相撲はもう白鵬の優勝決まったぜぇー?」


「甲子園も目じゃねえッ!」


「ああ……そりゃすげえな……」


 押せ押せな雰囲気に呑まれて、頷きかわす人々。


 どこからか、地鳴りのような音が聞こえてきた。


 大気の震えが、肌を震わせ、いつの間にか集まってきた犬猫が啼きわめいた。





 あっという間だった。





 彼らの住んでいた町は港町。


 小さな事件と、ささやかな日常で彩られた、その町がなくなった。


 どっという、大きな波と轟音と共に。


 山の頂上に集まっていた人々は、それを見て大騒ぎした。


 大事件だった。





 へとへとになった男は、がっくりと膝を地につき、力尽きた。


 キクちゃんがヤっちゃんしっかり、と支えに回ったが気を失っていた。


 倒れる前に、


「やった、やった……オレはやった……!」


 とうわごとを言いながら。


 ヤっちゃんは超能力者だった。宇宙と交信して、港町の崩壊を聞きつけた。だが、そんなことは誰にも言えない。いったい誰が信じてくれる? 


「これから大津波が町をおそい、全員がしぬ」などと。


 大きな震災も、各地で起こったばっかりだ。そんなことを言えば、不謹慎ととられかねない。


 だから、男は一芝居うった。人々を安全な領域に集めたのだ。


 彼は予言者になるつもりは毛頭なかった。宇宙と交信できるなんて、知られたくもなかった。予知が外れたなら外れたなりのリアクションが必要で、人々を納得させねばならないから、大騒ぎをしたのだ。


 キクちゃんは、そんなヤっちゃんの風変わりな趣味を知っていたから――黒々と広がる海面に、今は遠く沈むなにからなにまでを思い出し、そして男に感謝すべく言った。


「おめでとう……! ヤっちゃん……みんな、みんな助かったよ。おめでとう、おめでとう!!」


 男は――ヤっちゃんは目ざめることなく、隣町の病院に運ばれ――目ざめたときには何もかもを忘れ、二度と宇宙と交信することはなかった。






おしまい





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