第三ノ雨 ぼくは、

 ぼくはリビングを通り抜け、部屋へ戻った。部屋は何も変わっていない。

 ある一点を除いては。

 ベットの中に人がいる。白いワンピース姿の、三つ編みの茶髪をした少女。

 彼女を見た瞬間、ぼくは思い出した。



「好きだよ、百合」

 あの日、ぼくは告白した。遠い美術学校に合格し、夢を叶えに行く彼女を引き止めたかった。

「私も好きよ、時雨」

 違う。君の好きとぼくの好きは決定的に違うのだ。

「ぼくの好きは、恋愛の好き...だよ」

 そう言うと、君は顔を林檎のように赤くして、慌てふためく。そりゃあそうかもしれない。だって、急に友達と思っていた人間から愛の告白をされたんだ。動揺しても、しょうがない。

「わ、私、そういうの、よ、よく分かんないし」

「ねえ、行かないでよ。ここにいて。ここで一緒に居てよ」

 君は首を傾げた。意味が分からない、と言いたげに。でも、少し考えたら分かったようで、申し訳なさそうに眉を寄せて下を向いた。

「ごめんね。...でも、画家になるのが私の夢で」

「いてくれないの?」

 ぼくは君の事を愛してるのに。君は遠くへ行ってしまうの?

 君は下を向いて、「ごめん」を繰り返した。そんな顔はさせたくない。でも、ここにいて欲しい。

 そうか。それならば...。

「え、ちょっ!?」

 君を押し倒した。ばたつかないのは、まだぼくを信用してくれている証。でも、徐々におかしいと感じ始めたようで、暴れ始めた。

 だが、ぼくも伊達に運動部じゃない。君よりは握力は強いようだ。

「時雨、し、ぐれ」

 ぼくは彼女の腕を足で押さえ、手を首にかける。

 君は遠くへ行く。ならば、ここに居させる方法は、これだけ。監禁しても、君は逃げてしまうだろう。

 だから、


 首を絞める。


「あ、うぐ......っ!」


 首を絞める。


「しぐ、」


 首 を、絞 め る。









 あぁ、そうか。そういう事か。だから、布団の中が陽だまりのように暖かく居心地が良かったのか。君がいたから。

 脱力した君の身体。首には締めた跡が付き、歯を食いしばっていたのか、口の端からは薄く血が流れていた。しかし、それでも君はなお美しかった。


 もう君は、鈴のような声で喋らない。愛らしい瞳をぼくへは向けない。ぼくの腕へ腕を絡めてはくれないし、いたずらっ子のような花のような笑みを浮かべはしない。

 それでもいい。これで君は誰の目にも映らず、ぼくの目に映り続けてくれる。好きな君は遠くへ行かない。ならば、これが正しいのだ。ぼくの願い叶えられたのだ。

 口の端からつうっと垂れていた血を舐め取り、愛おしい彼女の唇に自らの唇を重ねる。



























「愛してる、百合」

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雨夜に百合 本田玲臨 @Leiri0514

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