真実ノ章

 病院から退院した蒼は家へ帰って来た。本当ならば両親に連れ添って貰う予定だったのだが、仕事の都合上どうしても無理だという事で、蒼は1人バスに揺られて、帰ることになった。

 少し寂しかったが、これからしようとする事を考えると、誰もいないという状況は非常に有難いものになる。

 荷物をある程度片付け終え、蒼と藍の部屋に入る。まだ2人分のベットと机が置かれている。もう並んで座り、ベットで寝転んで、上と下で話し合う事は無い。

 蒼はいつものように藍の席に座り、隣の机から青い表紙の日記を取り出す。ダイヤルロック式の鍵の数字を、0427に合わせると、カチリと音がしてロックが外れる。

「こういう時、お揃いで良かったな」

 蒼になった藍がこの日記を覗く理由は、両親やこれから関わるクラスメイトに『蒼』に見せる演技の材料とする為だった。出来る限り彼女の性格や友人関係、藍に伝えてない蒼の事も知っておくべきだとも考えた。その情報を手に入れるのに、日記はうってつけだった。

 お互い、日記だけは見せ合うことなく、蒼の日記を彼女は初めて読む。

 表紙を開けて、最初のページを開く。


【今日から父さんに貰ったこの日記帳にその日の思い出を書いていきます!

 これは2人からも藍からも見られない、私だけのもの。

 とっても厚いから、私が大人になっても書けそう!

 素敵な誕生日プレゼントに感謝しないとね! 】


 次のページをめくる。


【今日は漢字の小テスト!出来は満点です!つまり、クラスで1番だったの。

 お母さんは褒めてくれた。でも嬉しかったのは藍が「凄いねっ!」って言ってくれた事っ!

 どんな言葉よりも、藍が言ってくれた方が嬉しいの。

 私、藍と双子で良かったなぁ 】


 ズキリと、胸に棘が刺さったように痛んだ。それでもめくっていく。そこには沢山の思い出が、明るく綴られていた。

 ネガティブで暗い藍の日記とは大違いだ。どの思い出も美しかった。ふと、ある日のページで手が止まる。

「え.........?」

【今日、藍が女の子3人に苛められてた。

 私はすぐに助けた。もう二度とこんな事しないで、って。

 3人はさっさと離れていって、藍は「ありがとう」と「ごめんね」を言ってくれた。

 私はやっぱり嬉しくて、その子達に苛めるように頼んだ。

 その子達は目を丸くしたけど、200円ずつ渡したらやってくれた。

 また藍が頼ってくれるといいな 】


【今日、藍が「演劇部に入る」と言った。意思はとても硬そう。

 私は「いいね」って言ったけど、本当は嫌っ!

 藍と一緒に居られる時間が削られちゃうもん。

 一緒に部活に入りたくても、2人は忙しいから夕ご飯は私が作らないとだし...。

 あーあ!とっても最悪だ! 】


【今日は楽しみにして行ったのに、最悪な気分になりました!

 藍の能力が認められ、藍は全校生徒の前で愛らしい妖精役を、1年生ながらにゲットしたの!

 それはとても嬉しかった。藍の普段見られない姿が見られたし。

 でも、でもでも!あんなに密着するなんて聞いてないし!しかも近くの男子が藍の事を「可愛い」って言ってた。

 藍が可愛いのは確かだけど、アンタらに評価して欲しくないわっ。

 あーもう!本当にムカつくっ! 】


【昨日の夜はとっても悲しかった。本当は昨日の欄に書くべきなんだろうけど、昨日の所、いっぱいだったから。

 昨日の夜、藍は好きな人がいるって言った。

 嬉しく思うべきなのに、モヤモヤしている私がいる。

 いや、違う。その好かれている男子に嫉妬している私が、いる。

 私の大切な藍の関心を受けている男。

 あの子は私のクラスメイトの演劇部の人間と言っていた。私の情報力ですぐ見つけて、私の方に振り向かせてあげるね。

 藍は私のものなの 】


【男の人って本当に馬鹿ね!少し身体が触れる回数を増やしただけで好きになる。

 だけど今回は助かるわ。こうやって藍を諦めさせられるから。

 噂を流すように、いつもの子達に頼もうかな...。でも、最近お心遣いが...。

 自分でやろうかな........。 】


【藍が悲しそうな顔してた。多分、私の噂が立ったんだ。

 でも、これで藍は私のもの。私の、私だけのもの。

 そう思うと嬉しくて。また頼ってくれると思うとたまらなくて。

 私はあの子を撫でるの。 】


 ゾッとした。

 蒼の藍へ向けた歪んだ愛情に、それに気付かなかった自らの無知さに。その次の下部がちぎられているのに気付く。

 藍は震える指先で、あの時着ていた黒のワンピースのかけてあるクローゼットに向かい、それを見つけ、ポケットを探ってみる。見つかって欲しくないという思いに反して、それはポケットから出てきた。

 足はおもりをつけたように重く、脳内では警笛が鳴っている。しかし、手の動きは止まらず、そのページに紙を合わせた。


【ずっとずうっと、ずっとずっとずっとずっと一緒にいたいの。

 あの子のいない世界も未来も考えられない。

 大好きなんて言葉じゃ足りない。


 愛してるの 】


「あ......あ......」

 藍の手から蒼の日記が滑り落ちる。肌はもう既に鳥肌が立っている。

『どこ行くの、藍』

「っ!!?」

 ピタリと、藍の頬に人とは思えない程冷たい手が触れている。声色は優しくもねっとりと粘着質があり、耳を塞いでしまいたかった。が、身体は金縛りに遭ったように動けない。

「私の...気持ち、分かって......くれた?」

「あ.........や、やだ.........っ!」

 逃げたくても逃げられない。蒼の身体が藍が身体をきつく抱きしめ、ニヤリと笑う。











『ズうっと、ずウット......、一緒ニいテね?』








 ◆◇◆◇◆◇


「私は、別に他人の不幸は好きじゃない。人じゃないとしても、痛む胸くらいは持ち合わせているからな」


「重要な事はつまり、強い願いを持つ人間ならば、分け隔てたく叶える事にあるんだろう」


「まぁ、しょうがないんだ。人は皆、魂の上では平等だ。なら、全ての人間の願いを叶えないと、不平等だろう?」


「自分の願いで他人を不幸にする事だってあるんだ。そのくらいのリスクは負って然るべきだろう」


「今回は、私は一切手を抜いてない。文句を言われる筋合いは、他人はともかく、あの2人には無いだろうな」


「姉になりたいと望んだから、姉にした。妹と一緒になりたいと望んだから、魂を混ぜこませた。ただ、それだけの事」


「そろそろ次の人間が来る頃合いか」





 ようこそ、強い願いを抱えた迷える魂。

 さぁ、貴方の心の底から望む強い願いを、代償と共に私が叶えて見せよう。

 貴方が魂の底から願うならば。

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青の中の記憶世界 本田玲臨 @Leiri0514

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