最終章 蒼雨 -そうう-
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ピッ、ピッ、ピッ、と鳴り止まない無機質な電子音が耳に入ってくる。ゆっくりと、すっかり重くなっている目を開けた。目に入って来たのは、白いタイル張りの天井と電灯。そして、
「蒼ちゃんっ!!」
涙目と涙声で笑いかけてきた母親が目に入って来た。
「お......か、あ.........さ、ん?」
「あぁ、......蒼ちゃんっ!」
バタバタと白衣を着た男と2人の看護師らしき人物と共に、父親も走ってくるのが見えた。それを見てから、また彼女は意識を失った。
それからしばらくして起き、容態が安定してから、母親と父親から説明を受けた。
まず、どのようにして助かったのか。
あの雨の日、トレーニングの為に走っていた男子高校生が、偶然にも蒼と藍が池へ落ちる場面と音を聞いたのだという。それから警官や救急隊によって救出されたのだ。まさに奇跡のようなものだと、母親は彼女へ言った。
次に、藍の身体。そもそも2人の身体つきはよく似ているので、蒼と藍を見分けたのは蒼がよく身に付けていたブレスレットだった。藍の身体も勿論、懸命な搜索が続けられているが、見つけられたのは市販のカッターナイフのみだけだ。つまり、一緒に落ちたはずのもう1つの身体は見つかっていない。忽然と姿を消したのだ。そのカラクリは未だ分かっていない。
彼女もまた両親へ、どうしてあのような事になったのかについて、説明をした。所々感情の高まりがあったが、何とか全てを伝えた。それを聞いて両親は彼女の身体を強く抱いた。1人となってしまった、目の前で妹を亡くした彼女を慰めるように。
そして今、しとしとと雨があの日のように降っている。両親は彼女の為に下着や服を取りに家へ戻っている。
今日の夜の寂しさを超えれば、また朝には2人がやって来る。
彼女は身体を起こし、机の上に乗っている淡く色付いたブレスレットを眺める。
雨音がザァザァという音に混じって、ガサガサと砂嵐の音が鳴り始める。瞳を閉じると、あの光景がまざまざと思い出された。
『どうしたの藍。早く寝なよ。明日舞台があるんでしょ?』
『そうなんだけど...。緊張しちゃって眠れなくて...』
『学校でもやった事あるんだし、大丈夫だって!』
『でも学校の人以外が見に来るし......。ちゃんと出来るか凄く不安で...』
『もう......、心配性だなぁ藍は。じゃあこれ...』
『へ?』
『私の付けてるお守り、貸したげるっ!』
『で、でも!これ蒼ちゃんが本当に大切にしてるものでしょ?』
『それでアンタの事を守ってくれるなら、1日だけの不幸なんて跳ね除けちゃうわよ!』
『...ね、蒼ちゃん』
『んー?』
『明日の舞台が終わっても少し借りてていい?これがあったら、いい演技...、出来そうだから』
『......勿論!』
『本当、ありがとう。大事にするね、このブレスレット』
雨音が心なしか先程よりも酷くなった気がする。彼女はそう思った。そして、不意にあの言葉が囁かれる。
『返して。 私の記憶と名前 』
雨は好きだ。人の声も水も反射して耳に美しく入り、雨音が嫌な音を掻き消してくれる。2階の窓から下を見れば、花が咲いているように色とりどりの傘が開いている。雨上がり空と匂いは格別だ。
そして、雨の日が彼女の全てを変えてくれた。
「ふふふ......っ!あははっ......っ!!」
噛み殺すその嬉し笑いは、雨の音に奇しくも掻き消されてしまうのであった。
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