おめでとう僕の sweet baby

naka-motoo

おめでとう僕の sweet baby

「おめでとうございます!」

「ありがとうございます。感謝の気持ちを忘れずにこれからも精進します」


 プロアスリートの言葉じゃない。超狭量エリアで放映されるケーブルTVの小学生バスケット・ボール大会の優勝チームキャプテンのコメントだ。


 食傷する。

 なんなんだろうこれは。

「ぶっ倒してスカーッとしました!」

 などという本音のコメントをしたらどうなんだろう。

 この先の人生を言い訳でもしてるんだろうか、とすら思ってしまう。


「ねえ、バジル」

「うん、パスタ」

「バジルは感謝ってできる?」

「できない」

「だよね」

「パスタは、できる?」

「できない」

「わかる」


 バジルは僕の彼女。

 とてもかわいい。他の男どもは彼女のかわいさが全く分からなくって、バジルが幼稚園の頃から「ばい菌」と呼称してきた。

 そんな彼女は僕にこそ感謝するかもしれないけど、世の中に感謝などできるわけがないだろう。

 もしそれでも、「社会の恩恵を受けているだろ」とか抜かす輩がいたら、全力で全否定してやる。


『じゃあ、アンタがバジルの彼氏になってやれよ』

てさ。


「ねえパスタ。わたしってどうしてこんなにキモいのかな」

「キモくなんかないよ。現に僕はバジルと手をつないだりしてるでしょ?」

「うん」

「この間は夕焼けがきれいだったから思わずバジルを、きゅっ、て抱きしめたでしょ? 夕日がキミの頬をオレンジ色で撫でるようにしてたからさ」

「うん・・・」


 あ。

 かわいい。あの夕日の時の色みたいに頬を染めてるよ。


 僕らはこうして毎日街を歩いた。

 学校の帰り道や。

 その流れで図書館に寄った帰りや。

 それから夕食の準備が無い日は2人でハンバーガーショップでコーヒーを飲んだり。

 あ、ハンバーガーショップのコーヒーも最近はとてもおいしいよね。


 今日もその逃避の街歩きを最後の抱擁で別れるはずだったんだけれども、抜け出ようとしたショッピング・モールのイベントエリアで声をかけられてしまった。


「おめでとうございます! 今日は 『#恋人の日』でタグ付けられてるんです。よろしければこちらのブースで他の恋人のみなさんと一緒にゲームに参加なさいませんか?」

「いえ、いいです」


 バジルが即答すると、そのイベント運営を任されている、多分地元の零細イベント企画会社のスタッフ兼社長ぽい女性MCが、周囲に聞こえないように、ぼそっ、とつぶやいた。


「人数足りないのよ。参加しろよ、このばい菌が」


 かわいそうに、バジルが一瞬で泣きそうな顔になったよ。

 僕は言い返した。


「出てやるさ。で? 僕らが他の恋人どもを蹴散らしても文句は言わないんだよな。いや、言えるはずないよな」

「キモいくせに威張んないで。こっちは商売かかってんのよ」

「こっちは人生かかってるんだ、このぬるま湯野郎が」

「女に向かって野郎とか言うなこの野郎」


 僕とバジルはそのMCと合意の上でイベントブースに乗り込んだ。

 ゲームはごく簡単だ。

 ステップを踏んでリズムをクリアする、ゲームセンターにありがちなゲームをペアでやって、最低点のペアが罰ゲームとして公衆の面前でキスをする。


「では、スタートしてください!」


 僕らのほかに恋人どもは二組。

 ステレオタイプのかわいさしかない男女どもだ。


 三つの画面が並ぶフロアで三組がそれぞれに密着しながらゲームをこなす。

 みるみる他のペアの得点が上昇していく。


「パスタ、どうしよう、負けちゃうよ」

「バジル。負けても別にいいでしょ?」

「でもパスタ。わたしたちまだキスしたことないよ。ていうか、わたし生まれてからキスしたことないよ」

「僕だってそうさ。見せつけてやればいいさ」


 ゲーム終了。

 大差で僕とバジルの負けだった。

 失笑する会場。


 僕とバジルのファーストキスなど、キモくて誰も見たくないんじゃないかと思うでしょ?

 違うんだよ。

 キモいからこそ、見たいんだよ。

 おぞましいからこそ見たいんだよ。

 限りなく憐れで不幸なキスだ、って思うから見たいんだよ。


 ほら、よくあるでしょ?


 いじめの現場で、「いじめられっ子の男女同士を無理やりキスさせる」っていうあのやり口。


 あれを僕とバジルのそれに期待してるのさ。


 愚民どもめ。


「おめでとうございます!・・・でいいんですよね、みなさん」


 MCがふざけたコメントをする。きっとこいつは小中高の12年間、いじめる側だったに違いない。


 おめでとう。


 空虚な言葉だ。

 おめでたくもない僕とバジルを揶揄しようとする言葉。


「さあどうぞ」


 そう無機質につぶやくこいつらの期待を裏切るために、僕は、バジルへのファースト・キスを、演出するんだ。


「バジル。大好きだよ」

「パスタ・・・」


 僕はバジルの髪のうなじのあたりを少しだけ搔き上げてそのまま今度はショートの髪を手のひらで柔らかく包み込むように撫でてあげた。

 あ、とかすかな声を漏らすバジル。

 恥ずかしさのあまり目をつぶってしまった。


 バジルの頬を両手で挟んだ。

 でもすぐに唇には触れない。

 最初に彼女の顎のラインを指でなぞる。


『くすぐったい』


 身をよじるバジル。

 僕はこの儀式の中で、衆目の視線を感じ始める。

 男どもの視線だ。


 明らかにバジルの仕草や表情に反応している。


 今頃気づいたのかお前ら。


 バジルがかわいい、って。


 残念だったな、もう取り返しがつかないよ。

 お前らがずうっとばい菌呼ばわりしてきた、バジルを含むすべての女の子たちにまず謝れ。


 そして、死ね。


 僕はバジルの細い腰を、自分の手の指を組んで引き寄せる。

 バジルの上半身もそれに合わせて引き寄せられる。


 馬鹿どもが。


 お前らがばい菌呼ばわりしてきたその女の子のな。

 その可憐さを引き出す度量すらないお前らの方がクソなんだよ。


 僕は違う。


 僕は最初からバジルの煌めきに目を射られてたんだ。

 そしてバジルの女の子としての身体の魅力、輪郭の魅力、切り離した顔のパーツの魅力、性格の魅力、残酷さも含めたココロの魅力。

 全てを自在に引き出せるぜ。

 お前らみたいな無能な男とは違うのさ。

 そして、自己弁護のために別の女子をキモいと仕立て上げる女どもとも違うぜ。


 バジルは切なさのあまり、足もガクガク震えている。


 かわいい。


 この、恥ずかしさの極限のような紅をさした頰と、もうどうなっても構わないと覚悟した、凛としてそれでいて眉間にすこし苦悶を残す目の表情。


 けれども僕は彼女に恥をかかせる気はない。


 目を閉じて、唇でなくって、バジルの鼻の頭に、ちょん、とキスをした。


「おおおおおおっ!」


 会場がどよめく。

 指笛を吹く輩がいる。


 バカか、おのれら。


「おめでとうございます」


 もう1人バカがいた。

 この無能なMCめ。

 何が目出度いんだ。


 僕がわざとMCを無視すると会場の拍手喝采の中、もう一度、今度は大きな声で僕たちに言ってきた。


「お、 おめでとうございます!」


 僕は口角を引き上げて言ってやった。


「アンタの頭がな」

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