遅えんだよおめえら!! と誰もが叫んでいるようです。

志賀福 江乃

第1話

「聞けよ! 俺彼女出来たんだぜ!」


「へぇ、良かったじゃん」


 飄々と答える彼女は全く持って焦らない。少しくらい焦ろよ!! と心の中でもやもやする。表情一つ変えず、こちらも見てこない。あーもう、可愛くないやつ!! いや、見てくれだけはこいつは可愛い……、どちらかというと綺麗なタイプか。スッキリとまとめられた艷やかな黒髪ポニーテールは揺れるたびに、クラスの男子の男心を揺れ動かすし、整ったな横顔は、授業中ガン見するやつが大多数。美しい所作で、プリントを回すくせに、回すとき、ん、と小さく促す声は少し男らしくてギャップがやばいらしい。つまり、こいつはムカつくほどモテる。その上運動も勉強もなんだってできる。俺が勝てたことは一度もない。何かしらで勝って、認めさせたいが故に、俺は何かしら常にこいつに自慢していた。自慢しても、飄々とへぇ、と返されるのがオチだが。



「んで? 今回はどんな子? 声優さんは?」


「画面越しじゃねえっつうの!」


 相変わらず、こちらに顔を向けてくれない。あーくそ、興味なしってか? 俺が先に彼女を作って、悔しそうなお前の顔を見てやろうと思ったのに!


 焦るどころか、呑気に小説なんか読んでやがる。読んでいる本は江戸川乱歩の『芋虫』。しかも! ご飯を! 食べながら! どうしてそんな芸当ができるのか。俺がご飯を食べながらその本を読んだら間違いなく吐くね。それか、もう食べれなくなる。


 俺に告白してきた子はまぁ、それなりに癒やし系のかわいい子だった。俺の隣にいる、ツンケンした冷たい態度の奴とは違って。ふわふわした焦げ茶の髪の毛を揺らして、目を潤ませ、精一杯告白してきた女子。そんな、全男子の憧れの告白、断れるわけなかろう!!! とりあえず、ハイテンションでOKしたが、浮かんできたのはこいつの顔だ。別の子に告白されたのにまっさきに浮かぶのがこいつでほんの少し申し訳なく思ったが。報告したらどんな顔をするだろう、とにやけてしまった。それなのに! こいつはもう見事な仏頂面。


「なんだよお前その態度……悔しがれよ……」

「スゴーイ、ヨカッタネー」

「悔しいのか? 悔しいだろぅ!」


 明らかな棒読みで返してきたので、顔を覗き込んでにやにやとアピールする。それでも、こいつは眉の一つも上げない。あークソ、今回も完全に負けだ!


 くそー、と呟くと、彼女がピクリ、と耳を揺らした。耳をピクリと動かすのは彼女の癖だ。何かに気づいたとき、何か面白いものを見つけたとき、そんな癖が出る。幼馴染の俺はその癖がでると、めんどくさいことに巻き込まれるのを知っていた。じんわりと冷や汗をかいてくる。彼女は、ふぅ、と息を吐くと悪役令嬢が浮かべるような綺麗でニヒルな笑顔をこちらに見せた。やっと顔を見せたが、その目は好奇の炎を宿している。


「あぁ、なるほど、お前は私にこう言ってほしいのね、『おめでとう』と」


 がらがらがら、と何かが崩れる音がして、同時に違う!! と叫んでしまった。顔にかぁっと熱が集まる。彼女は、今までの余裕な笑みではなく、ほんの少し、驚いたように目を見開いた。


 その瞬間、俺は理解してしまった。それと同時に今まで気づかないふりをしていた気持ちが溢れて溢れて、抑えきれなくなった。


 





✾✾✾






「聞けよ! 俺、彼女出来たんだぜ!」


 私は、淡白な声でへぇ、と返す。彼はほんの小さくちえっ、と舌打ちをした。


 彼は、どうやら私の悔しがる姿が見たいらしく、度々、自分の方が上だ! と感じたものがあると、すぐ自慢してくる。子供のように私と競り合おうとするのだ。そして私はそれを冷たく突き放している。くだらない、くだらないが、







 ………あぁ本当に、可愛らしいやつ! 私は、彼がちーん、と意気消沈して、悔しがる姿が捨てられた子犬のようで大好きなので、今日も今日とてその姿を拝もうと決意した。


 話を聞くに、本当にリアルで彼女ができたらしい。こいつの良さがわかる人が現れるなんて、と感動したが、表には出さない。こちらをどう? 悔しいだろ!? 悔しいだろー!! とぴょこぴょこする彼はうーん、可愛い。なんだ、かえるなのか貴様は。可愛いがすぎる。愛でたい。撫でたくなるような柔らかい髪の毛に、まだ私より少し大きいくらいの背丈、顔は高校生だというのに幼さを隠し切れていない。純粋な瞳とコロコロと変わる表情はまさにTENSHI☆


 私の幼馴染が今日もかわいい! 冷たく突き放されてしゅん、としているのかぁっわい! 私はもうこの反応が見たくて冷たくしている。『芋虫』読んでねぇと顔がにやけてしまうぜ……!! 江戸川乱歩大先生今だけお力を!



 ぶぶぶ、と小さくポケットが振動した。彼に見えないようにこっそり、スマホを見ると、私の友人からであった。『彼に告白したら、オーケーされたんだけど良かったの??』と来ていた。すぐさま『後でフっとけ』と送る。この告白が私の悪戯だと気づいたら、彼は悲しむだろうか。悔しく思うだろうか。あーごめんね、でも素直に騙されちゃう君が好きい! 可愛い! 天使! あー、幼馴染に生まれて良かった!


 私の心の中の某ブルゾンが決めポーズしたところで、いいことを更に思いついてしまった。彼はこう言われたら、悔しがるだろう、と思い、思わず口角があがる。もしかしたら、レアスチルな、『顔を真っ赤にして怒る』コレクションが増えるかもしれない! ワクワクとした笑みを必死に抑える。抑えようとしすぎて、不気味な笑みになったのか、彼は若干、目に怯えを浮かべさせる。


「あぁ、なるほど、お前は私にこう言ってほしいのね、『おめでとう』と」


 そう私がいった途端、彼はガバッとたって、違う! と叫んだ。体を震わし、ほんの少し涙目で、でも、今までにないくらい、悲しそうな表情をしている。私は心の底から驚いてしまった。なにせ、彼はこうやって大声で怒鳴るなんてことしてきたことがなかった。


 私が悪戯をしても彼は笑って許すか、ほんの少し悔しそうにぽかぽかとこちらを叩いてくるくらいだったからだ。どうしよう、どうしよう、と珍しくぐるぐると視界が回った。彼を怒らせてしまった、うん、でも流石に友達を仕掛けるなんて、過ぎた悪戯だったかもしれない、どうしよう。でも、どうして、おめでとうが、違うのか。素直におめでとうと言ってほしかったのに、素直に言わなかったからか。


 私が困惑しながら、恐る恐る彼を見上げると、彼は顔をりんごのように真っ赤にしていた。んあー!?!? どうしたの!? 可愛い〜!!! レアスチルゲットォオオ! と叫びそうになるのを必死に抑え、ごめん、と口を開こうとしたそのとき、彼が突然近づいてきた。



 ふに、と柔らかいものが唇に当たった。



「へ……!?」


「あー、くそ、やられた、気づかされたよもう」


 ぶわぁぁと顔が沸騰しそうなくらい熱い。もう、彼の顔を見ている余裕もなかった。ただの愛でる対象だった、彼が突然バリンと私の領域をぶち壊した瞬間だった。











 真っ赤な夕日に、二人の影がもう一度溶ける。カラスがカア、と二人に祝福をあげ、どこかで見ていたらしい彼女の友人兼彼の一瞬の元カノが、『おめでとう』と拍手をしている。通りすがりのクラスメイト達が『おっそ……』と呟き、担任が『今なの!?』と驚く。学校の裏掲示板では、『エンダァァア!』と言う文字がスレが終わるまで続いた。





 すれ違いまくりカップルが長年の時を経てやっと爆誕したのである。











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遅えんだよおめえら!! と誰もが叫んでいるようです。 志賀福 江乃 @shiganeena

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