最後の言葉 ~あれから~

森乃 梟

第1話

「タクヤさん、おめでとう!」

「マム、おめでとう!」

「かんぱーい!」

カチンという音を立てて、グラスが当たる。

テーブルには僕とマムが作った料理が所狭しと並んでいる。


「タクマさん、タクヤさん、本当にありがとうございます。お二人とも随分、変わられました。私は嬉しいです。今日はタクヤさんの旅立ちの日でもあります。私は、タクヤさんを誇りに思います。」

マムは、心なしか憂いを秘めて、微笑んでいる。



 あれからの僕達は、設定を少し直したりしたけど、初期化をせずに十七年頑張ってきた。(つまり、Mam07は、十七年も「離婚」を言い出さなかったのだ 。)


 父さんも僕も、食事やお弁当を残さなくなった。

今やすっかり健康そのもの。 

これはマムのお陰だ!


 今の僕は、料理が大好きだ。

 何が栄養があり、何が油と言われるものと相性が良く、何が水溶性の栄養分としての溶け出すのか、マムの知る限り教わってきた。

マムの中には、料理の本が2300冊分記憶されていて、その中から五十くらい、調理しやすいモノをマムが選んで教えてくれた。


 洗濯物もちゃんと仕分けして、きちんと畳んで洗濯カゴに入れるようになった。

整理された心地の良さを、僕達はマムから教わった。


 快晴の日に洗濯物を干すのも楽しい。

「タクヤさん、仕事を取らないで下さい。」

何度もマムを困らせた。


 最近の僕は、柔軟剤入り洗濯洗剤にも興味を持っていて、どれが一番汗の臭いを消してくれるか研究中であるが、マムオリジナルの調合が一番だと思っている。


 そして、寝起きで脱ぎ捨てて廊下にあったパジャマも、今ではベッドメイキングした枕元に置いてある。

寝起きに片付いているのは、なんと気持ちの良いコトだろう。


 洗ってくれた洗濯物は、すぐに部屋のクローゼットに片付けている。

そのお陰で、翌日のコーディネートも困らない。


「全部、マムのお陰だよ!」

僕は言った。

「そんな、お二人の覚えが良かったからです。」

マムは謙遜した。


 我が家のマムは素晴らしい!

当時、Mam11が最新だったが、父さんの費用が足らず、我が家にやって来たのはMam07という古いタイプだった。

型が古い分、すぐに癇癪を起こし、そしてすぐに「離婚」を口にしたらしい。(Mam-Typeに「離婚」と言われたら、初期化させるか設定を変えるしか無かったのだが、うちのMamの初期化は幸い九回で済んだらしい。)


これは、父さんと僕の努力の賜物だ!

(かなり慎重に設定したからなのだが…。その後も父さんは設定を替えたりしていたようだ。)


 その甲斐あってか、マムはどんどん自己成長を果たし、すっかり我が家の大切な存在になっていた。


 一般的には、マムの記念など祝う家は無いと聞く。

しかし、我が家では特別だ!

なにしろ、マムがやって来て25年になるからだ!

(他の家では、もっと早くに壊れるか、その前に買い換えるかしているらしい。)


「マム、いろいろとお世話をしてくれてありがとう! マムにはたくさん教えてもらったね。ありがとう」

僕が言うと、父さんも口を開いた。


「Mam07、今まで本当によく保ってくれた。 もう、無理しなくてもいいぞ。ありがとう。」


 父さんの声を聞いたマムは、椅子に座ったまま嬉しそうに笑い、ギシギシと音を立て始めた。


「父さん?」

「タクヤ、今日はお前の旅立ちの日だね。」

ぼくは無言のまま、コクりと頷いた。

「お前は知らなかっただろうが、Mam07は、20年しか稼働出来ないんだよ。 」

「でも父さん、マムは!」

「ずっと、お前の旅立ち日迄は頑張るんだと、自分でパーツを替え、海賊品を使い、時には私に頼んで部品を取り替えさせて、今日まで頑張ってきたんだよ。」

「そんな!」

「五年前位から、Mam07はお前に一人立ち出来る様々なことを教え始めただろう? 」

「うん…。」

「そうすることで、自分で動く必要がなくなり、Mam07の寿命を延ばしていたんだよ。 」



 この星の人類は、雌雄同体で一人で子供を産めるが、子供を育てていくにはMam-typeか、Dad-typeのAI が必需品なのであった。

そして、旅立ちの日に親元を離れ一人立ちをする。


「タクヤ、お前はどちらを選ぶつもりだ?」

 父さんが、僕に男女のどちらの性を選ぶのか確認している。

「父さん、僕は女になって、マムみたいなお母さんになるよ!」


 それを聞いたマムは嬉しそうな目をして、涙を流しながら、

「タクヤさん、ありがとう…。

旅立ちの日、お…めデ…と……ゴザ…イ…マ……す……。」と言ったまま、動きを止めた。


「マム、今日までありがとう。ぼ、いや、私はマムみたいな母親を目指すよ。二十五年もありがとう。」

動かなくなったマムの肩に手をやり、ゆっくりと話し掛ける。


 玄関迄、見送ってくれる父さんを振り返りながら、私は涙をこらえ《旅立ち》の為に扉を開ける。


「タクヤ、旅立ちの日、おめでとう。」

「タクヤさん、旅立ちの日おめでとうございます。いつでも里帰りして下さいね。」

心の中でマムの声が聞こえた。

         

         終わり




 

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