鸚鵡

余記

第1話

おめでとう

おめでとう


そんな、祝福の言葉がそそぐ中、俺たちは結婚した。

周りの同僚たちがうらやむような―――いわゆる、逆玉だった。


旧家のお嬢様の彼女、そしてまぁ、よくある一般家庭の俺。


そんな俺だが、彼女の親に結婚の許可を求めに行った時、意外とあっさりと結婚を許されたのだ。

他に兄がいて、彼女自身は、家を継ぐ必要の無い立場にあったためらしい。

ただ、ひとつだけ釘をさされた。


本家に対して、口をはさまないこと。


ある意味、勘当みたいに思えるが、後継問題も無くなるし、なにより愛する娘に幸せな家庭を持って欲しい、という父親の願いでもあったらしい。



***



「いい加減にしてよ、あなた!」


娘との結婚祝いに、という事で、ちょっとした屋敷を貰って新婚生活を始めたのだが、幸せな時間は長く続かなかった。


「もう、一ヶ月も引きこもったままよ!」


勤めていた会社が倒産し、その後の事業に、と集めてあったはずの資金を友人と思っていた奴に持ち逃げされ―――ちょっと、と思って手をつけた酒。

ふと気がつくと、もう一ヶ月経っていたのか。


「もう、意地を張らないで、お父様にお仕事を都合してもらいましょ?」

「うるさい!俺は、自分の力でなんとかするんだ!」

「そんな事言って・・・もう、一ヶ月経ってるのよ?」

そう言って、妻は握ったグラスを取り上げようとするが、すばやく避ける。

そんな俺に、妻はため息をついた。



『オメデトウ。オメデトウ。』

そんな所に、妻が飼っているペットのオウムが鳴き声をあげる。

「あら、スピカ。お腹が空いたのかしら?」


「なんで、そのオウムはこんな時におめでとうとか言うんだ?」

気が滅入っている時にそんな事を言うオウムに対していらだって言う。

「なんかね、結婚式の時にいっぱいごちそう食べてたから。その時の言葉を覚えちゃったのかな?」

少し、遠い目をして話す妻に、ますますいらだちを覚えた。



***



「あなた。もう、私、実家に帰らせていただきます!」


あれから、さらに三ヶ月。

相変わらず酒に入り浸っていた俺に、妻がそんな事を言った。

「本当は、置き手紙を置いて出て行こうとしたんだけど、今のあなたを見ていると耐えられなくて。

せめて、私が出て行った後は、真面目に生活してね。」

そんな事を言って、手に持った手紙を見せる。


「待てよ!お前まで、俺を捨てていくのか?」

会社が倒産した時。

友人と思っていた奴が姿を見せなくなった時。

今までの鬱憤うっぷんが吹き出すように思い出される。


と、思わず知らずのうちに、妻に掴みかかっていた。


「あなた!一体何を?」


吹き出した怒りの為に、目の前が赤く染まる。


「あなた!やめて!」


何をしたのか覚えていない。

気づいたら、妻が動かなくなっていた。




さぁっ!と血が引くのを感じる。

思考が止まってしまった頭の中で、「幸い、血が飛び散るような事にはなっていない」などという考えがこだましていた。


そんな中、無理やり、当面の心配事に思考を向ける


死体、どうしよっか?


ふと、この屋敷に来た時に見つけた地下室と、以前に屋敷の裏手を修理した時に使っていたモルタルの残りがある事を思い出して、行動に移した。



***



「ですから、お義父とうさん。佳子よしこは実家の方に帰っているはずなんですよ。

私が気づいた時には、この手紙を残していなくなっていたんですから。」

「ええい!義父ちちと呼ぶな!佳子を幸せにする、と聞いていたから、お前にやったはずなのに!」


いつもなら、年二回―――盆と暮―――には必ず帰ってきていた、という娘を心配して、うちにやって来た義父。

だが、そこで聞いたのは、実家に帰ったはずの娘の話。

そして、彼女が直に書いた「実家に帰らせていただきます」という手紙。


バレるはずが無い。そう思っていた。

不意に、悲鳴が聞こえるまでは。


『きゃぁ!』


突然、聞こえる女性のものらしい悲鳴。

「なんだ?まさか、佳子か?」

義父が老齢にも関わらず、すばやい動きで悲鳴の方向へ走りだした。

慌てて追いかける、いかつい体の護衛たち。


なんだ?今の悲鳴は?

思わぬ事態に、思わず固まる。

もちろん、今、この屋敷には女性はいないはず。


はっとして、慌てて義父の後を追いかける。

大丈夫だ。

探しても、は見つからないはず。



***



義父を追いかけると、の地下室に着いた。


「聞こえた方向からすると、ここの辺りかと思うんだが。」

だが、そこは何も無い部屋だった。


「お義父とうさん、ここはずっと使っていませんよ。」

「おかしいな。」

辺りを見回してつぶやく。




だが、その時にまた、あの声が聞こえてきたのだ。




『あなた。もう、私、実家に帰らせていただきます!』

『本当は、置き手紙を置いて出て行こうとしたんだけど、今のあなたを見ていると耐えられなくて。

せめて、私が出て行った後は、真面目に生活してね。』

『待てよ!お前まで、俺を捨てていくのか?』

『あなた!一体何を?』

『あなた!やめて!』

『きゃぁ!』



「おい!この壁の向こうから聞こえてくるぞ!」

そんな事を言う義父の声に、護衛たちが、壁を崩す。



すると、壁の向こうから妻の死体と―――いつの間に入り込んでいたのだろうか?―――妻が可愛がっていたペットのスピカが出て来たのだ。


呆然とする、義父と護衛たち。

そんな中、スピカの声が響いた。



『オメデトウ』

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鸚鵡 余記 @yookee

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