2人ともおめでとう
あがつま ゆい
2人ともおめでとう
……ここはどこだろう?
気が付いたら潮風がふいている港町に俺はいた。活気があるのか人でごった返しているくらいには栄えているようだ。
ポケットに手を突っ込むと、財布と車のカギ、それに乗船券が入っていた。チケットには俺の名前が入った特別製だ。
「30分後、船が出港します。ご乗船する方は今のうちに乗船手続きを済ませてください」
街頭のスピーカーからアナウンスが流れる。なぜかは分からない。だが俺はその船に乗らなくてはいけなかった。それだけははっきりとしている。
船へと足を急がせる。だがとある女子高生とすれ違った際に、とんでもない事が起こった。
「痴漢です! この人痴漢です!」
その女子高生はすれ違うといきなり俺の事を痴漢呼ばわりする。当然、騒ぎを聞きつけた警官が飛んできて交番へと連行される。
「だから俺は触ってないって! コイツの服を調べろ! もし俺がやったなら俺の服の繊維や汗がついてるはずだ!」
俺は何度も無実を主張するがもめにもめて何とか身の潔白が認められたのは1時間後の事だった。当然、船はとっくに出て行ってしまった後だった。
「ヒャッヒャッヒャッ。残念じゃったの。船はとっくに出て行ってしまったよ」
念のため受付に行っているものの、受付嬢としてはいささか年増な老婆から無情な言葉が出てくる。
「クソッ! あの女のせいだ! あーあ。チケットが無駄になっちまったよ。再発行するにはどうしたらいい?」
「その時が来ればまたここへチケットを持った状態で来れるから心配するな。いつになるかはわからんね。明日かもしれないし、50年後かもしれない。それまで外で待つことだね」
俺はハァ。と大きなため息をついて受付を後にする。船には乗れなかった。これからどうすればいいのだろうと思いながら。
とぼとぼと歩いているとさっき俺を痴漢呼ばわりした女が待っていた。
「おいお前! どうしてくれるんだ!?」
「あの船に乗ったらママが悲しむじゃない! ママを悲しませたらあたしが許さないからね!」
「ママ? 何でお前のママの話がでる?」
急に母親の話をし出した女をにらみつけるように見ると、ある事に気づいた。彼女の顔は確か身近な誰かと、それに俺に少し似ている。
「お前、一体何者なんだ?」
「あっちに戻ればまた会えるよ。会えるのは……10か月後かな? パパ」
「パパ?……お前まさか!」
そこで急に意識が途切れた。
気が付くと俺は病院のベッドの上で寝ていた。点滴だの呼吸器だのといったケーブルが俺の体にまとわりついている。
そうだ。思い出した。俺は彼岸で墓参りをした帰りの車で、対向車線をはみ出した車とぶつかったんだ。妻は後部座席で無事だったが俺は車と正面衝突したせいで……。
「あ! 先生! 患者が目を覚ましました!」
「おお! 目が覚めたのかね!? いやあよかったよかった! キミは覚えているかね? 飲酒運転をしていた車に追突されて、一時は生死の境をさまよっていたんだぞ?」
「そうだったんですか。治療してくれてありがとうございます」
しばらくして、1人の女が俺の元を訪ねてきた。その顔は、あの時の女子高生にそっくりだった。
「あなた!」
妻はそういって大粒の涙をボロボロとこぼす。
「泣くなよ。化粧が崩れるだろうが」
3月の頭に結婚したばかりの新妻。そこへ新婚生活をぶち壊す事故。全てがつながった。
やがて治療は順調に進み、退院の日を迎えた。妻がお祝いの言葉をかけてくる。
「退院『おめでとう』」と。
俺はその言葉に返して言った。
「妊娠『おめでとう』」と。
2人ともおめでとう あがつま ゆい @agatuma-yui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます