理不尽な記念日

空音ココロ

普通にしていればきっと可愛い

「おめでとぉぉーーーござぁぁぁーーーーいぃぃまぁぁーーーす」


 大きな声に驚くと同時に拍手が沸き上がる。


「何? これ何?」

「何って、今日は3周年じゃないの」

「え? 何の?」

「忘れたの? 忘れたのなら思い出していってらっさい、ホームラン!」


 カキーンという盛大な効果音が部屋に鳴り響くと同時に僕は部屋からつまはじきにされた。

 体が吹っ飛んでいる、まるで竜巻にでも乗りこまれたがれきのようにどんどん高く、遠くへと運ばれていた。ビュンビュンと激しい風切り音が耳から離れない。

 高さとスピードにジェットコースターに乗った時のような浮遊感、思わず大きな声が出た。


「うぁわわぁぁぁーーーーー!」


 怖くなって目を閉じた途端、急に静寂が訪れた。

 浮遊感はなくなり、地に足がついている感覚。

 恐る恐る目を開けると「まだ駄目!」という厳しい口調の声が聞こえた。

 え? 何が? と思って目を開けようと思ったが、手で目隠しをされてしまった。


「もう、せっかちなんだから。みんなもういい?」

「OKだよ」

「それじゃ、目開けていいよ」


 あ、目を開けるかどうかだったのかとようやく分かったが、そういう話じゃない。今どこにいるんだ?


「おめでとぉぉーーーござぁぁぁーーーーいぃぃまぁぁーーーす」


 再びのおめでとう。

 そして盛大な拍手。

 これはもしやデジャブか。

 今度はどうやって答えたら正解なのか考えてみるが、考える時間がなさ過ぎて言葉が出ない。


「今日は何の日か覚えてる?」

「今日? 三周年だろ?」


 何のかは分からないけど、とりあえず話を合わせようとする。


「今日は2周年よ! 三回忌みたいな数え方してるんじゃないわよーー! ホームラン! カッキーーン!」

 

 理不尽だ。

 至極理不尽である。

 全く覚えていない。ヒントすら無い。

 それにしても2周年って、まるまる1年飛ばされてきたようだ。ということは次は1周年ってことか。そこでもう1回飛ばされたら何の日かちゃんとわかるんだろうけど、この飛ばされ方嫌なのでそれまでに思い出したい。


 2度目となると多少タカをくくっているのか、叫び声は上げていなかった。

 いや、むっちゃ怖いんだけどね。地に足がついていないのって恐ろしい。空を飛びたいとか言ってる人は変態だよ。ほんと、信じられない。

 なんて考えていたらフクロウがやってきた。

 こんなところにフクロウ? なんかちょっと可愛いかもと思っていたら、


「私はトリだよ!!!」


 理不尽だ。

 あんたフクロウでしょ。どっからどう見たって。

 それなのにトリとか言って否定されるのってどういうことなんだよ、ホームランって俺がやりたいけど手には何も持ってない。


 さて、トリにまでぶったたかれた後に目を閉じたら、また地に足がついた感覚が戻ってきた。

 どうやらこれがこの世界のルールらしい。いったい誰が考えたんだか。あれか? 目を開けようとするとまた目隠しか? とか考えながら目を開けてみる。

 あ、今回は何にもない。


 目を開けたがそこは真っ白な部屋だった。

 と思って周りを見渡そうとした瞬間に、


「おめでとぉぉーーーござぁぁぁーーーーいぃぃまぁぁーーーす」

「あ、きた」

「は? あ、きた。じゃないわよ」

「だって来たんだもん」

「来たんじゃなくて、来させられたんでしょ」

「まぁそうかもしれないけど」

「それで答えは?」


 いきなりか。

 つか、2周年と1周年はつながってるのか? まるで来ることがわかってたみたいな口調だ。しかも来させられたとかさ、ん~。どういうことなんだろう。

 しかし今日が何の日だったのか全く思い出せない。

 何かの記念日?

 ん~、それを忘れるはずはないんだけど、はぁ、そしたらここはなんて答えればいいんだろうなぁ


「さては君、忘れているね」

「申し訳ありません」

「そっかー、それじゃあ仕方ないね」

「ホームランしますか?」

「ホームラン? なんのこと? まぁいっか、ところで聞かないの?」

「教えてくれますか?」

「善処しよう、ちょっとそこに座り給へ」


 そこと指定されたであろう地べたへと座る。


「そこじゃない、こっちだこっち」


 そういうと彼女は自分の足をぱんぱんと叩いた。


「えぇー、そこって言ったじゃないですか!」

「そこはついさっきここになったのだ」

「意味が分からん」


 もう意味なんて求めてはいけない。そんな気になっていた。


「では瀬崎団十郎くん」

「いいえ、私は桂木槙之助です」

「そっか、では近藤小五郎くん」

「どこの新選組だよ」

「まぁそう硬くなるな。緊張するとうまくいかないぞ。リラックスが必要だ」

「人をとんでもないところに座らせておいてよく言う」

「では、ヒントその一。3分しか時間はないので迷ってる暇はないぞ」

「それなら早くしてください」

「なんだ? 君は柔らかな乙女の肌に触れて何も感じないと、そう絶叫するわけか」

「絶叫もしないし、何も感じてないはずがないじゃないですか」

「な、なんだと! 君は私を座布団にしてとんでもないことを考えていたんだな、あぁ、もうお嫁にいけない。ちゃんと責任取ってくれ」

「いや、そんな子芝居はいいんで、ヒントをちゃんと教えてください」

「残念、時間切れでしたホームラン! カッキーーーーン!」


 やはりな。

 多少の予想はしていた。

 どうせ教えてくれないんだろ? こんなシチュエーションがあった気がする。うん、ちょっとずつ思い出してきた。理不尽なシチュエーションにこそ愛が生まれるとか言っていた馬鹿が一人思いつく。


 時は3年前、コンビニに行った帰り道、いつも通りの高架下を潜り抜けたところ、怪しげな人に声をかけられた。

 そこからはあまりはっきりと覚えていないが、いいからいいからと言われて知らない部屋に入っていた。


 真っ白な部屋へ通される。

 上下左右、調度品もすべて白。

 気付くと隣に立っていた怪しげな人も真っ白になっていた。


「ようこそいらっしゃいました、はじまりの部屋へ。ここからあなた色に変わる瞬間をどうぞ」


 部屋の奥にある扉の取っ手に手をかける。

 振り返って白い人の顔を見るとにっこりと笑っていた。

 開けろということなのだろう。俺はそう受け取ってドアを開けた瞬間に


「おめでとぉぉーーーござぁぁぁーーーーいぃぃまぁぁーーーす」


 うおぉぉぉい!! いきなりなんだよ。


「あなたは私の彼氏、1番目に選ばれました。ちなみに2番目を用意しろと言われても用意できないのでもうあなたしかいません」

「って、芳香さん。こんなことしてどうしたの?」

「今日は何の日か覚えていますか?」

「えっと……」

「ブッブー、時間切れでした」

「早すぎ」

「これは即答できないとダメです」

「えー、ヒントくらい下さい」

「善処します。ではここに座ってください」

「そこじゃない、ココです。ココ」

「ココって、いやちょっと。恥ずかしいって」

「座らないと教えてあげません」

「わかりました。降参します」


 そうでした。そうでしたね。

 聡美くんのヒットポイントはもう1しか残っていません。

 次にホームランされたら終わりでしょう。

 またやってきました。

 ついにはじまりの時ですね。


「さて、聡美君、ここで答えられないとゲームオーバーです」

「そうですね。この理不尽問題、答えは一つしか思いつきません」

「記念日です。いいですか? 記念日ですよ」

「そうですか、記念日なんですね。せめて5択くらいにしてくれませんか?」

「嫌です。このゲームに勝ったら俺、告白するんだ! とか言ってくれるんだったら考えます。あ、あと答えは紙にペンで書いてください。それがルールです」

「それ死亡フラグですけどいいんですか? 死んでもいいんですか? 別にいくらでも言いますけどいいんですか? それと紙にペンで書きたいけど、紙とペンをいただけませんか?」

「ダメです。死んではだめです。告白することは許しましょう。そして紙とペンはありません、よって答えが正解でも聡美君の負けです」

「理不尽です。とても理不尽です」

「3年後に紙とペンを用意しておきますね。その時はちゃんと答えてください」

「長すぎます。忘れます」

「忘れたらまた最初からやり直してください」


 なかなか手強いというかただの理不尽。

 もうどうにでもなれと思うけど、答えだけは言っておかないといけないだろう。


「今日は芳香さんが私を初めて名前で呼んでくれた日です」

「正解です。ただし紙に書いていないので失格です」

「それは始まりが氏名をメモに書いたというだけだと思います」

「そうだとしても初めの一歩です。告白するのは許します。そして別に宣言しなくても良いです」

「そうですか、宣言しないなら告白して死ぬことはないですね」


 僕はPC画面から目を離して横にいる芳香さんの顔を見た。


「どうかな? このゲーム」

「……。このゲームの売りは何ですか?」

「好きな人の名前を入れてホームランできること」

「その心を教えてください」

「ジャストミートで私のカップに彼のハートをキャッチ」

「それはきっとホールインワンです。そして心は分かりませんでした」

「何が分からないのでしょうか? 私の愛は不変です。爆発してぶっ飛んで行ってしまえと言われたら迷わず聡美君と一緒を選びます」

「重いです。飛びたくないので、普通でいましょう」

「わかりました」


 普通にしていればとてもかわいいのだ。

 そう、普通にしていれば。


「聡美君、フクロウが欲しいです」

「ありません、あれは抽選です」

「では抽選で当たってください」

「芳香さんも応募してください」

「もう応募しました。でも当たりません」

「まだ結果は出ていません、待って下さい」

「では、フクロウをゲットしたら俺、告白するんだ。と言ってください。それぐらいしたら貰えそうな気がします」

「嫌です、芳香さんが言ってください」


 そんなやりとりが続く。

 それはそれで僕は楽しいような、疲れるような。

 とりあえずフクロウが当たったら「おめでとう」と言ってあげよう。声を大にして

















 すいません、トリでした。

 トリだけに。

 と、うまいこと言ったとか思っているんじゃないよ、ホームラン! カッキーン。

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