誕生日に

幻典 尋貴

誕生日に

「よ、明野あきの。お前今日誕生日なんだってな」

 食堂でうどんを啜っていると、いつも通り富田が正面に座って来た。

 あまり誕生日をひけらかす様な人間にはなりたくないため、「まぁな」とだけ言ってうどんをまた啜る。

「誕生日だってのに、いつも通りのもん食ってるんだな」

 このうどんが好きなわけでも、嫌いなわけでもなかった。ただ、この学生食堂で売っている飯の中で一番価格とボリュームのバランスが合っていると思うのでいつも頼んでしまうだけだ。

「お前も、いつも通りだな」皮肉混じりにそう返す。

「何が」

「――何でもない」

 気付かないのなら仕方がない。面倒くさいことは御免だ。

 その後就活のことやら色んな事を話した後、彼が切り出して来た。

「ところでよ、俺が前に紹介した彼女、どうなった」

 前と言っても一年も前だったが、前には変わりない。

「別にどうもなってねぇよ。知り合いですってギリギリ言える程度」

 実際には遊園地に一緒に行ったりもしたが、それを言った時の彼の反応がすぐに分かるので、言わなかった。

「っんだよ、つまんねぇなぁ」

「うるせぇ」

「っていうことでよ、そんなお前にサプライズでプレゼントがあるんだ」

 彼は、もしも二人で遊園地に行ったと言った場合と同じニヤッとした笑みを浮かべる。

 嫌な予感がした。

 次の瞬間、食堂内のざわめきが少し収まり、その原因を探す。

 ――食堂の入り口、そこに原因はあった。

 僕に笑顔で手を振っているのは初乃はつの美冬みふゆであった。彼女こそ、富田が僕に紹介した彼女であり、一緒に遊園地に行った彼女である。

 僕が軽く手を挙げ返すと、こちらに駆け寄って来た。

「どうしたんだい、君は今日は面接だって」

「嘘よ」

「おい、何で俺にデートの事を隠そうとしたんだよ」

 彼が突いてくるのを無視して、美冬の方を見る。相変わらず、可愛いなと思った。

「まぁ、いいや。俺は行くよ」

 そう言って富田が席を立ったので、行け行けと言って早く帰らした。

「それで、何故君はここに」

「嫌だった?」

「い、嫌じゃあ無いけどさ」

「ならいいじゃない」彼女は先程まで富田が座っていた席に座る。

 今日は妙に彼女の仕草が気になった。それだけ僕が誕生日プレゼントを期待していたのか、それとも彼女がそわそわしていたのか、またはその両方か。

 結局彼女は僕に夜に食事に行く事を約束させ、帰って行った。

 目の前には伸びたうどんだけが残った。


 久々に涼しい風の吹く夜の街。

 僕は駅前のモニュメント前で美冬を待っていた。すでに三十分遅刻だが、仕方がない。

 そこから更に五分経ってから現れた彼女は、この街で他の誰よりも輝いて見えた。

「ごめんなさい、服選びに時間がかかって」

「昼と同じでも良かったのに」

「あれは、学校用。けん君以外の人にも見られていい格好なの」

 なんだそれは、とも思ったがそれを言ったらどうなるかは予想が付いたため、ありがとうとだけ言うことにした。

「で、素敵なディナーってのは」

 彼女が昼に言っていたのだ。二人で素敵なディナーを楽しみましょう、と。

「ここよ」

 彼女の指先を見ると、少し大きめの一軒家があり、店名の書かれた看板では無く、初乃と書かれた表札があった。

「私、手料理には自信があるの」


「お邪魔します」

 今日は彼女以外に人はいないと聞いたが、やはり日本人に染み付いた礼儀というのものは抜けることがない。

「そんなに改まらなくても良いのに」と彼女に笑われてしまった。

 リビングに入ると彼女と同じ甘い匂いがした。

 棚の上には何かの大会のトロフィーやら賞状やらが飾られていて、改めて彼女が僕と正反対の人間である事を自覚させられた。

「お待たせ〜」

 しばらくして、彼女が料理の乗った皿を持ってきた。

 ハンバーグにポテトサラダ、そしてスープ。

「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」

 どれも定番といった感じの料理だが、見た目が豪華だった。如何にも手が込んでいますという盛り付けで、箸を入れるのに少し戸惑ってしまった。

 ハンバーグに箸を刺すと、そこから肉汁が溢れ出す。ひと口大に切り、口に入れると細かくなった肉の一欠け一欠けから旨味が溢れ、口の中がパラダイスだ。

「美味しい…」

「良かった〜。ほら、どんどん食べて」

 ポテトサラダも美味しかった。程よい胡椒の量とシャキシャキとした胡瓜や人参がとても好みだ。

 スープは程よいとろみの中に、野菜の旨味が活きていて、野菜嫌いの僕でもお代わりしてしまった。

 テーブルの上にあった料理を全て平らげた所で、彼女がケーキを持ってきた。

 ドーム状の大きなケーキでとても二人では食べ切れそうになかった。

 ケーキにロウソクを立て、火をつける。定番のあの曲を彼女が歌って、一息でロウソクの火を消した。願いはたった一つ。

「初めて作ったケーキだから、口に合うかわからないけど」

「いただきます」ひと口、口に入れる。

 中に入っていたベリーソースの酸味が、口の中で外のムース生地と混ざり、とても…

「美味い!」

「本当?」彼女も一口食べる。「美味しい!我ながらよく出来たものだ」

「なにそれ」僕は少し笑う。

「何でもな〜い」

 最初の感想と裏腹に、全てを二人で食べきってしまった。

「私の誕生日は九月だからね、忘れないでよ」

「分かったよ」

 ここまでされたら、僕はどうすれば良いんだ。

 そんな事を思ってしまったけれども、こうも思った。

「――この二人なら、大丈夫か」

「ん、何?」

「なんでもない」

 ロウソクを消す時にした願い事は、きっと叶うような気がした。

 それは、二人でずっと一緒にいる事。

「お誕生日、おめでとう」

 隣の彼女が微笑む。

「ありがとう」

 誕生日に彼女と二人きりというのも、いいなと思った。

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