あれから10年

伊崎夢玖

第1話

「高校合格したって」


甥っ子が高校に合格した。

甥っ子と言っても旦那の方の甥っ子だから私とは全然血のつながりはない。

ほとんど会うこともないから私の中のあの子は最後に会った時のイメージが強い。

確かここ最近で会ったのは六年前くらいだっけ?

まだ小学生だったはず。

お兄ちゃん二人共体格がいいから小学生のあの子は特別小さく感じた。

そんな子が四月からは高校生。

時が経つのは恐ろしく早い。


最初に会ったのは、結婚を前提に付き合っていることを旦那の実家に挨拶に行く時だった。

家に上がると、居間に小さい服が脱ぎ散らかしてあった。

(小さい子がいるのか?)

そう思っていると、台所の奥からあどけない目がくりくりした男の子がひょっこり顔を覗かせた。

あの子は全裸でトイレから出てきた。

あの当時だから、まだ幼稚園くらい?

思い出すだけでもかわいらしい。

知らない人間がいきなり現れて驚いて、パタパタ走って服を持ってどこかへ行こうとした。

「こらっ!服を着んかっ!」

お義母さんに怒られて、ヤダヤダと言いながらも服を着させられていた。

その後、挨拶をしている間もお義母さんの膝の上に乗せられて一緒にいた。

「今後ともよろしくお願いします」

頭を下げる。

「こっちこそよろしくねぇ」

頭を上げると、あの子もお義母さんに無理矢理頭を押し付けられて下げさせられていた。

『自分は関係ない』とでも主張するかのように、ちょっとむくれていた表情がかわいかったのを覚えている。


次に会ったのは旦那の亡くなったお爺さんの法要の時だった。

小学生になったあの子はわんぱく盛り。

お兄ちゃんたちとじゃれ合って遊び、好きなテレビ番組が始まるとテレビにかぶりついて見ていた。

法要も終わって食事会になった時、茶碗蒸しが出てきた。

「爺ちゃんが玉子の所食べてやるから具だけ食え」

(はい?)

私は耳を疑った。

そんな食べ方する人いるのか?

いましたとも、我が甥です。

本当に具だけ食べて玉子の部分はお義父さんに渡していた。

旦那に聞くと、旦那の弟さん(あの子からしたらお父さん)もそういう食べ方をするらしい。

ついでにいうと、この茶碗蒸しはお婆ちゃんの手作り。

出汁を入れすぎたらしく、少し緩めだった。

(ちょっと緩いけど、食べられないわけじゃないなぁ。ってか美味しいし)

私は文句も言わず食べていると、弟さんのお嫁さんが一言。

「お義母さん、茶碗蒸し緩いぃー」

(言いやがったっ!)

普通嫁は姑に文句言ったりしないと思っていた。

それが面と向かって言った。

そのあともすごい。

「だって、婆さんが出汁入れすぎたんだもん。文句は婆さんに言ってぇー」

(はいぃーっ!?)

今度は姑が大姑に対して文句を言った。

台所からお婆ちゃんが現れた。

「ごめんねぇ、出汁入れすぎたわ」

(謝っちゃうんかいっ!!)

この家のヒエラルキーは嫁が頂点にいるらしい。

私がこの家の恐ろしさを感じた瞬間だった。


この時を最後に甥っ子とは会っていない。

たまに見かけることはあっても、制服姿でひょっこり現れてすぐいなくなってしまう。

UMAのような感覚だった。

七夕を少し過ぎたある日、旦那の実家に行った時、学校で書いた短冊を本棚の所に貼り付けてあった。

『学力が欲しい』

その頃から自分の進路は決めていたのかもしれない。

無造作に置かれた抜き打ちテストも90点以上の高得点を叩き出していた。

そんな子が志望した学校は旦那の母校だった。

甥っ子が自分の母校を受けることが少しは嬉しいかと思って聞いてみたけど、大してそこまでの感情はないらしい。

しかも、志望校を教えてくれたお義父さんに至っては「まぁ、ギリギリみたいだから落ちるだろうさ」と…。

自分の孫だよ?

少しは信じてあげようよ。

お婆ちゃんも「あいつ(弟さんのこと)の子供だから無理だな」って…。

まぁ、確かに高校辞めちゃってるけどさ…。

でも少しくらい信じてあげようよ。

私の職場に旦那のおばさんがいる。

彼女に言わせてみれば「あの子くらいは高校卒業してくれないとね…」と過度な期待を寄せている。

旦那の一族は0か100しか存在しない家のようだった。


受験日当日。

朝から落ち着かない私。

あんなにがんばっていたあの子を知っているから私まで緊張していた。

仕事では気が気でなく、失敗しまくりな私。

その夜、見事なまでに熱を出した。

こんな私が母親になるなんて到底無理だと感じた瞬間だった。


受験日から10日後、発表日。

正午に発表されると知って、旦那には朝から何度も「結果聞いてね。分かったらメールして」と言い残し、私は仕事へ行った。

正午以降、気になって何度もメールを開いたが、旦那からの全然メールはなかった。

仕事も終わり、帰宅すると旦那がいた。

「合格したって。ほんの少し前にお袋から電話があった」

「皆、喜んでた?」

「受かるって誰も期待してなかったんじゃない?」

「マジか…」

「あとは、婆さんが電話したと思って電話するの遅くなったって言ってた」

「それだけ?」

「うん。それだけ」

いかにもあのあっさりした家なだけある。

でも、あの短冊の願いが叶った。

『学力が欲しい』

あんな願い事は初めて見たけど、がんばりが実って学力がついて、この春から高校生。

お兄ちゃんたちにはあげてないけど、合格祝いも用意した。

たまに居間にラノベが置かれていたからきっと本が好きなはず。

僅かばかりの図書カードをお祝いに持って行く。


今はやっとスタートラインに立った所。

これからはもっと辛い道が待ち構えているはず。

ここまでがんばれた君だからやれるはずだと私は信じてる。

だから卒業まで3年間がんばれっ!!

合格おめでとう。

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あれから10年 伊崎夢玖 @mkmk_69

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