A Little Bittersweet
維 黎
あの日の『おめでとう』をいつの日にか
「うわぁ、懐かしい!」
「黒板ってこんな短かったっけ?」
「ちっちゃ! 机とか椅子、ちっちゃ!!」
「おおぉ! 時間割り張ってる! 五時限目の体育とか、今思えば無茶苦茶だったよな。メシ食った後、グラウンド走るとかあり得ない!」
おそらく、ほとんどの人がこの空間に足を踏み入れると同じ思い――懐かしさが込み上げてくるだろう。もちろん、
廃校をリフォームして作られた喫茶店『6年2組』。
リフォームと言っても、耐震強化や痛みがひどい部分に手を加えただけで、なるべくそのままの雰囲気が残るようにした、と店員が説明してくれた。
そうは言っても
床と内壁はそのままで、テーブルや椅子、照明などは本格的な
ただ一つだけ。ほぼそのままの形で使っている場所がある。店名と同じ『6年2組』のプレートがある教室。
天上にはオフィスや事務所などで見かける直管の蛍光灯。
光を多く取り込むために、校庭側の壁はほとんど窓で占められている。
細い板を何枚も並べて、その上からニスの塗料が塗られ、黒に近い濃い茶色に変色した床は、過ぎ去った年月を思い起こさせた。
そして言わずと知れた机と椅子。
上級生用の物でも、座ってみると大人になった身体には弱冠、小さめだった。
『学校給食、食べに行かないか?』
『なになに? 小学校行くの?』
『違うって。インスタで見たんだけど、なんか廃校を
『わぁ! 良い感じ! 私も行ってみたい』
当時、給食の時間にそうしたように、机を二つずつ向かい合わせで並べて、
軽くて丈夫、昔ながらの銀色のアルマイトの食器。
給食当番の時、食器やお
思い出は尽きない。
そしてメニュー。
主な
クリームシチュー、自家製コッペパン、牛肉コロッケ、マカロニサラダ、千切りキャベツ(トマト一切れ付き)、瓶の牛乳、デザートはプリンのシチューコース。
ソフト麺(ミートソース)、揚げパン、クリームコロッケ、マカロニサラダ、千切りキャベツ(トマト一切れ付き)、瓶の牛乳、デザートはフルーツゼリーのソフト麺コース。
カレーライス、マカロニサラダ、コロッケ、千切りキャベツ(トマト一切れ付き)、瓶の牛乳、デザートはヨーグルトのカレーコース。
女子二人と
目の前に置かれたシチューはさらっとしたタイプで、人参やじゃがいも、玉ねぎなどの野菜がゴロゴロっと入っている。
思わず笑みが浮かぶ。
そんなわけで、当時、給食の時はしょっちゅう食べることが出来ずに残すことが多く、五時限目が始まっても机の端っこにおかずが入ったお椀だけ、ちょこんと置いてあったりもした。
(――あぁ。思い出した)
小学3年生に進級した時、クラス替えをした後に新3年生全員が体育館に集まって、新任教師の挨拶も兼ねた担任教師の発表があった。その新任教師の中に"西村先生"がいた。
西村先生の挨拶が始まると、
初恋――ではなかったと思う。先生のことは好きだったけど、実は新しくなったクラスで、好きになった
で、
西村先生はたぶん大学を卒業して教師になったと思うから、当時は23,4歳くらいだっただろうか。どちらにせよ『中学聖日記』のドラマみたく、恋仲になるような展開は小3の身ではあり得ないので、そういった劇的な思い出があるというわけではないのだが、
一つは、何が原因か覚えていないが、腹を立てて給食のおかずを先生にぶちまけて、西村先生を泣かせてしまったこと。
もう一つは、本当は6年生も担任のはずだったが、結婚を機に別の学校への転勤が決まったこと。
あと一年、一緒に過ごせると思っていたからすごいショックだった。6年生になれば修学旅行があるので、一緒に行けることを楽しみにしていたのに。
特に
先生が結婚することは、
ただ
クラスの生徒全員で『せ~の、西村先生、おめでとー!!』というお祝いの合唱の時、
「うわ~、それ、ちょっとキュンとしちゃう話だねぇ」
「ませた子どもだったんだな」
「私も先生好きだったなぁ」
つい懐かしさも手伝って、
「それで? 結局『おめでとう』は言えず終いなの? 同窓会とかは?」
「いや、小学校の同窓会ってやってないんだよな。いや、やったのかもしれないけど俺は知らないし、行ってない。高校のは行ったけど」
「そっかぁ。まぁ、今さら小学校の
「もう会えないだろうなぁ」
そんなやり取りをしつつ、
大学の時、O市にある大型書店で西村先生を見かけたことを。
だけど、声はかけなかった。
10年もたって、先生はともかく、
結局、声をかけずに終わり、それ以降会うこともなかった。
※
過去を思い出しながらキーボードを打つ。
小学校を卒業したのはもう、ずいぶんと昔。
もし先生に会う機会があったとしても、いまさら『おめでとう』なんて言ったら笑われてしまうかもしれない。
それとは別で、ただ普通に会ってみたいという気持ちは、心の隅で
西村――いや、
ご壮健でいらっしゃることを切に願いつつ。
――了――
A Little Bittersweet 維 黎 @yuirei
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