猫耳な彼女が不機嫌なんですが?

kumapom

三年目のこと

 あれは3年ほど前の春こと。


 いつ終わるともしれないプログラムのデスマーチ作業でフラフラになっていた自分は、昼飯の時にコンピューターの前から外へと抜け出し、コンビニで昼飯を買った。サンドイッチと牛乳と鯖缶である。


 そして近所の公園に行き、ベンチに座った。

 片手で300ミリリットルの牛乳パックにぶち刺したストローからチューチューと牛乳を吸い、もう一方の片手でサンドイッチをほうばった。


 目の前では近所のお母さんたちが子供を遊ばせている。都会の公園で遊ばせているのだから、裕福な家庭なのだろう。そんな子供とお母さんが沢山そこにいた。

 それに比べて独り身で500円コースの昼飯を食らう自分は、なんと浮きまくっていることか。


 そう思って周りを見渡すと、何と自分より浮いた存在がいた。猫耳の女の子である。年は自分と同じ二十代だろうか。黒髪ボブに猫耳を生やして、黒と白のワンピースを着ている。スカート部分には、ご丁寧にしっぽが生えていて、どういう仕組みか知らないが、それがぐねぐねと動いている。最近のコスプレは高度だ。


 そう思って見ていると、ふと目が合った。美人である。

 思わずドギマギしていると、彼女がこっちへ来た。そしてこう言った。


「地球人、食料をよこすニャ!」

 そう言って見たこともないSFのような流線型でアンテナのついた銃をこっちへ向けた。手を上げて残っていた食料を渡した。


 地球のことを色々と教えろと言うので、色々教えた。何と彼女は本当に宇宙人だった。猫耳もしっぽも本物だった。頭を触ると「やめるニャ」とうるさかったが、そのうちゴロゴロ言いだした。


 その後、宇宙船に連れて行かれ、異星に連れ去られて大戦に兵士として参加したり、ある銀河を救ったりしていたのだが、その話は置いておく。


 今、彼女と住んでいる。知人にはコスプレ好きと言ってある。それは良いのだが。

 目の前の彼女が不機嫌である。食事中なのだが、彼女はプンスカいいながらアジの開きを頬張っている。


「あの……何で怒ってるの?」

「……知らないニャ!」


 全然教えてくれない。困った。


 その日の昼、3年前のように公園で昼飯を食べながら考えた。ちなみに今も半デスマーチ中だ。帰れるだけでもマシだが。


 考える。3年前……あっ!


 もしや出会って1024日目過ぎてる?自分はそんなキリの良い日を忘れていた?

 ……いや、ちょっと冷静になって考えよう。1024は確かに自分にとってはキリの良い数字だが、一般的にはそうではない……はず。どうも最近、一般概念から外れかけてる気がする。


 3年前……3年前……ああっ!出会って3年目じゃないか!


 そのことに気づいた自分は、機嫌を直して貰うために策を講じた。まずは食事作戦。定番である。

 普段は行かないようなお洒落なお店に予約を入れた。


「あの……今度食事に行こうと思うんだけど……」

「食事?普段行かニャいのに?」

「特別にさ……行こうかなと」

「ふーん?」


 渋る彼女を連れ出してお店へ行った。

 食事はたいそう美味しかったのだが、彼女は機嫌を直してくれなかった。足りぬのか……。


 次に温泉旅行を計画した。出費が重なる……。


「オンセンって何ニャ?」

「広い浴場があってさ、お湯がたっぷり張ってあるんだ」

「……行かないニャ!」


 一発で否定された。ああ、彼女は水があまり得意じゃないのだった。ほっとするやら、がっかりするやら。彼女のプンスカは止まらない。


 あとは……あとは……何?どうすればいいの自分?贈り物?何か贈り物でもあげればいいの?でも自分の安月給で何を?何なら?

 指輪……高いです。服……合わないと言われるに決まってる。人間用だし。彼女は持って来た服をいっぱい持っているのだ。あとはあとは……全然思いつかなかった。


 どうやら埋め合わせ作戦は無理のようである。ここは一発土下座で平謝り作戦にしよう。


「ごめんなさい!」

 そう言って頭を床につけた。

「何ニャ?何のポーズ?」

 ああ、そうか、彼女は宇宙人だった。


「これは!地球の……いや、日本式の最大限の謝罪のポーズです!大変申し訳ないと思った時にこうやるんです!」

 そう言って、頭を床にすりつけたまま彼女に説明した。


「謝罪?」

「そうです!すいませんでした!」

「何の?」

「1024日目の……あ、いや、出会って3周年の記念日を忘れていて、すみませんでした!」

「……」

 彼女は答えない。しかたがないので頭を床に擦りつけたままだ。


「3周年って何ニャ?」

 彼女がそう言った。

「は?」

 ああ、彼女はまだ自分を試しているのか?

「3周年……出会って3年経った記念日です!忘れていてすいませんでした!」

「……年って何ニャ?」

「はあ?」


 えーと、えーと、こういう場合の対処は、ひたすら謝り続けるしかないのか?あれ、でも、いや、もしかして?彼女は宇宙人だし。


「……もしかして本気で聞いてる?」

「うん」


 ああ、そうか、彼女は「年」の概念が無かったのか?いや、でも!

 自分は彼女に四季と年の概念を教えた。

 

「去年も一昨年も、食事とか旅行とか行ったでしょ!」

「あー、そんなことがあったような気がするニャ」


 本気で分かっていなかった。でも、だとすると、どうして怒っていたんだ?


「あの……最近、機嫌悪かったでしょ?」

「ああ、うん」

「何で?」


 彼女が言うにはウロボロス星人の艦隊が、今この星に向かって来ているらしい。

 ウロボロス星人というのは、前の宇宙戦争で戦って勝った相手だ。仕返しか。

 それで、彼女は母星に連絡して応援を頼んでいたらしいのだが、通信が不安定だったらしい。ようやく目処がついたそうだ。


「大変じゃん!」

「そうニャ!」

「それでイライラしてたのか……」

「そうニャ。……それに……」


 彼女が擦り寄って来て、キラキラとした目で見つめた。


「最近、頭とか耳とかナデナデしてくれないし……」

 ああ、そう言えば忙しくて!

「ごめん、そう言えば最近撫でてなかったよ」

「もう……撫でて……」


 その後、いっぱい撫でてあげて機嫌は直った。ゴロゴロ言ってた。


 そして、自分は無理やり有給休暇を取り、ウロボロス星人と戦うために宇宙へと旅立ったのだった。

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