最終章 始まりを告げるもの

エピローグ:終わりの世界の誕生者

 真っ暗な部屋の中で、男は光を眺めていた。無機質な音が流れるだけで、そこは暗い世界を作っている。


 長い、長い沈黙の後、その調べが光の中で奏でられる。男の心を奮い立たせる、その特徴的な調子で。


 それを無言で聞く男。


 操作を繰り返すその指は、いつしかその調子に合わせている。かつて己を奮い起こしていた戦いに、早くも心躍らせているように。


「久しぶりだなぁ。五年ぶりくらいか? 結構時間かかったし、いろいろ変わってるんだろうな……」


 やがて、必要な事全て終わり、男の視線はそこに釘付けとなっていく。闇の中を駆けて行くのは己の分身。その後ろ姿を、男は目を輝かして見つめていた。


 そして扉は開かれる。その戦いの世界に誘うために。

 

「よーしって、オイ! いきなり戦闘中かよ! しかも、これってイザ? 懐かしいな。 なんだ? もうあと一息じゃないか。しかも、これって確かイザの範囲攻撃準備中だな。なんだ、けっこう覚えてるもんだな。しかも、ログインしていきなり懐かしのダンジョン。そのラスボスとの戦闘って……。まあ、運営のサービスみたいなもんか? えっと、最近は仲間の行動も見れるのか……。全員固まってるな……。なんだ、これはオレの見せ場か? しゃーねぇなぁ。ここは奥義が……。おっ、いける、いける。これで文字通り一撃必殺だな。イザも予定通り攻撃準備に入ったし、体力も結構削れてるし。あとは待ちだな」


 画面をじっと見る男。その視線は、パーティメンバーの名前と職業に注がれていく。


「術忍、巫女、鍛冶、武士、薬師、修験者……。マイナーなキャラで倒せるもんだな。それにしても……。これだけ待って、会話が流れないってことは全部NPCノンプレイヤーキャラクターか? そう言えば、俺がやめた時に家臣実装してたから、たぶんこういうNPCノンプレイヤーキャラクターも増えたんだよな……。動画ではソロ徒党も流れてたし……。そうか、コイツらも全部……、って巫女レベル三十九? 低すぎだろ? 一番高い鍛冶で五十か……。確か、これって家臣上限だったっけ? NPCノンプレイヤーキャラクターのレベル上限が五十って事か? という事は、盾のコイツがうまく機能してたからいけるのか……。まあ、NPCノンプレイヤーキャラクターだし、プレイヤーレベル上限七十に追いつかれても困るわな……。って、おーし。楽勝、楽勝! まっ、旧ダンジョンだし。こんなもんか」

 戦闘終了の音楽が流れ、イザナミの倒れる姿が映し出される。


 駆け寄って喜びを分かち合う仲間たち。それを男はじっと眺めていた。


「いいもんだ。低レベルで挑んだ昔を思い出すな……。あの頃はイザ宮のマップ覚えるのに、散々死に戻りして走ったっけ……。仲間と一緒に攻略法見つけるために戦って、負けて、負けて、ようやく勝った時の感動を思い出したよ……。このゲーム、面白かったよな……。キャラの強さだけじゃない。お互いの信頼と絆が攻略の鍵だったりしたしな……。いかん。また、はまってしまいそう……」


 よほど感慨深いのだろう。いつまでも男はその画面を眺めていた。だが、その暗い部屋にも光が差し込む。


「ねえ、もう終わった? って、暗いよ。眼を悪くすよ?」

「ははっ……。まあ、この方が雰囲気でるんだよ。ああ、まだ終わってないよ。いきなり戦闘だったからちょっと眺めてた」

「へぇ、サービス終了だから、最後のサービス?」

「いや、サービス終了じゃないよ。バージョンアップするんだって。でも、内容一新するから活動していないプレイヤーキャラはNPCノンプレイヤーキャラクターになるんだってさ」

「それって、終わる事じゃないの? だって、あなたはもうプレイしないんでしょ? まさか、こっそりするつもり?」


 光の中から、暗い部屋にやってきたのは、大きなお腹を支えた若い女だった。


「いや、やらないって……。まぁ、未練はあるよ? 五年以上育ててきたキャラだからな。でも、名前が中二っぽくって、今思うと笑えるわ」

「名前ねぇ……この、『無二むに』ってのが、あなたのキャラ?」

「『無二むに』? いや、そんなわけ……。ほんとだ、『無二むに』だ……。なんでだ? こんな名前にしたことないぞ? まさか!? いや、そんなはずは……。でも、ログインIDもパスも当時のままだったし、何よりサーバーアップデートが長すぎた。乗っ取りとか、ありえないだろ?」


 あわてて、自分のキャラステータスを見る男。だが、そこに書かれていた設定文書を見てますます混乱が隠せなかった。


「設定もたぶん変わってない。そもそも、乗っ取ったなら、こんな設定を残す意味がない……」


「本当ね、中二っぽいわね。なにこれ? 『血の臭いを嗅ぐと第二の人格が現れる』って……。ゲームに臭いなんてないでしょ?」


「いいだろ? 設定だから、あるんだよ。それに、俺にとってはゲームでも、コイツにとってはリアルなんだ。臭いもあるし、味だってある」


「ふーん。まあ、いいけどね。でも、その子。そのままNPCノンプレイヤーキャラクターにしたら可哀想だよ? ちょっと設定、変えてあげたら? 特に、その『戦いが終わると、いずこかに去っていく。なぜなら、戦いの中でしか生きられないから……』っていうのはどうかと思うよ? かっこいいと思ってたの?」


「うっ、痛いところを……。まあ、プレイヤーだからそう書いてたけど、これからはNPCノンプレイヤーキャラクターとして生きるんだからどっか行くとまずいよな……。そうだよな……。じゃあ、『仲間の幸せを守るために戦い続ける』って感じにするかな?」


「ふーん。そうなんだ……。仲間ねえ……。その子、あなたの分身でしょ?」


「何が言いたいのかわかったよ。じゃあ、『愛する者を守るために戦う』って感じにするか。これでどうだ!」


 キャラ設定に付加されている設定文書。それを男は書きなおす。その他にも、様々な項目があったが、男はそれらを順番に書き換えていく。


「よし、これでいいかな。当時の俺から、今の俺っぽくなった。まあ、俺の分身みたいなもんだから、こうでなきゃな」


「そうね、そんな感じね。パパがちゃんとしてくれないと、この子が幸せになれないからね」


「そうだな……。でも、『無二むに』か……。二つと無いって意味だよな。サブキャラをつくらなかった俺にとっても、オマエは確かにそうだったよ……」


「ねえ、この周りにいてるのって、この子の新しい仲間かもしれないよ? ほら、この巫女さんとか、心配そうに見てるよ。きっと、この子達はいい関係になれると思うな。早く解放してあげたら? それに、ほんの少し倉庫整理するだけだって言ってたよね?」


「あー、でも、俺……。倉庫整理してないんだけど……。まあ、いいか。最後の最後で戦闘にも勝ったし、コイツの門出としてはいい出来だろうな。それに、俺は父親になる。だから、オマエも幸せに暮らせよ、無二むに


「でも、よく考えたら、ゲームシステムが入れ替わるんだよね? じゃあ、この世界は終わりってこと?」


「まあ、いったんは終了するらしい。でも、情報が引き継がれていくんだって。今日までにログインしたプレイヤーキャラはそのままアカウントが残るけど、引退させてNPCノンプレイヤーキャラクターとして生まれ変わらせるというのが、全プレイヤー無料ログインの理由みたいだけどね。通常は、そのままプレイヤーキャラとして残すだろうな……」


 その言葉に、身重みおもな女はジト目で男を眺めていた。


「いや、だから、言っただろ? NPCノンプレイヤーキャラクターにするんだって。俺はこのままログインせずにコイツを放置することが少しだけ寂しかっただけだって……。俺の意志で、NPCノンプレイヤーキャラクターにしたかったんだ」


「ほんとかなぁ? ねえ、坊や。どう思う?」


 自らのお腹をさする女は、優しい声でそう尋ねている。目を細めてそれを見る男。おもむろに近づき、そのお腹に聞き耳を立てていた。


「ん? パパと一緒にプレイする? そうかそうか。なら、それまではパパも封印だ。いつか、無二むにNPCノンプレイヤーキャラクターとしてこの子と会えることを願って」

「そこまで残ってる? このゲーム」

「残ってるよ。なんせ俺も廃プレイヤー一歩手前まで行ってたしな……」

「自慢すること? それ?」

「まあ、そうじゃないな。でも、そのくらい面白いって事。ますます面白そうになるみたいだし、あと十五年は大丈夫だろう」


 自信満々の男に、女は呆れた顔を見せていた。


「まっ、そういう事にしておくわ。ほら、それそろ――」

「ああ、わかったよ。じゃあな、無二むに。そっちで達者に暮らすんだ。お互いに幸せになろう」


 キャラ設定を書き直し、最後にメニュー画面に示されているNPCノンプレイヤーキャラクター同意にカーソルを持っていく。


 その瞬間、画面が光り、その光景が一瞬だけ男の目に留まっていた。


「なあ……、今……、周りのNPCノンプレイヤーキャラクター達が駆け寄ってきた気がするんだが……」


 すでに、画面はタイトル画面に戻っている。それを確かめたかったのだろう。男は再びスタートボタンに手をかける。


「そんなことありえないわよ。でも、別にいいじゃないの? もうNPCノンプレイヤーキャラクターの仲間入りしたんだから。受け入れられたってことで」


 だが、それは女の手により阻止される。その手が、男の手を取ってそう告げていた。


「そうだな……」


 タイトル画面を閉じ、電源を落とす作業をする男。やがてそれも終わり、男は先に部屋を出て行った女の後を追っていく。


 暗闇の中、誰もいない部屋の中で静かな音が響いていた。だが、それもやがて終わりを告げる。


 それまでわずかな音を出していたPC。


 その駆動音がついにやみ、そこには静かな余韻のみが残されていた。

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終末世界の覚醒者 あきのななぐさ @akinonanagusa

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