伊邪那美命6

「みんな、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。けがはない」「拙者も無事です」

「ウチも」「私も」

無二むにさんは……。皆さん大丈夫そうですね?」


 闇の中、そこに光の蝶が舞っていた。その光がゆっくりと歩く先に、淡い光が見えていた。


「忍法、日輪」

 和葉かずはの気合の声が轟いて、その光がはるか頭上に打ち出される。とても小さな光が、そこにあるものを映し出す。


 それは太陽のような力強い光を見せる、巨大な光の球だった。


 視界が急に広がるものの、それ以上に闇は周囲を覆っている。巨大な闇の中に落とされた清楓きよか達は、その光の中でそれを見つけていた。


 それは、無二むにが進んだ先にいたもの達。


 巨大な樹木の怪物と、その横にいる伊邪那美命イザナミノミコト。さっきまでその樹の中にうずもれていた女性の姿。


 まさしくそれは、伊邪那美命イザナミノミコトが分かれた姿と言えるだろう。


 しかも、別れたことにより、伊邪那美命イザナミノミコトは今まで見えてなかった姿を見せていた。


 それは巨大な蛇そのもの。いや、正確には大蛇の胴体に女の上半身を持つ怪物。しかも、その姿はすでに傷ついているようで、青い艶めかしい肢体を隠そうともせずに、ずるずるとそこでうごめいている。


 見た目以上にその傷は結構深刻なのだろう。その動きは何故かそこで止まっていた。まるで、自ら体を割いた傷の痛みでうずくまるように。


 だが、その隣にいるのは動きを見せる。それまで伊邪那美命イザナミノミコトを形作っていた巨大な樹のような体。


 ゆっくりと前に出てきて、その存在を見せつけていた。


「とりあえず、あっちが先だ! 正吾しょうごは念のために伊邪那美命イザナミノミコト本体を釣ってくれ」

 優一ゆういちが指し示すその樹のような怪物。それを全員の標的に定める優一ゆういち。その一方で自らの体を鋼と化し、その怪物を挑発していく。


「忍法、火蝶乱舞・極み」

 二つの詠唱が響く中で、幻想的な蝶がその樹に群がるように飛んでいた。それは、火炎をまとった死神しにがみの姿。触れるもの皆焼き尽くすかのように、樹の怪物を焦がしていく。


 苦悶の声が響く中、ついに満身創痍の伊邪那美命イザナミノミコトが動き出す。


 その瞬間、そこにいる人々にすさまじい衝撃が襲っていた。


 それはほんの片手の一振り。まさに、白菊しらぎくの継続回復の術が効果を現した瞬間の出来事。もしそれがなければ、絶命した者がいたかもしれない。


 一瞬で壊滅状態に陥る様を、伊邪那美命イザナミノミコトは優雅に見下ろしていた。


 それまで堅牢だった正吾しょうごの結界を叩き割り、その余波とも言える衝撃波が全員の体を襲う。その衝撃で、市津いちづの詠唱は途中で止まり、清楓きよかの結界も微塵に吹き飛ぶ。


 その嵐のような衝撃は、まさに全員の体を貫いていた。


「自分で回復を! 状態が解除された!」

 痺れ切りした無二むにがそう叫ぶと同時に、自身もその霊薬を口にする。各々がその行動を真似すると同時に、最適な役割を取るように動いていく。


 その身を鋼にする優一ゆういち

 再び心頭滅却状態に入る正吾しょうご

 詠唱破棄の祝詞を捧げる清楓きよか。とそれをまって全体回復をかける白菊しらぎく

 完全回復の準備に入る市津いちづと自らの術の効果を上げるために暗示をかける和葉かずは


 そして、無二むにはその間に連続で樹木の怪物を切りつける。それはかつてないほどの連撃。無二むにの刃が放つ青白い光が、巨大な樹木の怪物包み込む。かつてないほどの苛烈さを刃に込め、無二むにはそこに光の柱をうち立てていた。


 凄まじい連撃の嵐は止まらない、自らの肉体の限界を超えているのがわかるほど、無二むにはその怪物を切り刻んでいく。蝶の群れと光の帯が、ついにその樹木を切り伏せていた。


「いける! あとは!」

 伊邪那美命イザナミノミコトを引き付ける正吾しょうご


無二むにさん!」

 白菊しらぎくのあげた叫び声に、正吾しょうごの意識がそこに向かう。そこには、同じように倒れ込んだ無二むにの姿があった。


 それが正吾しょうごの油断につながったのかもしれない。


 その瞬間、正吾しょうごの結界を貫通し、その体を伊邪那美命イザナミノミコトの腕が突き抜ける。


 だが、伊邪那美命イザナミノミコトの攻撃はそれだけでは終わらない。


 その正吾しょうごの体を突き刺したまま、伊邪那美命イザナミノミコトのもう一つの腕が周囲に向けて振るようとしていた。


 それはさっき浴びた全員を巻き込むすさまじい攻撃。


 もしそれが来たら……。


 誰もがその恐怖を脳裏に浮かべていた。体はさっき浴びたその攻撃を思い出す。


 そんな中、清楓きよかはその姿を見つけていた。再び立ち上がり、真紅の瞳を伊邪那美命イザナミノミコトに向けて走るその姿を。


 その瞬間、清楓きよかの頭に清恵きよえの言葉がよみがえる。


 ――お願い、武神さま。なにとぞ無二むにに力を。それは純粋な心から出た、祈る願い。今までずっと出来ずにいた願いだが、清楓きよかはただそれを願うのみだった。


 その瞬間、闇を割く光の柱がそびえ立つ。それは、無二むにの体を包んで、はるか頭上にそびえている。

 

 一瞬にして、体が硬直した無二むに。その眼は一瞬生気を失い、次の瞬間には燃える様な瞳へと変貌を遂げる。そして次の瞬間、無二むには今までに見たことのない動きを見せていた。


「暗殺奥義・神魔滅殺」

 今までいた位置からありえない速度で飛び上がった無二むに。そのままその勢いを刃にのせて、伊邪那美命イザナミノミコトに襲い掛かる。


 青白い刀身が闇を割く。その瞬間の一閃が、闇そのものを深く鋭く、切り裂くように。


 遅れて落ちる、伊邪那美命イザナミノミコトの首。


 その瞬間、勝利が歓喜と共に舞い降りてきた。


 天を覆う闇の中から、一筋の光が降り注ぐ。それは無二むにを巻き込んだ後、その場にいる者たちを光の帯に捕らえていく。


 全員が元いた場所に戻る中、無二むにだけはその場所で立ち尽くしていた。


 無二むにを覆う光の柱の中で、生気の抜けた姿のままで。


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