伊邪那美命5

 伊邪那美命イザナミノミコトの涙は、急にあふれてこぼれていた。

 それは、お供の者が倒されたための涙なのだろうか。


 それとも、己の為のものだろうか……。

 

 だが、真相は分からない。それによる結果だけが残酷なことを告げていた。


 天狗の唱える術の声、金棒を振り回して迫る大鬼。いずれもさっきと同じ行動。


 だが、その光景は違っていた。


「見て! あれ!」

 詠唱破棄の祝詞を唱える事もせず、清楓きよかはその叫びをあげる。それは他の者もそうだった。


 天狗が一体、大鬼が一体。地面に伏せたままだった。


 それは、無二むにがとどめを刺しに行った者達。不思議な行動の結果が、不可思議な結果を導いていた。


「そうか! 戻ったんじゃねぇ! 甦っただけだ!」

 大鬼を引き付けながら、優一ゆういちがそう叫ぶ。それが真実だとわかったのだろう。全ての瞳が強い光を宿していた。


「今度はウチが誘導するわ! 止めはまかせるわ!」

 天狗を沈黙で封じ込め、和葉かずは無二むににそう告げる。今度は伊邪那美命イザナミノミコトを麻痺させていた無二むには、その声に黙って頷いていた。


「うん、うん。いい感じだよ、和葉かずはちゃん。そのまま仲良くなるといいんだよ。そうすれば遠慮しなくていいんだよ」

 全体に生命力減少の呪いをかけた市津いちづが、満足そうにそう告げる。軽口をたたいているものの、その顔つきは回復するかどうか、状況がどう変化するかを見守っているようだった。


「油断しちゃダメ! 気合入れていくわよ!」

 清楓きよかの声はそのまま全員を黙って頷かせていた。


 そして戦いは一方的な戦いとなっていく。伊邪那美命イザナミノミコトの強力な攻撃は全て正吾しょうごが抑えることで、数の減った相手と先が見えた状況が、皆の心に余裕を生ませていた。


「奈落閃」

 無二むにが放った最後の一閃。それは、紅蓮の炎に焼かれる天狗の首をかき切る。それが絶命の合図となり、地面に倒れこんでいく。


 その瞬間、伊邪那美命イザナミノミコトの涙が頬を流れる。


 だが、その涙に答えるものは、もうどこにもいなかった。


「あとは、伊邪那美命イザナミノミコトだけね!」

 清楓きよかの気合のこもった声がした時、伊邪那美命イザナミノミコトの体に異変が起こる。


 闇の中に包まれていく伊邪那美命イザナミノミコト


「ああ、あの人の子……。私を一人にする……。憎い……。憎い……。憎い……。憎い……。憎い…………」

 伊邪那美命イザナミノミコトの呪詛のこもったその声は、ますます強くなる闇の中で響いていた。


「お嬢、コイツはやばいぜ!」

 優一ゆういちの警告の声がした瞬間、足元が急に黒くなり、地面がその姿を消していた。


 刹那の浮遊。そして、落下。闇が皆を引きずり込む。


 何もかも飲み込むかのように。


 

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