いつの日かモンペール*

gaction9969

○△◇

「きょ、今日はそのぅ……久しぶりにどこか出かけないかい? えーとせっかく二人きりな、わ、わけだし」


 いやぁ、緊張してるのが見え見え。何でそんなに目ぇ泳いでるんだか。


「いいけど? どこ行くの」


 ソファに体を投げ出しながらおなかの上に広げたファッション誌を見るともなく、昨日塗ってもらったネイルの仕上がり具合をうっすら眺めていた私は、鼻から息を抜きながらも、そう言ってあげる。そ、そうだなー、と、喜びを隠せてない顔で何やらタブレットで調べてるフリしてるけど。


 何日か前から、いろいろ準備してたの知ってるのよねー。その端末タブレット、私も入れちゃうんだなー、今時四桁のPINに自分の誕生日を設定しちゃダメでしょぉ、個人情報漏洩。ま、家庭の平和を守るためには、気付かないフリするのが吉だけど。脇が甘いのよ、文平モンペーくん。


 文平やすなりって読むんだよ、って初対面の時に言われたけれど、誰も初見じゃ読めないって。だから私は初めに頭によぎった「モンペーくん」でずっと通している。面と向かって呼ぶことはまあ無いけど。それより。 


 わざわざ私の休みに合わせて有休取って、それでもって心愛ここあちゃんは、手際よくばあばの所に行かせて。もしかしてぇ、冷え切った私との関係を昔のように戻したいのかな? それは別にいいんだけれど、全部が全部、消臭しきれないほどに、わざとらしいのよね。


 今日という日を選んだのも、そう。


 三年目ってことでしょ? 自分は何も気づいてませんよ、って顔してるけど、女の方が記念日とか普通に覚えているから。


 壊滅的に下手なサプライズ。その下手さのほうが驚きサプライズよねー、なんて思いつつも、実は少しきゅんとしている自分がいるのも感じている。


 と、とりあえず、ランドに行こうか。今日は水曜だから多分空いてるんじゃないかな、との白々しいことをのたまう四十間際の小太りのおっさんだけど、確かに空いてるかな。去年の夏に家族三人で行った時は、土曜日でめちゃくちゃ混んでて大変だったもんね。十月の今なら、気候としてはちょうどいいかも。私もまあ、何も無かったらちょっと買い物にでも行くくらいだったし、もちろん一人で。


 よし、じゃあ、行ってやりますか。ぐいと体を伸ばすと、私は巷の女性が費やすだろう時間の八分の一くらいで手早く身支度を済ませて、玄関先でぽつり待っていた後ろ姿にお待たせぇ、とか大げさに手を振ってみる。今日の私の出で立ちは、レモン色のワンピに黒革のライダース。これでもかの甘辛コーデで攻めてみました。ま、夢の国に行くんだもの、このくらいのはっちゃけかたくらい、いいでしょ?


 これを見たモンペーくんはというと、うーん、早希サキはそういうのも着こなせるんだー、いいねぇ、とまたも緊張感を漂わせて言ってくるのだけれど。もうちょっとすんなり言ってくれればいいのにねぇ。でも久しぶりの名前呼び。またちょっと嬉しい私がいる。


 それよりも、その焦げ茶と灰色の中間色みたいな、もさっとしたジャケットはどうにかならないかな。うへへパパに心愛ちゃんがわざわざ、これぇ、って選んでくれたんだ、とか喜んでるけど、うーん……まあいいかぁ、もうそこは。


 夢の国の景観を汚さないことを祈りつつ、駅へと向かう。運よく隣同士座れた京葉線で一路、舞浜、夢の国へ。


 まあ言うて、そこそこの混雑ぐあいだった。外国人旅行者ハンパない。あっるぇ~空いていると思ったんだけどなぁ、なんて隣で驚く声が聞こえてくるけど、その脇の甘さもハンパないわ。


 ファストパスを駆使して、人が群れなす園内を縦横無尽に闊歩する。でもまったくのガラガラだったらそこまでありがたみは無かったわけで、まあ良かったとは思うんだけれど、隣のヒトの緊張感が否応増していくのがビリビリとこちらまで伝わってくるのが凄いのであって。


 ここまでサプライズを仕掛ける側が下手な人もいないんじゃないの? と思いつつも私は気にせずアトラクションを思う存分楽しむことに決めたわけで。あちこちを忙しなく飛び回るかのようにしてほぼほぼ制覇、完全満喫。そんなこんなで時刻はあっさり六時過ぎ。辺りは少しの肌寒さと薄暗闇に包まれ始めている。


 ば、晩めしはどうしようか、って聞かれたけど、「晩めし」はないだろ何処だと思ってんだ。それにあちこちでポップコーンやら、ティポトルタとか、いなりチキンドッグとかを、のべつまくなしで食べてるからそんなにお腹は減ってない。


 それにそれよりあと一時間でパレードでしょうよぅ、場所取りしないでどうすんの。とかすっかり浮かれ上がった私は、行くよ、と頭の中に叩き込んで来た穴場を目指して、その丸まった大きな背中を押して急ぐ。


 赤レンガっぽい造りの洒落たトイレ前の、白い花壇の上。ほんとは登ったらダメなんだけど、パレードの間だけは見逃してくれる、らしい。前に連なる人の頭の上に目線が来るから、背の低い私でも視界はいい感じに邪魔されないし、手ぇ振ったらきっと応えてくれる率、高しと見た。


 へえ、ここからだとちょうどいいなあ、と、少し息を弾ませながら辺りを見渡し言う丸い横顔は、何だか少年みたいで少し笑えた。でも、そうやって目線を私の高さに合わせてくれるところは……普段は随所に見せてしまう、わざとらしさ無しで、こういう時だけはやってのけるところは、わりと好きなところ、かもしれない。いや、わからんけど。


 不安定な足場だから、自然と並んで体をくっつけてしまう。ごわごわのジャケットの背中あたりを掴むと、何かしっとりしてたけど、構わず握りしめた。私のレザージャケットの右肩にも、湿った温かさが感じられてくる。


「……」


 しばらく無言でそうしていた。相変わらずの緊張からか、触れているところがガチガチに感じられるんですけど、もぉう、落ち着いてってば。と、


「も、もう三年になるね」


 辺りのざわざわに、かき消されそうなほどの声で、ぎこちない切り出し方で言うけど。まあ、もう知ってるよ。今日が三年目だってことは。


「こ、これ、三周年のプレゼント。えーと心愛ちゃんと選んだんだけど」


 もうっ、自分で選んだって言えばいいのに。でも渡された小箱を開けてみたら、中には綺麗なピンクゴールドのイヤリング。タブレットで調べてたのと違う。それはちょっとの驚きサプライズ。気が変わってどっかのお店で衝動的に買ったのかな。でも。


 ハートを波が包んでいるようなデザイン。いいセンス。と、少しの間、街灯ライトの光に色々な角度から当てて眺めていたら、


「き、キミは……ぼ、ボクのところに来て、幸せかい?」


 笑っちゃいそうになるほどの、英語の教科書みたいな構文調。何だかなぁ。でも、そんな風にストレートに聞かれるとは思わなかったので、何て答えていいか逆に戸惑う。戸惑いながらも、聞いてくれたことが嬉しい自分は、やっぱりいるのだけれど。


「うん、まあそこそこ」


 でも口から滑り出るのはそんな言葉だ。でもそんな私の反応リアクションにも、そっかー、そこそこってことはまずまずだなぁーとか、素直に喜んじゃうそのヒトは、


「……」


 やっぱり私にとって、大切な人なわけであって。


「ねえ、それより……」


 これがいい機会かも。いつまでも頑ななままでなんて、いいわけないもんね。私は少し緊張しながらも、さりげなく言葉を紡ぎ出していく。


「パレード終わったら、トルバでソフト買ってよね、お父さん」


 う、ううううん、もちろんさー、と、かなり上擦った声でそう返事をするやいなや、私からこれでもかと首をひねり返して、あれぇまだかなーとか言いながら、パレードが来る方へとその歪んだ顔を背けちゃうけど。やだ泣かないで、夢の国だよ?


 ……この三年間、他人の私を大切に育ててくれてありがとう。


 面と向かっては「ねえ」とか「あのさ」としか呼べなかったけど、心の中ではモンペーくん、だけじゃなくて、たまには「パパ」って呼んでたんだからね。


 でも、


 ……私ももう「二分の一成人式」を終えた大人の仲間。これからは大人っぽく「お父さん」って呼ぶことに決めたの。


 いいでしょ? 私のお父さん。……これからも、よろしくね。


 歓声にいきなり体の全部が包まれた気がした。背伸びをしてみたら、お父さんの寂しくなった頭頂部の髪の毛を通して、光の行列がやって来たのが、遥か遠くに見えてくる。


(終)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつの日かモンペール* gaction9969 @gaction9969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説