【KAC8】だって今日は……3周年だから!
木沢 真流
第1話
「おーまーたーせーしました、6時のタイムサービス、何と玉子が一パック25円、一パック25円。お一人様一パックまでとなっております、よろしくおねがーしゃーす」
……しまった! よし子の心臓がそう叫んだとき、もう既に玉子売り場の前には、アナウンスを先読みした猛者どもが並んでいた。
……なんてことだ。一週間前からこの時をずっと知っていたのに! スーパー・キクチの目玉と言ったら、「
そう自分を戒めてももう遅い。アナウンスを聞きつけた卑しい主婦たちが次々と並び始める。
……残りパックは大体——20パックくらい。並んでいる人数は……
よし子が目でライバルを数える。
ひい、ふう、みい……大丈夫! いける、今からダッシュして並べば……そう頭の中で呟いてから、玉子コーナーに向かった足が突如急ブレーキをかけられた。
「あっ」
よし子の喉から声が漏れた。
思い出したのだ。
何でよりによってスーパー・キクチの最大の目玉商品、
——そうだ、今日は大事な日だった、帰らなきゃ!
気づけばよし子の心拍数は、家路を走るためのウォーミングアップを既に始めていたのだった。
——まず最初に抜けるのは井の頭公園——
*
今日のデートも順調だ、計画通り、うん。
のあちゃんが大学の講義が終わる頃を見計らい、愛車のマツダ・アクセラでお迎え。女の子は男が思い描くようなスポーツカーよりもこういうタイプの方がモテる、そう雑誌に書いてあった。
そしてそのままのあちゃんお気に入りの井の頭公園へ。
手を繋ぎながら色んな事を話す。大学のこと、変な教授や難しい授業のこと、自分は仕事で失敗したことや尊敬できる先輩のこと……ふと見上げると、井の頭池の桜はもうすぐ満開だった。
そんな楽しい散歩が終わって今、僕らはベンチに座っている。つないだ手が暖かくて心地いい。
今日は金曜、明日は休み。だから今日を選んだんだ、この後にもお楽しみが待っている。
この少し日が暮れかかって、ほんのり疲れた頃合いにワインのおいしいイタリアンのお店に行く、もちろん予約済み。そしてほろ酔い加減になったところで……
「ねえ、のあちゃん。この後なんだけど」
「あっ!」
突然のあちゃんが僕の手を振り払って立ち上がった。
「あー君、今日、何日だっけ?」
「今日? 今日は……」
「ごめーん、大事な約束忘れてた! ほんとにごめんね、また連絡するから」
そう言うとのあちゃんは申し訳なさそうに眉をひそめ、ふわりとベージュのスプリングコートを翻させた。それにつられるように、黒くキラキラした長い髪がひらりと舞う。数枚の花びらが、一緒に舞った。
そしてそのまま足早にのあちゃんは去って行った。ひらひらと舞う桜のトンネルを抜けて。
そんな……。
俺はがっくりとその場にうなだれた。
そしてのあちゃんが向かった吉祥寺駅を恨めしく睨んだ。
*
「今日はどいつの命をもらってやろうかね……」
死神の口から覗かせる大きな牙からよだれが垂れた。鋭い目でじろじろと駅前を歩く人の姿をなめるように見回す。そして黒い大きな羽をゆっくり揺さぶりながら、右手に持つ鎌で獲物を探していた。
その時、背後から思いもよらない声が届いた。
「お前、まだこんなことやってるのか」
死神が振り向いた先、そこには彼にとって最も会いたくないライバルとも言える存在が立っていた。
「てめえシヴァ、久々だな。今度会ったらぶっ殺してやると思ってたとこだ。今度こそその減らず口叩けないようにしてやる!」
キッ、と死神は鎌を構えた。
そのシヴァと呼ばれた者はひげもじゃに赤いロン毛。顔はアジア系で死神より一回り大きいその体格で死神を見下ろした。
「死神よ、私はお前が憎いわけではない。ただ『命に関わる宣誓書』に準拠して命を奪えと言いたいだけだ」
「るせぇー、このクソマジメ! 今度こそ逃がさねえぞ!」
シヴァはゆっくり首を振った。
「こちらとて逃げるつもりはない。ただすまん、今日だけはお前の相手をしてやる暇はない。お前、今日は何の日か忘れたのか?」
「あん? そうやってまた逃げるつもりか? いや、待てよ……今日は」
死神は、はっ、として目を丸くした。
「おおう、忘れるはずねえだろう。今日は大事な日じゃねえか、今日のところは許してやろう、命拾いしたな、シヴァ。今度あったらタダじゃおかねえぞ」
「お前こそそれまでに心を入れ替えろ、ではまた」
そう言うと、二人の神、別名地獄のハイエナは光の中へ消えて行った。
その光の陰にはひっそりと黄色い看板が残された。
その中心にはこう書いてあった。
——ファミリーレストラン・ドニーズ——
*
「お父さん、こっちこっち!」
陽介は立ち上がり、両手で大きく手を振っていた。
この喧騒であふれるファミレス、ドニーズの中でも陽介のにこやかな笑顔はすぐ分かった。
「お待たせ、一年ぶりだな」
「うん、そうだね。もうドリンクバーだけ頼んだ」
ほら見て、とメロンソーダとコーラを混ぜたドリンクを見せた。
「おっ! 陽介得意の必殺ミックスジュースじゃないか」
陽介は、えっへんとでも言わんばかりに、笑みをこぼした。
今日は陽介と会う年に一回の日。妻と離婚してからもこうして時々陽介とは会っている。
「もう6年生か、勉強大変か?」
「んー、まあ今の所なんとかついていってる」
こうやって陽介が普通に話をしてくれるのはいつまでだろうか。いわゆる思春期が来ればきっと父親とは話すらしてくれなくなる、そんなことを考えていた。
「父さん、早くメニュー決めてね」
「どうした、何か用事でもあるのか?」
「え? 忘れたの? 今日がなんの日か」
「今日? ……あ、そうだった」
「そうだよ、だから早く食べなきゃ」
そう行って陽介は呼び出しボタンを押した。
ピンポーン。店中にその音が響く。
すぐさま店員が駆けつけて来た。
「お待たせしました、ご注文をどうぞ」
「え……と、僕はチキンドリア。父さんは?」
「そう焦るなって。そうだな、すぐ食べられるのがいいな、例えば——店員さん、この浦島太郎ドリアってどんなのですか?」
*
「この間は、どうもありがとうございました」
「いえいえ。自分、いじめられているところ見て、見捨てるなんてできないっす」
日も暮れ始めた海岸。波の音が冷たく響くその浜辺で、浦島太郎は亀と3日振りに再会した。どうやら亀は浦島太郎に恩返しがしたいようだ。
「助けてもらったお礼に、竜宮城に連れて行って差し上げます、さあ背中にお乗りください……」
そういう亀の言葉を浦島太郎は遮った。
「すんません、今日大事な日なんで帰らなきゃならないっす。んじゃ」
「え? いいんですか? 結構楽しいことありますけど?」
もう既に浦島太郎は背中を向け歩き始めていた。
後ろ向きのまま手を振りながら。
亀はその姿をじっと見つめていた。そして浦島太郎が見えなくなると、胸元からトランシーバーを取り出した。
「ボス、すんません。浦島太郎を逃しました。連れて帰る作戦だったんですが……はい。なんか『今日は大事な日だ』とかなんとか言って……はい——やはりオルタナ使ってでも捕えるべきですか、はあ——」
*
「じゃあ、いくぞ」
「うん」
研一は手のひらのりんごを思いっきり空へ飛ばした。
そして、それが目の前に落ちてくるや否や、目にも留まらぬ速さで腰の鞘に収めていた名刀
ぼとっ。
重力に従って、地に向かっていたそのりんごだった物体は、いつのまにか一匹の小さなうさぎの形に切り取られていた。
そして再び刀を腰に収める際に、漆黒の袴が少し揺れた。
ふう、と一息つくと研一の前髪がさらり、と音を立てた。
「すごーい!」
雪は駆け寄って、そのうさぎを持ち上げた。
そのりんごうさぎは、耳の形、脚の太さ、しっぽまでリアルに形作られていた。それを見て、雪の耳に当てていたうさぎ耳の当て耳がぴょこぴょこと動いた。
「科学の力ってすごいね、こんなことできるんだ。これも全部嘘なんでしょ?」
「だから、何度も言ってるだろう。嘘じゃなくて錯覚だ、オルタナってのは実際に起きていないことを起きているように直接脳に働きかけて、あたかもその場で……」
雪は話を全部聞かずに、そのりんごを研一の鼻の前に突き出した。
「はい、次はリスさん作って」
そう、にこっと大きな瞳を細くする雪を見て、研一は思った。
確かに雪は可愛い。小顔に大きな瞳で、目尻は垂れている。クラスの男子が言うように胸もある、さすがに去年のベスト・オブ・クイーン星城に選ばれるだけある。だが、付き合うのは結構大変だぞ、これは……
赤茶色の前髪をかきわけながら、研一はその場に座り込んだ。
「お前さ、いくらオルタナの中だからって出来ることと出来ないことがあるんだぜ」
そう言って天を仰いだ研一は、何かが目についた。
「あ」
「どうした? 研一」
研一の見つめる先、そこには青空のど真ん中にデジタル時計が浮かんでいた。
2018/3/26 23:58
「やっべぇ、忘れてた。行かなきゃ、雪。急いでログアウトするぞ」
「え? 何で? 何のこと?」
「いいから!」
研一は急いで雪にコマンダーを握らせた。
そして、慣れた手つきで、二人は即座に同時ログアウトしたのだった。
*
これでほぼ全員集まったかな?
それでは一斉にどうぞ、今日は何の日?
「今日は……」
カクヨム3周年記念の日! おめでとう!
(そしてKAC8の締め切り前夜、日が変わった……)
ネタがつきた木沢さんのために、カクヨムのお陰で存在することができた、木沢作品の主人公達が集まってくれました。
そしてめちゃくちゃ媚び売ってみました!
編集部さん、こんなんでどうでしょうか?
【KAC8】だって今日は……3周年だから! 木沢 真流 @k1sh
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