マイヤ教国と戦乱の大陸

ネコ隊長

第1話

 俺の家には悪魔が住んでいる。

 幼少の頃から何度も酷い目に遭わされ、時に死にかけたこともある。

 静かに過ごしたい俺を無視して、奴はいつも楽しそうに厄災を持ち込む。

 そう。こういう暖かく穏やかな日に限って奴はやってくるのだ。


「クロードちゃん、起きてるぅ?」

 チッ

「なんか今、舌打ちしなかった?」

「いや別に」

「そ、じゃあ行こっか」

「え?ん?どこに?」

「いいからいいから」

「だからどこに行くんだよ、姉ちゃん」


 俺の手をつかみ問答無用で引っ張っていく姉という名の悪魔である。




 家を出て隣りの家の門をくぐる姉ちゃんに黙って付いて行く。玄関のドアにぶら下がっている鈴の紐を姉ちゃんが少し乱暴に揺らすと、中からけたたましい音がした後、ドアがゆっくりと開いた。


「いたた…… マリ姉おはよー。あ、クロードもおはよー。二人そろって来るのは珍しいね」


 出てきたのは幼馴染みのちひろ。少しあわてん坊な所があるが基本的には賢い女の子である。白い髪がショートに揃えられていて頭の上には耳が付いている。背があまり大きくないのはネコビトの特徴らしい。


「おはよー。ちーちゃんも早く着替えて。行くよ」

「え?どこに?」

「マイヤ様のところ。今日から君たちも正式な神貴兵になるのだよ」


 ……


「いやちょっと待て、俺は魔法学者になるつもりなんだけど」

「わたしはアイテムショップを……」


 などと言いながらも俺たち二人はすでに半ば諦めていた。姉ちゃんがここから考えを変えるわけがないからだ。


「そんなの神貴兵やりながらでも勉強できるわよ。私を見ていれば時間なんて余裕で取れるってわかるでしょ。それに実戦に出たほうが魔法のことだってよく理解できるようになるし、アイテムだって原材料を扱えるようになるわよ」


 姉ちゃんが時間に余裕があるのは、終始こんな調子で手に負えないと考えた神貴兵団が正規の枠組みから外したから。そして今は有事の際にのみ編成される特別遊撃隊に所属している。クビにならないのは戦闘力が圧倒的に高いからということと、女神マイヤ様と仲良しだからである。失礼なくらいに。


 とは言え、姉ちゃんの話の後半部分はそれなりに説得力がある。確かに実戦に出て経験を積むのは魔法研究にとっても悪くない。と思いながら隣を見ると、ちひろが青空に浮かぶ雲を眺めながら悟りを開いたような顔をしていた。すまん。




 女神様の神殿は町の中央にあり、南東地区にある俺の家から歩いて15分ほどで着く。神殿の各出入り口には門番が立っていて入出者の管理をしている。

 姉ちゃんの後をついて行くと門番が親しげに声を掛けてきた。


「よう、マリー。今日は珍しく連れがいるのか……と思ったら弟君たちか」

「おはようランスさん。この二人は今年で15歳だから今日は神貴兵の認証をもらおうと思ってね」


 それを聞いてランスさんは俺たちの方を心配そうな顔で見ている。


「何よ。なんか言いたそうね」

「いや、実はな、デルホルムのドラ息子たちも神貴兵になるっつってさっき入っていったんだよ」


 デルホルムというのはこの町で一番大きなアイテムショップで、そこの息子クラエスとその仲間は獣人を下等なものとして見下していた。小さい頃、ちひろはよくいじめられていて、その度に姉ちゃんが仕返しに走っていったものだ。最近はあまりあいつらを見かけなくなったので落ち着いていたのだが。


 デルホルムの名前を聞いて身体をこわばらせるちひろの手をぎゅっと握ってやった。


「姉ちゃんもいるし、今なら俺もちひろを守ってやれるから心配するな」

 ちひろは黙って頷く。


「大丈夫か?」


 ランスさんが姉ちゃんに聞く。


「どうせあっちは正規隊に編成されるでしょ。遊撃隊とは普段は接点ないし大丈夫よ」

「え?俺たちも遊撃隊なの?」

「当たり前でしょ。私のサポート役が欲しくて連れてきたんだから」

「そんなのマリ姉が勝手に決めてもいいの?」


 ちひろも不安そうに聞く。


「勝手じゃないわよ。正規隊の中でサポート役の募集をしたのに、だーれも手を上げなかったのよ。で、仕方なく私が自分で連れてくることを大隊長に許可してもらったの。まあサポートは信頼できる人間じゃないと任せられないし、むしろちょうど良かったわ」


 姉ちゃんはそう言いながらケラケラと笑っていた。

 俺はこっそりとランスさんに尋ねてみた。


「もしかして姉ちゃんって嫌われてるんですか?」

「いやいや、むしろみんなには好かれてる方だよ。ただ恐れられているだけで」


 ああ……そうか



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